八十七、根回し。
ズーハンからの相談を受けて数日が経った。ズーハンのクラスチェンジに了承の返事をしたエボニーだったが、復興の最中に個人の用事を優先するわけにもいかず、どうするかと考えるだけの日々が続いていた。
「呪術兵」から派生する最終職「月影胞」になるための条件はそう難しいものではないが、戦う場所と天候には気を付けなければならない。月明りが届き、小型モンスターと巨人種の大型モンスターが共存するフィールドが最低条件であり、そこに「呪術兵」が戦いやすいとなると場所は限られてくる。
一番弱い巨人種は「針葉の巨人」であるが、ズーハンのランクが一等星であり、それなりの実力を持っているのを知っているエボニーは戦闘自体ではなく、もろもろの条件の方を気にしていた。
(月光が届いて近くに巨人種が出るってなると……)
条件自体はハクザンでも揃えることができるが、復興が始まっている町の近くで戦うのはためらわれた。そうなると町から離れた場所で戦うことになるのだが、復興の人手が足りていないのは彼らも実感するところである。
職業が持つステータスの恩恵が働いている冒険者たちによって大きな瓦礫の片付けは終わり、エボニーの仕事は死者の蘇生や負傷者の治療から肉体労働へと切り替わりつつあった。一般の冒険者と単純に比べて圧倒的なステータスを持つエボニーの働きは大きく、気軽に町の外に出るわけにもいかなかったのだ。
数日前と比べて余裕が見えてきたウワン・クーターに外出について訊ねてみたエボニーは、そこで出てきた貴族家の名前に首を捻った。
「シーファ家の嫡男が来る?……シーファと言えば「魔術兵」の名家だけど、どうして今になって」
「手柄と名声だろう。当主の名前はモスタファ・シーファ。やってくる息子はアイロンという名前だ。当主は私よりも少し若いが苦労人でな。ご息女が病気だったんだが、容体が安定したと手紙に書いてあった。上も下も、本家も分家も巻き込んでの治療劇がようやく終わり、そろそろ息子に箔をつけてやろうと思った……というところか」
エボニーは(どいつもこいつも)と出かかった言葉を呑み込み、こちらの世界に来てから殆ど耳にしなかったシーファ家がどういった状態であるかを想像してみた。
シーファ家の分家であるデヴォンジャー家の男とは知り合いであるが、貴族家出身にしてはあまりにも貧相な家屋に住んでいたのは、本家に治療費を持って行かれていたのかもしれない。その先でウィリアム・デヴォンジャーが「夢と簒奪のワルツ」と出会えたのは幸運であったのだろうが、権力を持つものに振り回されるという共通点がエボニーに哀愁の念を抱かせた。
「まぁ数日空けるのは問題ないだろう。エルフのことは……上手くやっておこう」
「そこらへんは教会のザンクト・フローリアンにも頼もうと思ってるからよろしく」
「彼も大変だな。教会はただでさえ向かい風だというのに」
「自業自得だろ」
ヴァイスの力を奪ったのもそうだが、顕聖を起こしたのが教会の上層部の人間であるという話はハクザンに居る者であれば皆が知るところとなっていた。教会関係者だけど自分だけは無実です、とはいかないのだ。
ウワンからの許可を得たエボニーが次に訪れたのはフローリアンのところだった。
教会関係者ではあるが「弓兵」系統に就いている彼は肉体労働組であり、初めて顔を合わせた時よりも肉が落ち、痩せているように見えた。だからというわけではないのだろうが「エボニー様……どうかなされましたか」と浮かべた表情が無理に作ったものに感じられた。
実際、疲れているのは事実だった。ハクザンの住民や冒険者たちは教会に籠っていたこともあって神職に就いている者たちの悪口を直接言いはしないものの、マッチポンプを疑われたりと、どうしても態度で伝わるものはある。
疲れ気味のフローリアンに頼むのも悪いような気はしたが、こういったことを任せられる人物がエボニーには他に思いつかなかった。
「知り合い険者の用事につきあって数日ハクザンを離れようと思ってるんだけど、その間エルフたちをお願いしたいんだ」
「私の目には馴染んでいるように見えますが。……いえ、お世辞を言っても仕方ありませんか」
瓦礫を集積所に降ろしたフローリアンはため息を一つ吐いてエボニーに向き直る。
「町長だけでなく、冒険者もエルフたちに良い感情は抱いておらぬでしょう。あるのは戦わなくてよかったという安堵だけ。都合が良い……私にそんなことを言う資格がないのは重々承知ですがね。エボニー様はエルフたちをどうなされたいのでしょうか」
フローリアンの問はエボニー自身、考えていたことだ。
エルフたちと共にハクザンを救ったのは良いが、表彰を受けるわけでもなければ、分かりやすい名声を得たわけでもない。安住の地などもなく、やっているのは地道な復興作業であり、それはエルフたちからすれば関係のない仕事だ。
勝手に背負わされたものであるが、信じてエボニーに付いて来てくれている彼らの行為を裏切ることはできない。居場所を作るためにはどうすればいいのか。おぼろげではあるものの、一応の答えは得ていた。
「どうこうなんて、そういうのはまだ……でも、エルフ、ダークエルフたちにはクラテルで暮らしてもらおうと思ってる。俺の基準だとゴールドバレーの治安が良いとは言えないけど、あそこなら一先ずは安心できる。ちょっと懸念はあるけど……まずはやってみてからだ」
クラテルにある使われていない、鍵のかかった部屋たち。あそこが使えたなら、エルフたちを自身の庇護下、監視下に置きながら住居を提供することができる。彼の言う懸念とは扉に鍵がかかっていることだが、住人になれば勝手に鍵は開くのでは、というのがエボニーの考えだった。
クラテルの一階ホールの扉を開くのには住人であるエボニーの許可が必要であるように、個室も部屋の持ち主の許可がいるのではないだろうか。だから既に自身の部屋を持つエボニーには開けられなかった。
部屋の持ち主がSSSを遊んでいた他のプレイヤーであるならまた話は変わってくるのだが、試してみない事には何も始まらない。
エボニーの出した答えにフローリアンは何を見たのか、頷きを返して口を開いた。
「エルフたちのこと、委細承知いたしました。……巡礼の徒である私もまた己への問に答えを持たない身なれど、一先ずはやってみる。それが正しかったのかもしれません」
「我が身に課すのは修行ではなかったのかもしれませんね」と小さく続けた彼に、エボニーは「よろしくお願いします」と頭を下げた。




