八つ、ハックアンドスラッシュ。
ノアとアイネスはハンターギルドに併設された食事処で話しており、エボニーとルイーズの予想外の早さでの帰還に驚いていた。この調子なら午前中にもう一度クエストに行けそうであり、あまり時間をかけずに残った二人にも戦闘を見せられそうだった。とは言っても、「針葉の巨人」と同じような戦闘を見せるのであれば、ただ単に解体の手伝いをさせているような気もエボニーはしていたのだ。
だからこそ、四人で受付に向かっている途中で彼は尋ねた。
「なぁルイーズ、さっきのって本当に参考になってたか?」
「えっ、うーん……私は、まぁ参考にはあんまりならないかなぁ……。見てて楽しくはあるんだけど」
「そんなことないだろ、ルイーズがちゃんと見てなかっただけなんじゃないか?」
「そんなことないし!職業が違うんだから立ち回りも違うの!!ノアとアイネスが見たらまた違うんだろうけどさ……」
ルイーズの声は尻すぼみになっていき、最終的にはいじけたように背中で手を組んだ。彼女の言葉に興味を持ったのはアイネスで、エボニーに対して、どのような戦いをするのを聞いた。「立ち回りとか気にされてるんですか?」と。
「殴れるなら殴るのが基本だけど、モンスターの振り向きに合わせて攻撃を置いておくとか?三等星なら別に気にするようなこともないと思うけど」
「うーん……あまり参考にはならないかもですね」
「まぁそんなもんだよな……、数を狩るのが一番なんだけど、それが難しいんだよなぁ。他に言えることがあるとすれば、まず三人とも装備が弱すぎかな。何等星のモンスター素材で作ったの?」
「みんなバラバラですけど、基本的には四等星の素材です」
「んー、じゃあ防具の強化は?」
「防具の強化……というと装備の更新ですか?」
「いや、そうじゃなく」
SSSでは防具には強化レベルが存在し、鍛冶屋で生産したすぐの状態をレベル一として、複数段階に分けて強化していくことができる。純粋に防御力を強化したり、属性耐性を上げたりできるのだが、どうやらアイネスには通じていないらしい。
現実で考えてみると防具の強化なんて違和感でしかないものの、エボニーの鎧は見た目からしてゲーム内と変わらず最終まで強化が出来ていた。エボニーは一つ唸り、ノアにも尋ねた。
「ノアは?」
「いやオレも知らないな」
「まじか。ルイーズは……、まぁ知らないわな」
「それは失礼じゃない!?」
大げさに声を上げて抗議するルイーズを一旦放置して、エボニーは自らの防具を叩きながら防具の強化について話し始める。
「防具によって耐性が違うのは分かるだろ?例えば火竜の装備は火の耐性が高いとか。防具の強化っていうのはそういった特徴を他の防具に持たせたり、既存の耐性を強めたりすることを指して言うんだけど」
「まぁイメージはつきやすいか。火を使ってるから火に強いとか。そういうことだよな?」
「そう、ノアの言う通り。さっき狩った「針葉の巨人」で防具を作ったら、それは多少なりとも火に弱い防具になるわけだ。だけどその分しなやかで、多少の雨なら弾くこともできる。もし余ってる素材があるなら鍛冶屋で聞いてみるのもいいかもしれないな。無理に強化しなくても各モンスターに合わせて装備を整えるのもアリだし」
ゲームであれば強化に必要な素材がリストとなって可視化されるため、エボニーが素材集め以外で苦労したことはないものの、現実になったことを考慮するのであれば鍛冶屋に直接聞いた方がいいのは確かだろう。
対策装備をピンポイントで作るのは彼にとって楽しい作業ではあったし、装備が一つ一つ揃っていく様子は強くなっていく気持ちを味わえた。
だからこそ、この世界で生きている彼らに知ってほしいと思えたのだ。もし防具の強化が出来ないとなっても、それは決して無駄にはならないだろう。
「どう強くなっていくか。好きなようにやるのがいいと思うんだけどね」
ひらひらと手を振って軽い調子を出すエボニーは、受付が並んでいる場所までやって来たのを確認してから背負っていた葉を手に持った。目的の受付までは少しあるものの、なんだか心がむず痒くなったのである。
受付の前に並んでいた冒険者の数はいくらか少なくなっていたが、それでも人がいないわけでもない。エボニーを除けば五本の指に入っているらしいルイーズたちを見る目もあれば、エボニーにも目を向けている人も居たのだった。
それらのことごとくを無視して進むエボニーと、着いて行く三人の会話は自然と終わってしまった。目的地まで近いということもあって、新しい話題を提供することもはばかられたのだ。ノアはムズムズしながらも抑えているルイーズを珍しいものでも見たかのように口を引きしぼり、そっと彼女に近寄って小声で聞いてみた。
「エボニーさんそんなに強かったのか?」
「「針葉の巨人」を五分もかからずに倒せる冒険者なんて知らないでしょ。あの人が最強だよ」
「さっきも聞いたけど、本当に巨人狩りしてきたのかよ。じゃあ、あの棘って針葉の巨人の葉なのか、初めてみたな」
「凄いんだよ、攻撃が全部吸い込まれるように顔に飛んでいくんだから」
僅かに聞こえてくる二人の会話から離れるようにエボニーは少しだけ歩幅を広くし、適当な距離を取ってからそれを維持するために歩幅を戻した。ルイーズとノアが声を落として会話しているのに、黙って聞いているのもどうかと思ったのだ。
これが同じパーティーのアイネスなら気にしないのだろうが、エボニーはどうにもそういうのを気にするタチだった。
先頭を歩いているのだから当たり前なのだが、一足先に目的の受付までやって来たエボニーは、静かにカウンターに巨人の葉を置いて受付嬢に声をかけた。
カウンターを埋め尽くさんばかりの光景の向こうから聞こえてくるのは、いつもの受付嬢の声だ。
「すみません、今大丈夫ですか?」
「もちろんです。えーっと、クエストからお戻りになられたんですよね」
「そうなんですけど、狩猟証明部位とか分かんなかったんで適当に引っこ抜いて来たんですよね……」
「あぁ……この依頼主の方なら特に問題はないかと思います。一応お伝えしておくと、「針葉の巨人」の証明部位は頭になってますね」
「分かりました。覚えときます」
依頼書を見ながら葉を確認していた受付嬢は大きく頷き、葉を縛っていた縄を解いて品質を確認しはじめた。全部持って帰れないのはエボニーも分かっていたので、ある程度選別はしているし、攻撃は全て顔に当てたので大きな傷も入ってはいなかった。多少煤が付いていたぐらいだろうか。
彼女の手際の良さはさすがで、確認に時間はかからなかった。葉をまとめて縛り直して、手元まで移動させ、依頼書に完了印を押してから彼女は笑みを浮かべる。
「ではこれを依頼者に納品してから報酬をお渡しということで」
「分かりました。それってまた明日以降になりますかね」
「そうですね、基本的にはそうなるかと思います」
「んじゃ、それでお願いします。あと、朝に見た他のクエストも受けたいんですけど」
エボニーの言葉に受付嬢は顔を明るくして、「そうだと思って」と食い気味で紙の束を取り出した。心なしか依頼書の数が増えているのには目を瞑るとしても、その内容が難しくなっているのには、ある貴族たちの影が見えてしまう。
朝見たのとは別格に強いモンスター。採取が難しい鉱石に、美食を求めての捕獲依頼。そういったものが上手い具合にチラチラと紛れているということは、エボニーが巨人を狩りに行った後で彼らがやって来たのだろう。
「……これ、どっちの家から依頼されたんですか?」
「…………と言いますと」
「ブラフナーとクーター。名前を伏せてクエスト依頼文書いてるけど、これどっちの家からの依頼ですか」
「えーっと、言ってしまうのなら……りょ、両方といいますか……」
「……あー…………」
「無理に受けなくても……」
受付嬢はどこか同情するような声色でエボニーに声をかけたが、彼はその言葉を手で止めてから手の中にある依頼書に改めて目を通した。
(……まだノアとアイネスに戦うところを見せてない。「弓兵」系統と「魔術兵」系統なら戦い方はまだ参考になるだろうし見せてやりたいけど、手間を考えるとなぁ。それならクエスト受けるついでにブラフナー家に頼んで「騎兵」を何人か寄越してもらった方が楽だし、まとめられるならそっちの方がいいか。クーター家の方は……普通にやった方がいいかな)
ブラフナー家とクーター家には最終職を教えるという約束もあり、それと合わせて伝えてしまえば面倒はないだろう。彼はお昼の休憩を挟んだタイミングで書こうと思っていたが、こういうのは早い方がいい。紙自体は朝に購入していたため、後は書くだけであった。エボニーは依頼書を一度受付のカウンターに乗せて背後を振り返った。
「ノアとアイネスには悪いんだけど、一緒にクエストに行くの日程を変えてもいいか?ちょっと段取りしたら、みんな合わせて戦闘を見せられるかもしれない」
「まぁこっちから頼んでるわけだし、オレは問題ないぞ」
「ではその間に防具を整えておきましょうか。出来ることはまだまだあるみたいですし」
「いや、悪いな」
エボニーは二人に断りをいれ、それを受け入れた二人の反応は悪いものではなかった。「騎兵」系の冒険者が少ないというのはエボニーにとって思ってもみないことだったので、ここでブラフナー家と改めて話す口実ができたのは運が良かった。教会と裏で戦っているようであるし、彼らにも戦い方を見せるのは悪いことではないはずだ。
(まさか動画投稿主みたいなことをするとは思わなかったな。「サルでもわかる一等星の戦い方」ってか。……それならルイーズには説明しながら戦うべきだったけど、職業も違うしまぁいいか)
その後、エボニーはルイーズたちに自分の家の簡単な特徴を書いた紙を渡して別れ、「また昼過ぎにクエスト受けに来ます」と受付嬢に伝えてギルドを後にした。向かう先はマイルームであり、ブラフナー家とクーター家への手紙を書くためである。
彼が丁度ハンターギルドを出たところでにわかにギルド内が騒がしくなったのに気が付いたものの、それは彼の足を止めるほどのものではなかった。