八十六、明前の夜風。
ヴァイスが「神印」を回収したことで顕聖は終わり、ハクザンの復興が始まった。引き寄せられたモンスターが他にも居る可能性があり、まだ気を抜くことはできないという空気感こそあったものの、前へと進んで行くその様にはたしかな希望があった。
負傷者が多い「ボトムライト」は町の中で出来る仕事の多くを割り振られ、逆に損傷の少ないウワン・クーター率いる一団が外に出る必要がある仕事を請け負うことになった。エボニーはそんな彼らを見て密かに(今からのポイント稼ぎは大変だろうな)と思っていたが、彼も暇をしているわけではない。
モンスターによる攻撃以外で亡くなった人物の蘇生が出来るのは現状でエボニーただ一人であり、倒壊した家屋の瓦礫の中から死体が見つかる度に呼び出されては蘇生を行い、それ以外は回復スキルを用いて負傷者の治療をするのが主な仕事だった。
死体の中にはモンスターに食べられた後であったり、損傷がひどく蘇生できない遺体と顔を合わせることもあった。見ていて気持ちの良いものではないのは当然であるが、自分以外にできない以上はやるしかない。彼個人としては各職業で積み重ねてきたステータスを用いた肉体労働の方がまだ楽に思えたものの、傷が癒えた冒険者たちにそういった仕事を振り分けられているのを見ては何も言えなかった。
そんな日常に慣れてきた夜のこと。エボニーは一人、町から離れた教会にやってきていた。
遠くに見えるハクザンの灯りを一瞥した彼は、頭上に浮かんだ月に目を細めてから人気のない教会の敷地内を歩いて行く。人手を必要としている今、神に仕え、教会に属する者たちもハクザンで寝泊まりをしていた。
彼の目的は教会にあるという石碑だった。SSSで共に戦った戦友の墓や慰霊碑、何かしらの痕跡があるのなら一目見ておきたかったのである。
エルフたちと戦っていたからか、冒険者たちからはよそよそしく扱われ、町長には厄介者扱いだ。ウワンは全体指揮で忙しく、ズーハンも自らのクランがある。ルイーズたちも他の冒険者たちの空気感を感じてかあまり近づいてこないため、今のエボニーは殆ど繋がりがないエルフたちと過ごすことが多かった。
だからというわけではないが、一人になりたい時間がほしかったのである。
(なんか変な気持ちだな。知ってるのに知らないというか……)
教会のどこに慰霊碑があるのかも知らないエボニーが膝をついたのは、こじんまりとしていながらも丁寧に清掃されていた跡が残る立石の前だった。石碑に刻まれた文字の意味も知らぬまま手を合わせる彼の心に何かが浮かんでくることはなかったものの、今は逆にそれに助けられた。
友と呼べる存在が皆無なのはこの世界にきてから何も変わっていない。夜になると出てくる嫌な思いを打ち消してくれる愉快な友が居なくても、心静かに過ごせるのは幸運であった。
(エルフをどうするか……あの町長の様子だと、この町ではやっていけないだろう。エルフだけの町は意味がないし、一緒に暮らすにはやっぱり貴族の後ろ盾が必要か)
不要な思考がない分、目を閉じた先に現れるのは目下の課題だ。
エルフとエボニーで救ったハクザンだが、この町には居場所がないのは明白だった。町長以上の権力者としてエボニーが思い浮かぶのは貴族であるが、一番手を貸してくれそうなヨセフ──ブラフナー家を含め、現在顔を合わせている貴族たちは王都であるゴールドバレーに屋敷を構え住んでいる様子だった。力はあるのだろうが、郊外にどれほどの影響力があるのかは未知数である。
一人で考えても答えは出ない。そろそろ戻るかとエボニーが思っていると、背後から誰かが近づいて来ているのに気が付いた。
「誰だ」とエボニーが振り向かずに問えば、女性の声で「エボニーさん」と小さく返ってきた。立ち上がってエボニーが見た先に居たのはズーハンだ。
彼女以外に人影はなく、一人で来たのかと思ったが、どうやら外に人を待たせているらしい。
「どうも、クラン「ボトムライト」で「竜騎兵」やってる者だ。よろしく」
ズーハンと一緒に出た教会の入口付近で待っていたのは若い「竜騎兵」の男だった。エボニーの「魔竜鼎」の前の職業であり、馬を呼び出せる「騎兵」系統が冒険者をしているのが珍しいことを知っている彼は驚いた。互いに愛馬を召喚して町までの間を三人でゆっくり歩みながら会話は続く。
「それで、二人して何の用だ?」
「いや俺はただの脚さ。ほらズーハン、さっさと言えよ」
「私……私、最終職になりたいんです」
重たい口調で語りだしたズーハンの言葉の続きを彼は待つ。
最終職になるための方法を知りたいのか、最終職になるために手伝ってほしいのか。続くだろう言葉はいくつか考えられたが、彼女の口から出てきたのはどれでもなかった。
「私が死んだら、蘇生をお願いしたいんです」
「転職条件は知ってるのか?」
「それはブラフナー家から……」
「ふーん」と軽く返事を返したエボニーをズーハンはどう思ったのか、食い気味で「一人でも勝てるんですよね」と聞いてきた彼女に、彼は「まぁ」と頷いた。
「強く、なりたいなって思うから。私たちが職業を持ってる意味が、今回の顕聖で分かった気がしたんだ」
笑ってエボニーの知るズーハンへと戻ったその姿に、彼は自らの初心者時代を重ねて笑みを浮かべるのだった。




