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九十四、月光舞台、魔術円舞。

単眼の巨匠サイクロプス」を倒したズーハンだが、余韻に浸るにはまだ早い。彼女に声をかけたエボニーは、アクション「明かりを灯す」をお手本に見せ、神の幻影との戦闘を促した。

 エボニー自身がこの世界に来てから幻影と戦えていないので不明瞭な部分はあるものの、最終職に成れた人物が居るのは彼も知るところである。転職条件が間違っているわけではないはずであった。ズーハンがそんな彼の動きを見よう見真似で再現した瞬間、彼らの頭上にあった雲が不自然に動いた。


 異変に最初に気が付いたのは周囲を警戒していたヘンリーだった。急いでエボニーたちの元へと戻った彼につられて見上げた空は、ズーハンの直上を避けるように天を埋め、まるでステージに一人立たされた女優を際立たせているかのように見える。

「魔術兵」の対応神は「夢と簒奪のワルツ」だ。彼の名に相応しい、夢の淵に居るような気分をエボニーに抱かせた光景から一転、彼は無事に幻影が現れたことを感じ取った。


 彼の「来たか」という言葉に、空を見上げていたズーハンが視線を地上に戻した。

 まるでそこに存在するのが当然であるかのように現れた神の幻影は、ゆらり・・・と風に黒衣をなびかせ、手に杖と石板を持っていた。影と言うだけあって視覚的には薄っすらと透けているように見えるものの、本能がそれを見逃すことを許さない。


「勝てるの……?」思わず呟いたズーハンに、エボニーからの叱咤が飛んだ。


「もう始まってるぞ!動け」


「魔術兵」の神であるワルツの前で棒立ちしている暇はない。言っている間にも飛んできた雷撃を回避したエボニーは、戦闘に巻き込まれないようにヘンリーと共に距離をとった。パーティーで倒しても転職に問題はないのだが、それはズーハンの望むところではないだろう。エボニーが頼まれたのはあくまでも失敗した時の蘇生である。手伝いをして彼女を最終職にしてあげたい気持ちはあるものの、それがお節介になるのは分かっていた。


(頑張れ、もう少しだぞ)


 月光と影が作り出した円形のバトルフィールドを駆けるズーハンを見守るエボニーは拳を握りこんだ。

 隣に立つヘンリーは不安げに彼女を見て口を開く。


「エボニーさん、ズーハンは勝てると思いますか?」

「ワルツの幻影の体力は少ないんだ。勝ちの目は十分にある」

「そうですか……」


 遠目ではズーハンがどういったスキルを使っているのかは分かりにくく、ワルツから逃げ回っているように見えるのは仕方のないことではあった。元より「呪術兵」のスキルは分かりにくいうえに、ワルツの状態異常耐性値も高い。

 だが、時間をかければ通らないこともない。真っ先に変化に声を上げたのは合流してきたフルだった。


「今動きが止まりましたか……?」

「パラライズが通ったな。他の状態異常もそろそろ入ってくる頃だと思うから攻めるなら今だけど」

「薬を飲みましたね。エボニー様からいただいたものでしょうか」


 まさしく彼女が飲んだものは、エボニーからもらった攻撃、魔力強化薬であった。彼女はパラライズが入ったことでチャンスだと思ったのだ。


(飲むのが遅い……戦闘が始まった時には飲んでおかないと火力が足りないぞ)


 だが、パラライズが入ることを見越して飲んでおかなければ自分が苦しむだけだと、エボニーは唇を噛んだ。たしかにワルツは体力が低いものの、それは他の神と比較しての話である。積極的に攻撃を加えていかなければ討伐は難しいように思えた。


「集中力との戦いだな」

「一発当たると、ですか」

「いいや。どれだけ隙を見逃さないかだ」


 ゲームではないので制限時間がないのは利点になり得るが、戦闘時間が伸びれば被弾のリスクも増える。月明りの中であるとはいえ、夜であるのに違いはない。攻撃の予兆は見逃しにくいうえに、ズーハンの戦い方は「呪術兵」が一人で戦うための立ち回りではなかった。

 集団戦を行うのが基本のこの世界で、一人で戦う冒険者の方が少ないのだから仕方のない事ではあるのだが、戦っている姿を見ているエボニーからすればもどかしくて仕方がなかったのだ。


「「標の杖」は「輪廻の白蛇ナーガローガ」の素材で作られる杖だから武器の格は十分以上に足りてる。勝てるはずだ……」


 満点ではなくとも、勝てる見込みはある。こうして場を整え、固唾をのんで見守るだけの価値がこの戦いにはあるのだと、エボニーは心の中でああでもない、こうでもないと唱えていた。


 その時、そんな彼を不思議な感覚が襲った。誰かに見られている、というよりも、こちらが動き出すのを待っているかのような視線を感じたのだ。

 ヘンリーとフルの様子から、違和感を覚えているのが自分だけだと理解したエボニーは、フルから馬呼びの笛を返してもらい「近くに湧いたモンスターを倒してくる」と告げた。


「もしズーハンが幻影を倒せたらそのままクラテルに戻っててくれ」

「…………どちらまで?」

「分からないけど、何かよくない気配がする。なんならハクザンに戻っててくれてもいいから」


 彼の方便はフルにすぐに見抜かれたものの、その全てが嘘というわけではない。

 キリに乗ったエボニーは何かに呼ばれるように地を駆け、そして一人の男の姿を夜の中に見た。

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