八十五、完成された心。
ヴァイスがハクザンに入ってから「神印」を回収するまではあっという間だった。
エボニーがエルフたちを蘇生、回復して準備を整えている間に町の中に残ったモンスターを狩りつくし、さっさと「神印」を回収してエボニーを出迎えた彼女は、つまらなさそうな表情で、ウワン・クーターたちが居る教会の方へと彼らを誘った。
「随分とボロボロね。どこかの女神様に見放されでもしたのかしら」
「ドーリーのこと、何か知ってるのか?」
「別に……あんなやつ知らないわ。自分で尋ねてみればいいじゃない。きっと待ってるわ。資格は持ってるでしょう?」
そう言ってエボニーが持つ剣を一瞥したヴァイスに、エボニーは「称号か」と呟く。
初めてドーリーに会いに「神の岬」に行った時に船頭が現れたのも称号があったからかもしれないと思ったエボニーは、そこでヴァイスの雰囲気が変わっていることに気が付いた。
服装自体はSSSで嫌と言うほどに見た格好であるために「あぁ力を取り戻したんだな」という程度でしかないものの、何かに苛ついて憎まれ口をたたくような感じではなくなっていた。もちろん口の悪さは健在だが。
「それにしても、なんだが大人になったな」
「別に。元に戻っただけよ。あんたは……あの日から変わらないわね」
「あの日っていつだよ」
「通い婿のように会いに来てた時よ」
「そんな事実はないけど」
「冗談に決まってるでしょ」
「ヴァイスも冗談言えたんだな」
エボニーの言葉に黙り込んだヴァイスを見て彼は笑う。短い間ではあったが、エボニーが関わったヴァイスであれば、ここは蹴りの一つでも飛んでくる場面だ。その差がなんとも面白くて彼は笑ったのだった。
ひとしきり笑った後、町も半ばというところでヴァイスが思い出したように「そう」と言って続けたのは、彼女の今後についてだ。
「あたしは適当な穴倉にでも籠ることにするわ。後を投げるようでわるいけど、ここでお別れね」
「そうか……寂しくなるな」
「そうね。あんたを一人にするのは悪いと思ってるわ。一人でずっと戦っていたのをあたしは……あたしたちは知ってるからそう思うのかもしれないけど」
手持ち無沙汰に提灯を揺らして首を傾げる彼女に、エボニーは目頭が熱くなるのを感じた。
五柱の神討伐を成しえて最初に感じたのは、達成感と、SSSが終了して燃え尽きるような感覚だった。そして間もなくこの世界にやって来た彼に対して、五柱の神討伐の偉業を讃えてくれる人物はいなかった。
それが相対した神自ら言葉をもらえたのだ。遅れながらにもらった讃辞がエボニーの体に沁みて、彼は自分でも分からない、内から湧き上がってくる感情を堪えるのに精一杯になってしまう。
「そんな泣きそうな顔してるとこの後大変よ?町の外れにある教会にゴールドバレーからの援軍が集まってる。エルフのことも、ハクザンの後処理のこともあんたが話を進めて、旗印になるの」
「エルフもそうだけど、俺にできるとは思わないよ」
「旗印っていうのは担がれていればいいのよ。神だってそういうものでしょう?」
「それは身もふたもない」
「まぁ、何かあったら会いに来なさいよ」
「どこの穴倉に行くかも知らないのに?」そう言って空を見た彼は、ヴァイスからもらった称号の名前を思い出そうと考えていた。称号がドーリーの元へ連れて行ってくれる鍵なのだとしたら、ヴァイスに再び会う時に必要になるかもしれないと思ったからである。
「剣を貸しなさい。まずはドーリーのところへ挨拶と剣を帰しに行ってくるわ。あんたは剣よりも銃握ってる方が似合うもの。その後は……、そうね。教会のクソどもを殺すまえに目的でも聞くのも悪くないいかも。なんにせよ、しばらくは腰を下ろす気はないわね」
エボニーは「光道寸言・打蛇打七寸」をヴァイスに手渡した。
彼女はこれからノトの国を色々と回るようだった。教会の偉い奴を上から順番にぶん殴る云々も達成していないし、と拳を握るヴァイスにエボニーは乾いた笑いしかでてこなかったが、この方が彼女らしいな、とも思った。
そうして歩いているうちに見えてくる、ハクザンの町の終わり。
先にあるのは錆びれた教会と、冒険者たちと、ウワン・クーターが率いる軍団である。
「そろそろね」
これからを想像してため息をついたエボニーを笑ったヴァイスは湿った声で別れを切り出した。
短いがドタバタと忙しなかった数日であった。思えばもの凄い長いことこの世界に居るような気がするな、だなんて、彼女につられてエボニーもしんみりとするものの、いずれ世界を去るつもりのエボニーにとって別れは切っても切れないものである。
「諦めることなく挑み続けて杯は満ち、その心に穢れ無し。偉業を成し、心は完成された。…………次合う時は、そんなボロボロの姿じゃないようにね」
「あぁ、そっか……ヴァイスからの称号は「完成された心」だったな」
「あたしは剣なんか送らないわ。無粋な真似はしたくないもの」
「神の岬」の方角ではない、どこか遠くの方を眺めたヴァイスにエボニーは首を捻るが、彼女は「なんでもない」と言って視線を戻す。
「頑張りなさいよ」
「……ありがとう」
顔を合わせた両者は握手を交わすとヴァイスはブラックドッグに乗ってどこかに走り去り、エボニーはルイーズたちの方角へ体を向け、体内の空気を入れ替えるように深呼吸を行った。
「よし、やるか」と言葉を漏らして。




