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九つ、ヘレナ・クーター。

 ノトの国の街道は踏みしめられた土が殆どで、石畳が敷かれている場所を見ることは少ない。ゲーム時代からそうであり、特に気にすることではないものの、それなら馬ぐらい走らせてもいいんじゃないか、とエボニーは思っていた。雑踏が嫌いなわけではないし、体を動かすのだって苦ではない。それでも、広いゴールドバレーの街を歩くのは面倒だったのだ。


(せめて自転車があればなぁ……)


 ぼやいてみても、何かが変わることはない。鍛冶屋で作ってもらうにしても、とんちんかんな図面を渡して丸投げでは相手も困るだろう。狩りにしても何にしても、悪いところから目につくものだ。例えばそう、目の前からやって来る、明らかに場違いな貴族の令嬢のように。

 自然と割れる人混みに紛れ、目を細めて確認してみれば、それは彼の知っている人物であった。


「クーター家の娘さんか……?」


 ウワン・クーターの娘、ヘレナで間違いはない。

 馬上で膝を揃えて座っている彼女は馬引きに全てを任せ、何かを探すようにキョロキョロと視線をやっては戻すを繰り返し、やがて道の端で目的のものを見つけたのか周囲に声をかけていた。明るさの宿った彼女の表情はエボニーに狙いを定めていて、彼は逃げるに逃げられず、ゆっくりと大きなため息を吐いて気持ちを入れ替えた。

 互いに顔は知っている間柄ではあるものの、会話をしたわけではない。エボニーは彼女の名前すら知らなかった。


 グリーンゴールドの髪を馬上で揺らしながらやってくる彼女は父親譲りのキツい目つきをしていたが、彼女の持つ雰囲気がそれを和らげていた。白を基調とした服は、彼女が一人で馬上から降りられる程度には機能性を有しているらしい。


「今日は良いお天気ですね、エボニー様」と、スカートの裾を摘むような格好をして腰を落とす彼女に、彼も胸に手を当てて礼をすることで応えた。


「クーター嬢と気持ちよく会うために神も気を使ったのかもしれませんね」

「口がお上手なんですから」


 口に手を当ててクスクスと笑う彼女の機嫌は悪くない。エボニーはそっと胸をなでおろした。


「急に申し訳ありませんが、少しばかりお時間頂いてもよろしいでしょうか。貴方様のお耳に入れておきたい情報が入ったものですから」

「ええまぁ、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。では、目立ってしまいますので移動しながらでも。どちらに向かわれていらっしゃったのですか?」

「マイルーム……というか、家ですね。手紙を書こうかと思って」

「たしか、クラテルと言うのでしたか」

「よくご存知で」


 再び耳に届いた彼女の慎ましい笑い声を合図に、彼らの足は動き出す。貴族令嬢なんだから馬に乗ればいいのにとエボニーは思うものの、クーター嬢は迷う様子もなく進んでいく。まさか彼女の方が元気があるとは思っていなかった彼は置いていかれないように歩幅を大きくし、そこから並ぶように歩調を合わせた。


「今朝はハンターギルドの方に?」

「慣らしたかったんで、適当に。そう言えば、クーター家から俺に依頼出しましたよね」

「そうでしたか。家の事には関わらないもので……」

「あぁそうなんですね」

「もちろん、一通りは出来るんですよ?嗜み程度ですけれど」

「それでも凄いですけどね」


 エボニーの隣で歩く彼女は漫画やゲームに出てくる貴族のイメージそのままで、見た目以上にしっかりと教育を受けているのだろうことは簡単に察することが出来た。彼女の言う一通りが、一体どこからどこまでを指すのかを聞いてみたかったものの、彼はそれを聞くのは野暮に感じられた。


「どこかに嫁ぐ事になっても恥ずかしくないってお墨付きなんですから」

「クーター家の令嬢となれば引く手数多でしょ」

「その分しがらみが多いということです。どなたか拾って頂けるといいんですけど」

「……」

「…………」

「こっち見ないでくれ」

「残念です、振られてしまいました」


 そこで彼女は笑う。周囲の護衛の空気が一瞬ひりついたのを感じてしまったエボニーからすれば笑っている場合ではないものの、相手が誰であろうと応える気がないのも事実で、本当に困ってしまうのだ。


「帰れなくなっちゃうから……」


 彼の言葉が気持ちの全てだった。ゲームの中に居るのは思った以上にストレスがかかるし、元の世界に帰りたいという気持ちは強く残っている。だからこそ、一定以上の関係を作ろうという気持ちに、ストップをかけなければならなかった。


 自分の中にある線引きがどうなされているのか。彼自身、きちんと理解しているわけではない。それでも、二人の関係をお付き合いという言葉以上で語るのなら、距離を取って消えていくことを選ぶだろう。


「そうでしたね……、失言でした」

「いいや、俺の方が言葉を選ぶべきだったよ、今のは。貴女が綺麗なのは間違いないんだから、もっと何かに例えるべきだった」

「殿方にそう言っていただけると私も嬉しいです。目つきが悪いというお話も届いてくるものですから……」

「クーター家に相応しいって言うべきだな。父親譲りのいい目だと思うけど」

「ふふ、ありがとうございます」


 二人の間にあった気まずい空気はほんの僅かで晴れた。お互いに空気を悪くさせないように動いたこともあるし、どちらも謝罪が欲しいわけではない。エボニーは社会人として。ヘレナは貴族として。最初の会話としては、悪いものではなかった。


 クラテルに到着した彼はヘレナに目配せして、これからどうするのかを尋ねた。本当に一緒に話すためだけに声をかけたとは思っていなかったのだ。

 内緒話をするならばクラテルの中へと招くし、彼女が自身をどこかへ誘導したいのであれば、快く着いて行くつもりだった。


「着きましたけど、どうしましょうか」

「中に入ってもよろしいのなら、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」

「ええまぁいいですけど、何もないですよ」


 エボニーはクラテルの扉に手を置いて、ゆっくりと押し開いた。扉は別段重いわけではないものの、それ自体がまるで自我を持っているかのように雰囲気を醸し出してくれる。

 建物内はやはり静かで、人の気配というものが感じることが出来ない。入って最初に目につくホールの円卓に武器を置いたエボニーは「殺風景だけど」と枕詞をつけて鞄から購入した紙を取り出した。


 一方のヘレナはと言うと、エボニーがクラテルと呼ぶ建物に入れたことに喜びを感じていた。だが、その感情を表に出さないのはさすがであり、興味深げにホールを見回していた。彼女の護衛たちも同じように視線を彷徨わせていて、どこか落ち着かない様子だ。


 エボニーがやって来るまで、クラテルは完全に閉鎖された建物であり、押しても引いても扉が開かれることはなかった。手入れなんて誰もしていないはずなのに、埃一つない空間は澄んだ気配を彼女たちに与えるのだった。


(この円卓のクロス……うちにもあるかないかという代物がいくつも…………)


 すっと指先で円卓を撫でた彼女の様子に気づかないまま、エボニーはペンとインクを取りにマイルームへと続く階段を登っていった。「ちょっと待ってて」と言葉は残して行ったものの、それは彼女には届かず、少しして護衛の口からヘレナの耳に届くことになった。


 エボニーの部屋は何故か四階にあるため、行き来はそれなりに手間ではある。だが、エボニーの身体能力は常人のそれをはるかに凌駕する。彼が力を込めてジャンプをすれば、階段なんて障害にすらならなかった。


 エボニーが猛スピードで飛んだり跳ねたりしている間、手持ち無沙汰になっていたヘレナは、ホールの間取りをある程度理解したのか、彼が円卓に置いていった騎兵銃を眺めていた。

 クーター嬢はブラフナー家と交友があり、騎兵銃を間近で見たことがある。だが、それと比べてみても、どうも違うような気がしていた。


 騎兵銃は騎兵銃でも呼び方が違うなんて彼女は知らないが、この場にエボニーが居たのなら簡単に答えてくれたのだろう。

魔竜鼎レヴィテックス」が扱うものは騎兵銃レヴィアタン。「竜騎兵ドラグーン」が扱うものは騎兵銃ドラゴンと呼ばれ、騎兵銃ドラゴンを強化していくことで騎兵銃レヴィアタンへと名前が変わっていく。

 SSSでも読み方が違うのは紛らわしいと言われていて、プレイヤーたちの間では普通に騎兵銃と呼ぶのが主流だった。


 見た目の違いとしてすぐに分かるのは銃身の長さであり、見た目の豪華さである。VRゲームで自身の武器の見た目がカッコいいというのは、それだけでモチベーションに直結する。当然、最終強化までいけば装飾は多くなり、洗練されたものになっていく。

 現在のノトの国ではお目にかかれないだろうそれに、彼女だけではなく、護衛たちも目を奪われていた。

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