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九十二、相棒。

 三人の元へ戻ってきたエボニーは温まってきた体を確かめるように肩を回し、それぞれの顔を見て「よし」と呟いてからアイテムポーチに手を入れた。


「ズーハン、いつでも動けるようにしておいてくれよ?ヘンリーはズーハンが戦ってる間に寄ってくるモンスターを引き付けてくれ」


 自らの言葉に両者が頷いたのを確認した彼がポーチから取り出したのは、「騎兵」以外の職業で馬を呼ぶためのアイテム「馬呼びの笛」だった。


「フルはこれで逃げながら小型モンスターを連れて来てくれるか。森の中ならエルフはまず捕まらないだろうけど、危なくなったら使ってくれ」

「分かりました」

「俺が巨人種を連れてくるから。ズーハン、頑張れよ」


 笛をフルに投げ渡したエボニーは、ズーハンに握った拳を突き出した。

「えっと、うん」と遠慮がちに小さくぶつけられた彼女の拳から緊張を感じ取ったエボニーは笑みを浮かべ、思い出したようにアイテムポーチを開けて瓶と小袋をいくつか取り出した。それは彼女の緊張を払拭できるものではないことは彼自身分かっていたが、気休めにはなる。


「……右から攻撃、防御、魔力強化薬。使うなら巨人戦からか、幻影戦からかな。それでこっちの袋は体力回復の丸薬。死にかけでも全部回復するから」

「そんなのもらえないよ!?」

「クラテルに山ほどあるし別に気にしなくていいよ。勝つことだけ考えればいい」


 一等星級モンスターの素材から作られる薬は基本的に竜種の素材から精製されるが、本気で勝ちを求めるのなら出し惜しみなんてもってのほかだ。

 教会でズーハンに声をかけられた時に彼が感じた彼女の本気の気持ちのためなら、これらの出費は自身にできる誠意になるのではないかと、彼は思うのだった。


「いつでも最適な選択を取ること。安全マージンを確保しつつ、相手に負荷を与え続けること。戦いの中で感情的にならないこと。……どんな存在であろうと、倒せないということはない」


 ズーハンは、彼の言葉が風となって自らの身体の表層を撫でたような気がした。それらは力となり、彼女から笑いを引き出す。「じゃあクエスト開始だ」と自身に背を向けたエボニーとフルに、ズーハンは「はい!」と元気よく返事を返した。


 エボニーとフルと別れてしばらく、ヘンリーがぽつりと言葉を漏らした。それはズーハンに聞かせるためのものではなく、自らの言葉が整理しきれずに溢れて零れたものだった。

 ただ一言「かっけぇ」と放ったヘンリーにズーハンはお腹を押さえて笑い出した。


「ふふっ、あはは……!まぁかっこいいね!」

「いいな、俺ももうちょっと頑張ってみようか」

「目標は目の前にあるし、いいんじゃない?」

「ああそうだな。なんか、冒険者になった日のことを思い出したよ」


 始めてゴールドバレーにやってきて圧倒された日のことを脳裏に描いたヘンリーは、自身の生まれ故郷の記憶を遡る。「騎兵」の職業を持って生まれて、村で喜ばれたこと。村長のやり方が気に入らずに飛び出てきたこと。

 辛い日も楽しい日も。一緒に過ごした相棒うまを召喚した彼は(これは「騎兵」にしか分からない感情なんだろうか)と愛馬の首元に顔を埋めるのだった。


 ◇


 自身の視界から早々に姿を消したフルにエボニーは「すごいな」と呟いて、「単眼の巨匠サイクロプス」がよくいるエリアへと向けて走っていた。ゲームの時と同じように分かりやすく道があるわけでもなければ、足元の石一つにも気を付けなければならないが、彼はそれらに苦労することはなかった。SSSで自らの分身アバターとして戦った体は強靭で、いつも通りに応えてくれる。


(俺が居なくなったらお前も消えるんだろうか)


 元より終わった身であるというのは彼も分かっているところであり、元の世界に帰りたいという目標がぶれているわけでもない。それでも、こうして目と肌でリアルを感じてしまうと考えずには居られなかったのだ。


(いや、この体を動かしてたのはSSSを遊んでた俺なんだからおかしな話ではあるけど)


 エボニーという人形自体に意識はない。そう言ってしまうのは簡単で、それが正しい事だというのは分かっている。だが愛着が見出した人格を無碍にするのも彼にはできなかった。

 SSSの終わりを迎え入れたように、いつかはこの世界、この体ともお別れをしなければならない。それはいままでも考えてきたことではあるものの、夜がより帰還について考えさせるのかもしれない。


「よろしくな、相棒」


 自らの胸に手を当てて心臓の鼓動を確認したエボニーは、森の中に見えてきた明らかな人工物を見て「単眼の巨匠サイクロプス」を釣りだすためにスキル(ファラリス)を放った。

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