九十、かつて。
ズーハンに案内されてやってきたのは大通りに面した酒場だった。夕時ではあるが、まだ夕食には早い時間。やって来た酒場に人気はなく、大人数で囲える大きな丸テーブルの上には椅子が乗せられていた。
僅かに水気の残る床の木目を一瞥したエボニーは、ズーハンの「おっちゃーん」と言う声に視線をカウンターの奥に向けた。
彼女の声に応えるように店の奥から現れたのは中肉中背の男であったが、エボニーは直感的に戦えば強いだろうなという感想を抱いた。
「まだやってないぞ」と告げる男に対してズーハンが「ちょっと急ぎでさ」と返したのを見て、彼女がここに通い慣れているのはすぐに分かった。「そっちのお客さん方、注文は?」と「ボトムライト」の二人に出す料理は彼の中で決まっているのか、渋々といった様子の男はエボニーとフルにオーダーを取った。
酒場にメニュー表なんてものはないのでエボニーは返答に困ったが、フルが「ズーハンさんたちと同じもので構いません」と言ったのに合わせるようにエボニーは「じゃあ俺も」と言葉を重ねる。
「ここの店は適当に注文してもいい感じで出てくるから遠慮しなくてもいいのに」
そんなズーハンの言葉に男は「いい迷惑だ」と吐き捨て、奥に消えていった。
「ここにはよく来るのか?」
テーブルに乗った椅子を下ろして腰かけたエボニーがズーハンに聞くと、代わりに「竜騎兵」の男が答えた。
「どっかの酒癖が悪い馬鹿が帰れるように大通りに面してて、拠点からも近くて味も問題ない店がここなんですよ」
「ちょっ、やめてよ!」
「なんか意外だな」
「そうですね。ズーハンさんはダウナー系の、どんどん沼に進んで行く酔い方をしそうですが」
「あーあー聞こえーなーい」
ズーハンをひとしきり弄り終えると次の話題はエボニーへと移った。「竜騎兵」の男、ヘンリーはエボニーと同じ「騎兵」系ということもあって、この瞬間を待っていたと言わんばかりにと名乗りを上げたのである。
「どうして「騎兵」をメインで使ってるんです?星の民は職業を自由に変えられるんですよね。ハクザンでは剣を使ったとか」
どうして「騎兵」系の「魔竜鼎」を使っているのか。それは彼にとってそれほど難しい質問ではなかった。
「「騎兵」を使ってる理由は……そうだな、流れる景色を見るのが楽しかったから、かな」
照れ笑いを浮かべた彼に、横からズーハンが「強いからじゃないんですね」と声をかけた。エボニーは手を横に振って「ないない」と笑みを浮かべると、昔を思い出しながらぽつりぽつりと話し出した。
「一般的言われる、一番強い最終職は「歩兵」から派生するやつだよ。俺も最初は刀とか西洋剣を使ってたし。……その頃は最終職になれなかったから、「武芸者」と「勲騎士」か。それからしばらくして使えるようになったのが「騎兵」だ」
「初めから使えたわけじゃないのか……」
「その時、というか、当時か。「星と魔法のリーンズ」と人間は敵対してたから、対応する職業、「騎兵」の名家ブラフナーは落ち目だったんだ。それでね」
それらしく話してはいるが、エボニーが口にしているのは単なる設定である。後から追加された、五柱目の神に対応する職業に関するあれやこれ。「騎兵」が追加される前、追加された後でも、何度も公式生放送を見た彼の言葉には当時の念が籠っていた。
「初めて触れた「騎兵」は戦い難くて、弱くて、お金がかかる。でも、心に刺さるものがあった。だから「騎兵」を使ってる、でいいかな」
「ありがとう。そっか、そういうもんか……」
「弱いとは言ったけど、頑張って騎兵銃でリーンズ倒したし。極めたらなんだって出来るさ。まぁ極めたとか言ってるのに一等星モンスター二頭程度で死にかけてるんだから笑いものだけど」
「十分人間やめてるぜ。なんだよ、神を倒したって」
「人間やめてる、か」エボニーは再び笑ってテーブルに肘をついた。この世界に来てから何度か耳にした言葉に関連して彼が思い出したのは、ドーリーとヴァイスに何度も言われた、「本来なら、本気を出せば」という枕言葉だった。
(買いかぶり過ぎなんだ、皆。……ドーリーも、ヴァイスも、勝つまでに何回、何日かかったと思ってる。それに……五柱の神を倒したのは俺が最初ってわけじゃない。むしろ逆で、一番最後なのにな)
エボニーの笑みに寂しさを見たフルの機転で話題は三度切り替わり、そこで料理が運ばれてきた。丸テーブルに置かれたのは黄金色に輝くスープとパン、ミルクであり、酒類が出てこないのは意外に思えたが、店主の「これから戦いに行くんだろう」という言葉に納得した。
「ぴりぴりしてるよ、おまえら。特に、そこの兄ちゃん」
「俺か?」
「ああ。引退した冒険者みたいな雰囲気してるよ」
「ふーん」とパンを手に取ったエボニーは今日一番の笑みを浮かべて「正解」とだけ答えた。
内心で「おまえに分かるわけねぇだろうが」と言葉を呑んで、冷めた目をして。




