九十七、龍の台地。
うろから出たエボニーが龍の台地で最初に見たのは星だった。
昼の世界から夜の世界へ。彼の目が再び夜の世界に慣れるまで、塗りつぶされた大地の上で瞬く星々が彼にとっての目印だった。
(ここに立つのも久しぶりだな)
五柱の神の討伐のために彼が最後に訪れた場所は未だ暗く、彼が視認できるものではなかったが、それを解決したのはワルツだった。隻眼の老神が腰から取り出した杖の先から飛び出た一条の光は何度も枝分かれを行い、最後には大樹のように広がって台地を照らし出す。
「しっかりと目に焼き付けておけ。すぐに帰るぞ」というワルツの言葉にエボニーは目を細める。そこで彼が見たのは、明らかに何者かが争った跡だった。
山脈の頂上とは言え、龍の台地は「星と魔法のリーンズ」の住処である。戦闘があったとはいえ、その形跡をそのままにしておくとはとても考えられなかった。
そこから考えられるのは以前からエボニーが思っていた通りのものだった。
龍の台地の主。偉大なる神龍。星と魔法の支配者の不在を知らせるそれを実際に目にすると、大きな喪失感があった。周囲の状況からして、ただ姿をくらましたわけではなさそうだ。
「教会か……?」
エボニーの拳は自然と強く握られ、ワルツの放った光が消えた後もそれは変わらなかった。良くも悪くもリーンズはSSSを代表するモンスターだ。分かりやすく大きく、分かりやすく強い。ストーリーで因縁があることからもリーンズを倒すことを目標にするプレイヤーも多かった。だからこそ、許せるものではない。
だが、今は時間がなかった。
「白と黒が来る。時間だな」
ワルツが見上げる空には無数の影が月明りの下を飛んでいた。エボニーはそれぞれの判別こそできなかったが、空を飛ぶ白と黒と言うことは純白と純黒であるのだろう。
「先日の顕聖で白と戦ったろう。あれは引き寄せられたのもあるが、ドラゴン共が活動域を広げている。気を付けたほうがいいだろう」
「……誰か探してるのか」
「探し人など一人しかいないだろう。それが一人かは知るところではないがな。それよりもだ、戻るとしよう」
ワルツの言にエボニーは頷いた。言いたいことは多いものの、ドラゴン種数匹を同時に相手取って勝てるとは思わなかった。
後ろ髪を引かれる思いでうろに入ったエボニーは考える。どこまで教会の手が回っていて、何をしたいのか。ヴァイスの力は既に取り返しているものの、リーンズもとなれば何が起こってもおかしくはないような気がした。
エボニーと戦ったエグバート・リッジは持ち前の「星翠戒」に合わせてヴァイスが司る「衛生兵」の職業を持っていた。奪われたヴァイスの力の使われ方は、エボニーの知る限りでは職業の付与と顕聖の発生である。
(それじゃあリーンズの力は何に使われてるんだ……?)
これがヴァイスのように繭に包まれているのなら分かりやすいのだが、リーンズに至ってはいるべき場所に居ないのだ。不穏さを感じずにはいられなかった。
(教会の連中を殴りに行くって言ってたヴァイスも心配になってくるけど……、この世界の人間が本気の神に勝てるのか?いや、流石にヴァイスが同じ手にかかるわけないか)
彼女は勝気で怠慢なように見えるが、冷血で冷静な部分があるのをエボニーは知っている。戦闘になれば召喚スキルによって一体多を強いられ、広い視点を持つことは必須。更には自己で回復が可能であり、召喚獣ばかりに気を取られていては戦闘が永遠に終わらない。
戦っていて腹が立つのと同時に、ヴァイスが撤退戦で負ける姿が想像できなかった。
「で、だ」
うろの終わりでワルツが口を開いた。彼が語るのは、エボニーが求めていたもの。どうしてこの世界に星の民として一人やって来たのか。その答えだ。
「見ての通りリーンズは不在だ。だが、どこぞの神のようにただでやられないのは流石だな。一矢報いて、お前を呼んだ」
ヴァイスを皮肉った彼だが一切その表情を変えることはなく、振り返ってエボニーを見た。
「私が奪った魔法で開いた門も閉じようとしていたからな。呼べる者は多くなかった。故に選ぶ必要があったのだ。その時、その場で一番強く、実績があり、目的の達成への強い意志を持つ者が。幸いにして魔法を奪ってくるような者も近くにおらず、魔法は無事に効果を発揮した」
「それが俺だってのか」
「ここに居るということはそういうことだろう」
そこで二人はうろを出た。
手で日よけを作って偽りの光から目を背けるエボニーを出迎えたコスモスは「どう思いました」と訊ね、何事もない様子で先を歩いて行くワルツを横目で流した。
龍の台地の様子を見てどう思ったか。エボニーは先ほどの自らを振り返って考えてみる。感じたものが何かと言われれば、それは間違いなく怒りであり、愛したSSSを穢されたような感覚さえあった。
けれども、それを「許せない」や「怒った」といった言葉で言い表すのは違うような気もしたのだ。なんせ彼自身はこの世界の住人ではなく、深く付き合うのを拒んできたのだから。都合の良い言葉を吐くのはためらわれたのである。
そんなエボニーの代わりに口を開いたのはワルツだった。
「私が魔法効果を奪えば考える必要もなくなる。かつてと同じようにな。良いように奪い、良いように使う。今回であれば、そう、リーンズに使われた魔法、ないしは魔術の効果を私が奪い、そこをお前が殺す。……それで全てを終わらせることができる」
なんとも都合のいい提案だ。求めていた一番早い帰還の方法である。けれど、それもまた何か違う気がしたのも事実であった。




