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第二話 エンリッヒとの出会い

シュトラールの城下街は、その日王城で何が起きたのかを知らず、何時も通りの日常を送っていた。

その店の主人であるエンリッヒも同じで、何時もどおり、あまり客の訪れない店で、のんびりと欠伸をしながら店仕舞いの時間を待ち、仕事を終えたあと直ぐに馴染みの店に向かった。

程々に酒を楽しんだ後、千鳥足で家に向かうと、家の前に立つ外套を着た誰かを見て、首をかしげながら声をかけた。


「あんた、こんな店に何のようだ? 何処かと間違っちゃいねぇか?」


振り返った女は外套越しに見ても美しい女で、この辺りには居るはずもないような品を感じさせる。

明らかに訳あり風の女に、これは声をかけちゃ不味かったかもしれないなんて思っていると、女はエンリッヒに目を止めて首を振った。


「いいえ、間違っておりません。私は貴方を待っていたのですから。エンリッヒ・モトーレン・ヴェルケ」

「……ただのお客さんじゃないのは確かだな。まあ、汚い家だが上がってくれ」



エンリッヒはそう言って女を家の中に迎え入れると、家に入る前に鋭い目で辺りをジロリと睨み、扉をゆっくりと閉めた。

彼はすっかり酔いが冷めた頭で何が起きているのかを考えながら、隠した武器の位置を確認しながら女の様子を窺った。


当の女は、物珍しいのか辺りを興味深そうに見渡しながら店の中を警戒心なく彷徨いている。

一瞬、あまりの無防備な様子に緊張感を解きそうになるが、これもこの女の作戦かも知れないと気を引き締め、エンリッヒは女に声をかけた。


「あんた、俺の昔の名を呼ぶとは随分なご挨拶だな」

「あらごめんなさい。彼からはそう聞いていたのでつい呼んでしまったの。不快なのでしたら謝るわ」

「はぁ? 彼ってのは、いったい何処のどなた様なんですかね?」

「レオナルド・マーティンです」


エンリッヒはその名を聞いた瞬間、溜め息をついた。


「レオナルドは貴方が素晴らしく、高潔で忠義を持つ男だと言っていました」

「買いかぶりすぎだ。今、此処にあるのはかつて騎士であったという男の脱け殻。もう、俺には何にも残っちゃいませんよ」


エンリッヒは女から離れ、椅子に座り込んだ。

レオナルド・マーティン、かつての同僚にして親友。

美しき剣技と容姿を持つ、騎士の中の騎士と呼ばれる男だった。

エンリッヒが騎士団を抜けた後も、彼の噂は城下街に聞こえていて、最後は騎士団長になり、皇女の護衛をしていると聞いていたのだが、彼が一体どうしたというのだろうか?


「レオナルドに一体何があったんだ?」

「レオナルドは現在、皇女との不義密通の罪で捕らわれております」

「はぁ?あんな堅物な大真面目な野郎がそんなことするか!?」

「皇女は他国との婚姻を結ぶ予定もありましたので、この件が露見、王国の面子を保つためにも恐らく、彼は死罪となるのです」

「そんな馬鹿な!?」


エンリッヒは頭を抱えて叫んだ。

彼の知るレオは清廉潔白で超のつくほど真面目な男。

整った顔をしているけれど、何処か頼りなく女によく振り回されているようなやつだった。

誰よりも国を憂いた、あのレオが死ぬのか?


たかが皇女ごときのために。


「エンリッヒ・モトーレン・ヴェルケ。私は貴方が此処で燻っている理由を知っています。そして、私達を恨んでいるだろうということも」


女はそう言って、外套を外した。

その下にはエンリッヒが想像した通りの、涼しい顔立ちが浮かんでいる。


「メルセデス、皇女殿下」


彼女はじっと曇りのない目で、エンリッヒを見つめている。


「冤罪により騎士団を解雇されたことを、レオナルドから聞きました。証拠もない為に、ただ他国出身であった貴方が罪を背負うことになったこと。それを今は謝ることしか出来ませんが、いずれは貴方の名誉回復を図ることをお約束致します。

それで全てを水に流せとは言えません。

それでも私は貴方にお願いをするしかないのです。

今の私の周りに頼れるものは居らず、一番頼りにしていたレオナルドも、配下も全て捕らわれました。

私を王城に引き渡せば、話しは早いでしょう。

しかし、レオナルドは絶対に助かりません。

レオナルドだけではないのです。このままではアンディが、ユーリアが、国を追われることになる可能性もあります。王族が全て追われてしまえば、教団が新たに従順な王を据える。そうなれば民の生活も荒れ、更には戦も起こるやもしれません。それをどうにか防ぐため私は此処におります。どうか、お力をお貸しください」


皇女メルセデス、美しく、賢いが、まるで氷から切り出されたようだと言われるほど冷酷な女。

だが、エンリッヒに切々と訴える彼女の言葉にはそんな冷たい印象は感じられない。

そもそも、民は彼女を絵姿や書状でしか知らないのだ。

エンリッヒも今までそうなんだろうと思っていたのだが、彼女と直に話をしてそんな人間でないことを理解した。

そうすると一つ確認したくて、訊ねてみた。


「レオはあんたの前ではどんなやつでした?」

「レオナルドは、頼りがいがあるのですが、子供のように無邪気でした。あと女性との関係があまり上手くいかないことを悩んでおられましたね」

「そういうところも相変わらずなんだな、アイツ……」


どれ程レオナルドが、心を許していたのかを確認しようと思ったのだが、思わぬところで相変わらず変わらない男であることを知って、エンリッヒは複雑な気持ちになった。

しかも、そんなことを皇女の前で見せるというのはどういうことなんだろうと思わないでもないが、彼女にレオのそんな態度を許す器があるのだろうと思えば、器がでかいのだといえないでもない。

エンリッヒは、背筋を伸ばすと、彼女の前に頭を垂れ、臣下の礼を取った。


「……皇女殿下、助けてほしいと私めに願うことはなんでしょうか?」

「私が捕らわれる時にたくさんのこの国の人間を見ました。騎士団、教団、貴族達、私が無実であると言ってくれたのは家族だけだった。そもそもこれは教団が企んだことであると思うから、この国の全てが敵になっていると思っても過言ではないでしょう。だから、外部から力が欲しいのです。エンリッヒ、私が何処の方と婚約をしていたのかは御存知かしら?」

「……まさか」

「御存知のようね。私、婚約者であるフォード殿下にお会いしてご助力を願いたいのです」


彼女の言う婚約者とは、彼女の住むシュトラールの何倍も巨大な面積と軍事力を持つ大国、ヤトの第6王子のことである。

婚約者であるメルセデスであっても、国を通さなければ顔を見ることもできない、やんごとなき立場の人間に会いたいとは難題にもほどがある。


「それを、俺にやれと。簡単におっしゃるわけですか」

「どのような形であっても、私が会えればいいんです。そのためならば、下女に扮することであろうと……遊び女になることであろうと構いません」

「なるほど……、それならと言うか、それで貴女の願いが叶うかはわかりませんよ? そもそもこの国の全てが敵ならばヤトに着くかどうかすら、厳しい話だ」

「わかっています。ですが、このまま手をこまねいて、何もしないまま大切な人達を失うだけなのは嫌なんです。貴方には迷惑をおかけしますがその分のお金は前金でも支払いますし、後でも必ずお支払します」


彼女は真剣だが、その言葉は理想論でしかない。

そもそも叶うかも分からないことを必死に叶えようとしているようにエンリッヒには感じる。


「出来る限り、貴女に協力しましょう」

「ありがとうエンリッヒ。ユーリアとは連絡がとれる様にしているから細かな情報を探ることは色々と出来ると思います。何か知りたいことがあったら何でも、言ってくださいね」

「アンディ様と貴女は不仲だと聞いていますが、意外とそうでもないんですか?」


エンリッヒの言葉にメルセデスは少し思案して答える。


「……私もアンディもお互いを大嫌いなんて言ったことはないです。少し、温度差があるのとお互いに遠慮しているところがあるから、仲が良くないと見えることもあるかもしれませんね」

「ふーん、そんなもんですかね」


エンリッヒがそういうと、メルセデスはくすっと笑った。


「私のことを心配してくれたの? 意外と優しいところもあるのね」

「べ、別に心配してはいませんよ!」

「レオナルドが言っていたとおりだわ」

「アイツはいったい何て言ってたんですか?」

「騎士としては高潔で忠義者。男としては照れ屋でへたれ、ですって」

「アイツ、まじでいつか殴ってやる……」

「ええ、そうしましょう、エンリッヒ。私も貴方とレオナルドに絶対もう一度会って欲しいと思うから」


メルセデスの言葉に、エンリッヒは頷く。


「そもそも、そんな大物に謁見出来るかどうか保証はありませんが、レオを助けるためだって言うなら何とかしてみましょう」

「ありがとう、エンリッヒ」

「ともかく、話は終りにして、仮眠を取るようにしましょう」

「そうね、それと、敬語じゃなくてお互い普通に話すようにしましょうか」

「それなら、お言葉に甘えて……」


その後、メルセデスとエンリッヒは仮眠を取ると、夜が明けるのを前に旅立った。


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