不戦
オフィスラブの匂いが香る付箋
「先輩、書類の確認お願いします!」
屈託のない笑顔で勢いよくおれに書類を渡す彼女は、上原さん。入社三年目で常に社内を走り回っている頑張り屋だ。その際、振り撒かれた笑顔と元気を浴びると、仕事効率が三倍上がるというデータ(ソースはおれ)もあるほどだ。
パラパラと書類を見て確認していると、その一枚に付箋が貼ってあった。丁寧だがどこか可愛らしさのある丸文字で「今日は空いてますか?」と書いてある。間違いない、彼女のものだ。その文字が焼き付いて、書類の文字が一切頭に入ってこない。
これがオフィスラブ。これぞというべきか、なるほどそういうやり方か。彼女の教育係だった頃、そんなこと教えた覚えはないが、もう一度教える必要がある。いろいろとな。
キモイ妄想を繰り広げながら、スマホのカレンダーアプリを確認していると、上原さんが血相を変えて走ってきた。息を切らせながら、おれの机にある書類を勢いよく取り上げる。
「すみません、間違えました! こっちの書類です!」
「え、あ」
書類を即座に取り換え、颯爽と駆けていく彼女の後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。向かった先は、部長のデスクだった。これがお前らの、やり方か。
大人というのは、いかに気持ちを切り替え、社会に迎合するかだ。彼女が再び持ってきた資料に目を通す。それは、誤字も脱字も、付箋もない完璧な書類だった。
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