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第一話 おとしめられた皇女

シュトラール第一王位継承者メルセデスは定例の朝議の中に居た。

艶やかな銀の髪、冷たさを感じるアイスブルーの瞳、目鼻立ちが整いすぎて、表情が変わらないからこそ人形のように見える美少女は、特に口を挟まずに朝議の決まりきった文句を聞いていた。

そして、急に騒がしくなった廊下の騒ぎに気づくと、隣についている宰相に尋ねた。


「何の騒ぎです? 今はまだ朝議の最中だというのに」

「さあ、何でしょうね。何やら賊が騒いでいるようですが」


 彼は室内に待機した兵に目配せをすると、彼らは頷いて、外に出ていく。

 これでこの騒ぎも静かになるかと思ったのだが、そうはならなかった。


バンと扉を叩く音がして、兵に抑えられた男が無理やり室内に入ってきたのだ。


「ぎゃあああああ!!」


朝議に参加していた各大臣は悲鳴を上げ、室内で最も安全であるメルセデスの近くに逃げてくる。

宰相はなんとかメルセデスを庇うように前に立ちながらもへっぴり腰で震えている。

メルセデスは各々の醜態に呆れながらも、侵入してきた男を睨みつけた。


「何者ですか? そして今が何の最中であるのか御存知?」

「もちろんですとも、メルセデス皇女殿下。私はあなたの不正を暴くためこの場に立っているのですから!」

「不正?あなたたち放してさしあげなさい」


メルセデスがそう命じると、兵たちは渋々男を離した。

抑えつけられていた男は離されると、その場で臣下の礼をする。

最低限の儀礼を知っていると言うことは、おそらくはただの狼藉者ではないはずだ。


「メッサー・シュルツと申します。護衛騎士団 第一部隊に所属しております」


宰相はそれを聞いて顔を引き締め、メルセデスに顔を向ける。


「護衛騎士団の第一部隊と言うことは皇女殿下の護衛では?」

「残念ながら、私は覚えがないわ」


メルセデスはメッサーという青年に目を落としながら答えた。

しかし、服装は確かに護衛騎士団のものに間違いはない。


「それはそうでしょう。私自身は皇女殿下にお目通りしたことはありせん。陰ながらお守りしておりました」

「それは、ありがとう。だけど、告発をするというのは穏やかではないわね。あなたは私が何をしたと言うの?」


メッサーはうつむいて、呟いた。


「貴女が騎士団団長であるレオナルド・マーティンと不義密通を図っているからです」

「不義密通?」


ざわざわと室内が騒がしくなる。近くに逃げてきた大臣たちは物言いたげな目でメルセデスを見ていた。

メルセデスは未だ未婚であるが、既にヤトの王子と婚約している。

国を継いだ後に婚姻を結ぶ関係にあるのだから、本当にレオナルドと浮気をしていたというのならば大問題である。


「嘘ね。でたらめだわ。確かにレオナルド団長とは仕事で二人きりになることは多かったけれど、それが証拠だと言うなら…」

「証拠ならここにございますとも」


その時、急にメッサーでもメルセデスでもない第三者の声が割り込んだ。

メルセデスは聞き覚えのあるその声に、疑問の声を上げる。


「フェムト卿、どうしてこちらに?」


国教であるローザ教の大司教であるフェムト卿がメッサーの傍に近づいていった。

彼は慈悲深く、民にも寛大な人格者として知られており、国政に関わることはないものの、王に進言するぐらいの立場には居た。

メルセデスは彼を遠ざけてはいるが、前王が彼を重用していたのは、誰もが知るところである。

何故彼がここにいるのだとメルセデスが混乱していると、彼はメルセデスに穏やかな目を向けた。


「私は政に口出しをすることはしてきませんでしたが、流石に今回のメッサー殿のお話を聞いてこれは立ち上がらねばと思って参上したのです」

「ですから、全ては嘘か、誤解ですと申しているではありませんか! 私は不義密通などしておりません!!」


メルセデスは声を張り上げて主張する。

そうでもしなければ、未だに近くにいる大臣たちがメルセデスを捕らえかねないと思ったからである。

その証拠に彼らはまだ判断がつかないと言う様子で、メルセデスとフェムトの顔を見比べていた。


「ですから、私も証拠がありますと申しているではありませんか、貴女の侍女の証言が此方に、この国の機密、宝物を奪って駆け落ちまで計画されているそうですね」

「な、に?」


フェムトはそう言うと彼の侍従に持たせていた書を取り出す。メルセデスはそれを取りパラパラとめくると、侍女の証言の場所に確かに彼女の侍女のサインがあった。


「……どういうこと?」

「貴女が計画為さったことです。大丈夫です。悔い改めれば神は貴女をお許しくださいますよ。もしこれが、嘘だというとならば、弁明の時間もとらせましょう。公開裁判を行いますので、それまでは貴女に国政を任せるのは宜しくありませんね。宰相殿」


フェムトの言葉に、宰相はあわてて頷いた。


「は、はい。で、ではそれまでの間を第二継承者であるアンディ様にお任せしましょう」

「では、メルセデス様はこのまま私がお送り致しましょう。尊い御身を捕らえることは出来かねますが、これからの行動には兵が逐一伴う事となりますのをご了承ください」


メルセデスはフェムトの言葉に頷くしかなかった。

室内に残された大臣達は、避けるようにメルセデスを見ていた。


豪奢な執務室から彼女の居館に向けて連れだって歩く中、メルセデスは穏やかな顔を浮かべた大司教を睨み付ける。


「……謀ったわね」

「なんのことだか、わかりませんね」


フェムトは涼しい顔でそう返す。

身に覚えのない罪に、何故か勝手に証拠を作られている。

どう考えてもこの男が主導になってメルセデスをおとしめようとしているようにしか見えない。

理由があるとするならそれは、婚約の一件だろうか?


「私がヤトの王子と婚姻を結んだことがそんなに気にくわなかったの?」

「あれは、私への当て付けにしてはやりすぎでしたよ。ご老人方は完全にお怒りでした」

「貴方だって、怒ってたじゃない。そんなに国が欲しいの?」

「私が望んでいるのは国ではないと、再三申し上げております。私は貴女の傍でお仕え出来るのならばそれでよいのです」


フェムトは大司教という立場の割には若く

顔立ちも整っていた。

女性からの人気も高く、彼に憧れを抱く女官が居ることも知っているが、メルセデスはこの男が大嫌いだった。


「あらそう、この状況を作り出しておいてよくもそんなことが言えるものね。都合のよい操り人形を作りたいと素直に言えばいいのに」

「また貴女はそんなことを仰って……ともかくも、居館にお戻りになっても無駄なことはなさらないように。くれぐれもお願い致しますよ」

「一考しておくわ」


メルセデスがそう冷たく返すと、フェムトは一つ溜め息を落とした。










館に戻ったメルセデスは驚くほど変わった状況を目にした。


彼女の侍女全て変わり、館の回りにはたくさんの兵達。私物は検分すると言われ、館で休んでいる今でもバタバタと騒がしい。


フェムトは見張りの兵にメルセデスを引き渡すと速やかに帰っていった。

一人残ったメルセデスは、近くで彼女を見張る男に訊ねた。


「レオナルドや、侍女達はどうなったの?」

「騎士団団長は既に捕らえ牢の中に、侍女達は既に別の貴人に遣えております」

「そう…」


ようやく検分が終わって自室で休むことになっても部屋の外で兵達は見張っており、部屋の中では侍女達が控えている。

一つも休まった気持ちにならない中、今後のことを考えていると、兵が部屋の中に入ってメルセデスに話しかけた。


「アンディ様とユーリア様がお越しになられました」

「ああ、そう。では参ります」


メルセデスは立ち上がり、兵達に従ってアンディ達の元に向かう。


アンディとメルセデスの仲はあまり良くないとされている。

同じ母から生まれたとはいえ、メルセデスは王城で、アンディは慣例に従い、母の実家で育てられたため、一緒に過ごした時間が少ないため、公式の場において二人が同席することは殆どなかった。

そして、感情の起伏の薄いメルセデスと違い、感情豊かなアンディは民に好かれており、しかも彼が聖女を妻に迎えたことにより、人気は完全にアンディに傾いていた。


部屋に入ると、金色の髪をした天使が振り返った。

まだ幼さの残る顔は美しいと言うよりも可愛いと表現されることが多く。

完全なる王子様ルックでありながら気さくなアンディは、周りの兵達と談笑していたようだ。

隣に控える聖女ユーリアは、滅多に口を開かないが、この世のものとは思えない儚さを携える美少女で、微笑むだけで世界を救うだろうと詩人に称えられている。

メルセデスが室内に入ると、兵達は口をつぐんでメルセデスを睨む。

敵だと思っているのだろうなとメルセデスは思いながら、アンディに声をかけた。


「あら、アンディお久しぶりね」

「姉上!これはどういうことですか!?」

「どうもこうもありません。私は犯罪者であるそうですから」


メルセデスが事も無げにそう言うと、アンディは周りを見渡してお願いする。


「どうか、ここを僕と姉とユーリアだけにしてくれないか? 少しの間だけでいいんだ」


兵達は顔を見合せ、頷くと立ち上がって退出していく。

去っていく最中も、鋭い目付きで、メルセデスに向かって、牽制するような視線を投げ掛けていくのだから、自分も嫌われたものだとメルセデスは自嘲気味に思っていた。

最後の兵が一礼をして退出したのを確認すると、アンディはメルセデスに飛び付いてきた。


「姉上! ど、ど、ど、どうしましょう!!!僕が姉上に変わって政をするだなんて」

「あぁ、はいはい。アンディは相変わらずね」


混乱して抱きつくアンディを宥めるように背を擦っていると、ユーリアも青い顔をして、哀れな程に身体を震わせていた。


「メルセデス様、申し訳ございません。やはりこれは、私が神の怒りを買った為に起きた災いかもしれません。私は貴女様になんとお詫びを申し上げればよいのか……」

「ユーリアは悪くない!僕が進めたのが、悪いんだから!!」

「いいえ!私が悪いんです!!」

「はいはい、お互いが悪いと主張するのはやめなさい。これは神の罰ではなく、れっきとした誰かの企みだわ」

「そうだよ!ユーリア!これは誰かが企んだことだよ!」


調子よくそう言うアンディに呆れながら、メルセデスは呟いた。


「まあ、なんにせよ。ここまで用意周到に固められたのなら、このまま退くのもいいかもしれないわね」


途端に二人は真っ青になってメルセデスに向き合ってワッと詰め寄った。


「だ、だめですよ!!メルセデス様が居なければ私達何にもできないんですから!」

「そうだよ!早く誤解を解いてここから出なきゃ」

「そうなのかもしれないけれどね。アンディとユーリアには悪いけれど、私、王座にも宝石にも財産にもなーんにも心引かれないのよ。それよりも外に出て自由に暮らしたいわ。どうせ裁判をされても死罪にはならないだろうし」

「そんな、姉上……」

「そんなわけで、二人には悪いけれど私はこのままでいいわ。何かに困ったことがあったら、また連絡してちょうだい」


困惑する二人を前で、明け透けな本音を告げると、あとは無難に話をして二人を返した。

その後は夕食を終え、湯浴みをし、消灯をして、彼女は眠りについた。


メルセデスは音もなく目覚めると、辺りの気配を察して、人員の位置を把握する。

今なら行けると動き出すと、身軽な服と準備した荷物を掴み、室内の暖炉の前に立った。

メルセデスを軟禁するため、兵達が部屋の中で逃走経路を探っていたのだが、彼女が操作をするといとも簡単に麓の街へ繋がるトンネルが現れた。


「さぁ、やるわよ」


意気込むように彼女はそう呟くと、そのトンネルをくぐった。


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