八十八、踏み出す時。
シーファ家がハクザン復興を手伝いに来るという報せは士気向上を目的としてウワンの口から広まった。その情報を耳にしたズーハンは最終職への試練が間もなくのものであることに緊張しつつ、転職条件を満たすための練習を空いた時間で行っていた。
巨人種が居れば率先して攻撃をしかけ、小型モンスターが居ればクランメンバーと協力して条件を満たすための動きを観察する。傍目から見ても、条件の達成は出来そうだった。
「呪術師」から「月影胞」になるための条件は「月光が届くフィールドで小型モンスター三体をスリップダメージだけで倒し、その後、巨人種を一体倒した状態でアクション「明かりを灯す」を行う」ことである。
条件を知っていれば達成は難しくはないものの、中級職を極め、いざ最終職になろうという段階でこんな回りくどい倒し方をしないことを考えると中々にいやらしいと言えた。生き死にが身近にあるこの世界であれば尚のこと、このような舐めた戦い方はしないだろう。
(こんな方法で……?)とズーハンも最初のうちは訝しげに思っていたが、エボニーからの情報を疑っていては何もできないと訓練を続けていた。彼女自身、戦う場所以外の条件はクリアできる自信はあったが、それだけで最終職になれないことは分かっていた。
条件を満たしたうえで職業に対応する神の幻影を倒す必要がある。それはヨセフ・ブラフナーからウワンに付けられた「星翠戒」の私兵からも聞いていたし、条件と共に手紙にも書いてあったことだ。
「星翠戒」になった人物からは「そんなに強くは感じなかった」と話を聞いていたが、エボニーに聞けば「連戦でも容赦ないけど?」と返ってくるのも彼女の緊張を強めていた。
条件が条件であるだけに、日に何度も挑戦するのが難しく、ハクザンに置いていくクランメンバーのことを考えても一発で成功させたいところである。
ゴールドバレーのように訓練場がないハクザンでできる訓練は精々がスキル回し等の練習だけだった。シーファ家が来る前祝いのような形で騒いでいる人々から離れた場所で一人杖を振るう彼女は孤独のようなものを感じていたが、視界の遠くの方で灰色の立派な馬が走る影を見て気持ちを入れ替えた。
はっきりと姿は見えないものの、あれほどの大きさの馬を持っている人物はエボニーしかおらず、人馬一体となって自由に野を駆けまわるその様は彼女にとって大変好ましいように映ったのだ。
一方、当の本人であるエボニーはというと、ストレスを発散するためにキリを走らせて風になっていた。フローリアンにエルフを任せるにあたっての顔つなぎや、知り合いの冒険者であるルイーズたちを通して他の冒険者との交流など、やりたくはないが必要なことはどうしても避けられなかった。それと合わせて、元の世界に戻るための手がかりを持っていそうな神たちとの顔合わせは着実に進んでいるものの、もう少しスムーズに元の世界に戻る方法を探すこともできたはず、という思いもあった。
現状でも、エルフたちのことを考えると居場所が分かっているリーンズの元まで行くのはしばらく先になりそうだったからだ。
コスモスが持つ情報と引き換えに望みを叶えるという条件であるために仕方がないのだが、それも忙しくて対価である情報を聞きに行けていないままだったのである。
(なんにしても防具はどうにかしたいな)
キリを走らせながらゆっくりと優先順位を組み立てていくエボニーの耳に届くのは、ボロボロの防具の金具から鳴り響く軋み音だ。どうにか防具の壊れた個所を使い道のない布切れで隠しているものの、それらは風にたなびき、衝撃が伝わる度にうるさく鳴った。
替えの防具もないので仕方なく着ているものの、損傷が酷いのか防具スキルが発動している様子はなく、隙を見てはゴールドバレーに帰ろうかなと思う日々が続いていた。というのも、顕聖での一幕でのように一等星級モンスターの同時狩猟が再び必要となった時に対応できないからだ。武器も騎兵銃しか持ってきていないため、モンスターに合わせて武器を変えるということもできない。不安な要素は多かった。
だが、不安に思ったって解決しないのも事実である。「とりあえずシーファ家が来てからか」と風の中に小さく吐き出したエボニーは、どのような人物が来るのか想像しながらその日を過ごした。
そして次の日、エボニーは朝の早い時間からウワンとフローリアンとで最終の確認をすませた。
シーファ家の伝令とのやり取りが問題なく行われているのを確認するのが彼の主な目的であり、何も問題が無いのであれば目的のフィールドに行く前にゴールドバレーに寄ろうと考えていたのだ。
ついでにエルフもゴールドバレーに一緒に向かわせて、クラテルに住めるか確かめればいいじゃないかと、エボニーとルイーズの他にも二人がハクザン復興から抜けることになった。一人はズーハンのクラン「ボトムライト」に所属する「竜騎兵」の男であり、もう一人は「衛生兵」から派生する中間職「執刀医」のエルフの女だった。
時間は昼になり、予定通りにハクザンの町の外にシーファ家と思しき一団が見えたところで、彼ら四人は二頭の馬に相乗りする形でゴールドバレーへと向かって駆け出した。




