九十一、月光雷光。
腹ごなしを終える頃には酒場には人が入り、人々の喧騒と蝋燭の火が怪しくも幻想的に空間を彩っていた。「そろそろ行こうか」と席を立った四人はクラテルに必要な道具を取りに戻り、ゴールドバレーを出てからそれぞれの愛馬に跨って目的地へと走り出した。
天気は良いものの、夜の移動は危険であるために速度は控えめである。視界を確保するための魔光石、スキルなどが使えるように職業を選んでいるものの、ヘンリーの騎馬のことを考えるとどうしても安全を確保する必要があった。
ヨセフ・ブラフナーの「玉龍」。教会の暗殺者が使っていた「黒駒」。そしてエボニーの「銀灰馬」。馬の種類にも色々あり、SSSでは職業と合わせて成長していくものであったが、この世界ではどういう形で成長するかが分からないために適当に口を出すのはためらわれたのである。
槍を手に持ち「天舎那」のスキルと、キリの肩口に取り付けた提灯の灯りを頼りに進むエボニーの目的地は牛頭馬頭と戦った「沈黙の地獄」だった。
「沈黙の地獄」の一つ前、「境目の山腹」には「単眼の巨匠」が現れるし、小型モンスターも多い。「沈黙の地獄」には木々が存在しないため、モンスターを引っ張ってくれば簡単に条件を満たすことができた。
背後を走るヘンリーを気にしながら道中を進むエボニーがふと空を見上げると、背中に乗せたフルが脈略もなく「大丈夫ですか」と訊ねてきた。その言葉の意味が分からずにエボニーが「何が」と返すと、彼女は酒場での一件を気にしているようだった。
フルはヒトには分からないエルフの心の機微をエボニーに重ねていたのだが、それをエボニーが分かる訳もない。曖昧な返事を繰り返しているうちにフルが黙ってしまったのに彼は罪悪感を感じたものの、どうしても両者の間に生まれた差を埋めることはできなかった。
はたして、たどり着いた「沈黙の地獄」は名前の通りに静けさに包まれていたが、雲間から注ぐ月明りによって明らかになるモンスターの影と風などの自然音によって、本来は耳に届かない音が聞こえてくるようだった。
気配の音と言えばいささか言葉が強いような例えであるが、喉奥に突き刺さるような静寂によって目が覚めるような感覚を、エボニーは内心でそう形容した。
本来フィールドが持つ暑さは夜というのも相まって幾分マシであったが、あまり長居をしようとは思わなかった。
キリから降りたエボニーは提灯をフルに持たせて槍の具合を確認する。久しく持っていなかった槍であるが、体は培ってきた動きを精確になぞるように武具を手繰り、穂先は舐めるように空気を裂く。
「これならいけるか」と独り言ちたエボニーは空を見上げてから三人に声をかけた。
「邪魔が入らないように周辺の大型モンスター倒してくるからちょっと待ってて」
ここからは気を引き締めろ。そう言わんばかりのエボニーの気配の移り変わりに影響されたのか、ズーハンの表情が硬くなる。そんな彼女を見て、意識的に表情を崩したエボニーは「んじゃ」と小さく手を上げて走って行く。
悪い足場を跳ねるように駆け、耳の後ろで聞こえる風切り音に目を細めた彼は、心のどこかで感じていた寂しさを夜が埋めてくれるような感覚をもっていた。
ハクザンで死にかけてから引きずっていた、悔しいという感情の鬱憤を晴らすように槍を強く握りしめたエボニーに気が付いた牛頭の突進に合わせてスキルを発声し、「沈黙の地獄」での戦闘は始まった。
「ファラリス」
牛頭と火牛の衝突の結果は鈍い音と四散する火の粉でエボニーに知らされ、それらをかき分けて進み来る一対の角を横に避けたエボニーは、耳に届いたもう一体のモンスターの気配に対応する。
「ヴァジュラ!」の掛け声とともに雷光を纏った獲物を体を回転せることによって得られる遠心力と共に叩きつけたのは、十分に速度の乗った飛び蹴りを放つ、馬頭の蹄だった。
インパクトのタイミングは最高であったが、それは馬頭の体重を弾き返すほどのものではなく、エボニーは早々に身を引いて牛頭と馬頭との位置関係を確認した。
(「衝角梵」より回避は簡単だけど、こっちの攻撃に重さが乗らないのがな……)
騎馬の体重と獲物の大きさ分の重さが加わる「衝角梵」と、己と槍のみの「天舎那」とでは攻撃の重さが違う。ゲームで言う判定の強さに当たるものを手ごたえとして感じ取ったエボニーは、安易な近距離戦は避けるべきかと思い直して距離を取った。
「衛生兵」から派生する職業であるため、「ファラリス」を中心に中距離戦で使えるスキルが揃っているのも立ち回りに幅を増やすのを手伝っていたのである。
両手で持っていた槍を左手のみで構え、腰しだめに握りしめた右手から溢れ出る炎などは、「天舎那」の中距離スキル筆頭だろう。
「……三叉炎槍」
手首のスナップを効かせて右手から突き出された炎弾は瞬く間に三叉戟へと姿を変え、目で追うのがやっとな速度で馬頭に飛翔して馬頭の左の肩口に突き刺さって、爆発を伴って身体を後方に大きく弾く。
スキルの効果に口角を歪めたエボニーは馬頭の大きな隙に駆ける。心を満たし、モンスターを圧倒する力に脚は自然とよく回った。
「やぁあああーーーーー!!」
馬頭の顎の下から抉るように放たれた一撃は、追加で発動したスキル「一面三目」によって光を帯びて三つにブレ、一つの突きで三つの穴を穿つ。
骨を突き折る確かな手ごたえに持ち手を石突の方へと移動させて力任せに背後に振りぬけば、手と耳に響く、肉を裂く振動と血飛沫の舞う音。赤に染まった穂先を宙で遊ばせるように己の周りを回転させると、刃は月光を反射して白い残光となって円を描いた。
「……いい頃合いかな」
鋭く息を吐いたエボニーは慌てて逃げ出す牛頭を見て、近くのモンスターは逃げたかと周囲を見渡した。
モンスターだけでなく、遠くから戦闘を見ていたズーハンとヘンリーも逃げたくなっていたのだが、離れている彼がそれに気が付くことはなかった。




