七十九、近づく終幕と失感情。
頭上を飛んで行ったドラゴン種はグリフォンによく似ていた。
発達した四足に、肩口から広がって大空を滑る両翼。獲物を怯ませる鋭い瞳の先には肉を食いちぎるための嘴があり、鼻が利き、気性が荒い。
時間がかかったり連戦が避けられないクエストで姿を見ることが多く、倒したモンスターの肉を目当てにプレイヤーにちょっかいをかけに来ることからあまり好かれてはいないこのモンスターの名前は、「甲冑の鷲竜」。
だが鷲竜が嫌いなプレイヤーも、このモンスターを何度も倒す必要があった。それは、「甲冑の鷲竜」が落とす爪素材が回復アイテムの調合素材として使われるからだ。
エボニーも神と戦う前段階として狩り尽くす勢いで鷲竜を倒していて、今更被弾らしい被弾をすることもなく、SSSが現実となっても戦い慣れたモンスターであるためにその行動は読みやすい。さらに鷲竜は他のドラゴン種よりも低く飛ぶ性質があり、ちょうど馬上からのジャンプ攻撃で頭部を狙えるので閃光銃も必要ない。
嘴や爪などの近接攻撃を中心として行ってくるため、回避を確実に行えるのならカウンターを取りやすいモンスターである。もし自分から攻めるのであれば、地面に脚を着ける瞬間か、鷲竜よりも上から攻撃するのが反撃を受けにくい。
今回エボニーが狙うのも、その攻撃方法だった。
グリフォンに似ていると言ってもドラゴン種である以上、その身を覆う甲殻は頑丈で、広げられた翼では風切り羽ではなく皮膜がたなびく。
空から地上へと駆ける場所を切り替えても移動速度を落とすことがない鷲竜は、自重を乗せたタックルを行おうと勇猛に大地を蹴り上げる。
鷲竜には遠距離攻撃がないために距離を取れば一方的に攻撃できるものの、今は時間も弾も惜しい。となれば、的確に攻撃が通る部位を狙う必要があった。甲殻が薄い頭部はまさに狙い目だ。
突進と攻撃のタイミングを見計らい、最高の瞬間にエボニーはキリの背から放り投げられるようにして飛び上がる。
鷲竜とエボニーの視線が空中で重なれば、両者の激突は早かった。
「おらぁ!!!」
気合の入った騎兵銃の振り下ろしは鷲竜の嘴に綺麗に決まり、エボニーは勢いそのままに鷲竜の体を飛び越えるように宙を転がっていく。
すぐさまモンスターを確認できずとも、手元に残る熱い感覚と、回る視界の外で聞こえてきた悲痛な叫び声から、鷲竜の嘴を割ったのは確実だった。
痛みからか激しいステップを踏む鷲竜は態勢を整えているエボニーに振り返って再度攻撃を試みるものの、横から飛んできたドーリーの攻撃でたたらを踏んでしまう。
割れた嘴を狙うように頭部で弾けたドーリーの火の玉によってまともに目標の視認もできないままに嘶いた鷲竜だったが、その隙を逃す彼女ではない。
距離を詰めた勢いそのままに軽いステップで鷲竜の甲殻を跳ね上がり、頭蓋をものともせずに顎の下から刀を突き入れたが、これで終わりではない。
トドメとばかりに刀身を通して鷲竜の肉体の中で膨れ上がる火焔が、簡単に鷲竜の脳髄を焼き切って破壊したのだった。
動きを止めた鷲竜を見て、ドーリーは真っ赤に染まった刀を静かに引き抜いた。
呼吸を必要としていないのではと、そう錯覚させるほどに彼女の息は乱れておらず、キリに乗って近づいてきたエボニーに向かって、彼女は言葉を吐いた。
「では行きましょうか」と。
◇
見張り台に立つヴァイスは、ハクザンに来てから睡眠を取ることがなかった。
力を奪われてからというもの眠気や食欲といったものが必要となっていた彼女は、まさしく生まれ変わったかのように感じていた。
自らを縛るように足を引っ張る欲が無くなっていき、ハクザン周辺の神気が体に馴染んでいく感覚は喜ばしいものだった。
町長のセブンとウワン・クーターが「神印」の場所について話し合っている場では黙っていたが、彼女には「神印」がどこにあるのかがはっきりと感じ取れていたのである。
ドワーフの守護神としての側面が強く出ていた彼女は、本来の「杯と純潔」としての姿に近づいていた。
教会からハクザンを挟んで向かいの山から神の力が働いたのも、そこからドーリーとエボニーがやって来たのも、遠くから様子を伺う、神となった老魔術師が居るのも分かっていた。
身体から疲労がそぎ落とされ、力が滾ることに歓喜し、その感情すらも冷静に処理できる自分に、その時が近いことを悟る。
本来であれば今すぐに「神印」を回収して教会を潰し、新しい場所で居を構えたいところであるが、そんな彼女が動かないのはエボニーへの義理からだった。彼を取り巻く環境を考えれば、まだ動くわけにはいかない。
エルフ、ダークエルフの立場を確立するためには、ゴールドバレーで力のある者の目の前で己を示さなければならない。
幸いにしてこの町にはクーター家当主のウワンがやってきているため、その条件は問題なくクリアしているし、ウワンにとっても顕聖を抑えたという実績は欲しいだろう。その中で、両者が顔を合わせる前にヴァイスが一人で無双してしまえば全てが台無しだ。
だから動かない。
情動が激しく肉体を駆り立てようとも、それでエボニーからの恩を台無しにするわけにはいかなかった。
神殿の地下、繭の中で目が覚めることもなく、神としての力を吸われ続けて一人の少女となって死んでしまう未来が遠からずに実現した可能性が高いことを彼女は理解している。
こんなところで一人立っていようと、エボニーには何も伝わらないだろう。けれど、それでいいのだ。
エボニーと共に食事を摂り、ドーリーと共にしょうもないことで笑い、街の人々の隙間を縫って歩いた記憶が、神へと戻ることで平坦な記録に変わるのは少しばかり寂しいものの、エボニーがずっとこの世界に居るつもりではないと知っていれば、ささやかな祝福の方が嬉しいかと思ったからだ。
ハッピーエンドとはいかないのかもしれないが、彼が去る際、その後に希望が持てるような結末に導く。
これが力を奪われた神から、自らを救った星の民への贈り物になるのなら。
身を張り割かんばかりに膨れ上がっている復讐心を朝風で冷やしながら、彼女は遠くを見つめて見張り台に立っていた。




