七十五、反撃の火種たち。
エボニーがエルフ、ダークエルフと共に戦うと決まってからの動きは迅速だった。
ハクザンの町で顕聖が起こってから準備を進めていたのだろう。戦える者は各々に獲物を持ち、数人でパーティーとなって旗手となるエボニーの元に続々と集まってくる。
コスモスの庵は日が出ているものの、現在の時刻は深夜を過ぎた頃であり、このまま進むのは不要な離脱者を出しかねない。夜明け前に神域を出て、朝駆けを行うのが今回の作戦だった。
ではなぜ出立に時間的な余裕があるのにエボニー周辺に人が集まってくるのか。それは彼が扱うアイテム類の調合をするために人手が必要だからである。
エルフたちも消費アイテムの備蓄はしているものの、今回ばかりが消費量が違う。
主力となることを期待されているエボニーの持ち武器である騎兵銃で、属性弾は火力を出すためには必須だ。いくら在庫があっても構わないし、もし手持ちの弾が無くなれば仲間内で分け合うこともできる。
素材を集めてくる者、調合する者、それらを補佐する者。防具を脱いで仮眠を取るエボニーを中心に慌ただしく駆けまわる反旗の足音は、この場だけで起こっているわけではなかった。
「急げ!さっさと来ないと門を閉めるぞ!」
ハクザンの町の少し外れた場所で大きな声が響く。ハクザンには既に人が安全に住める場所などなく、残った数少ない住人たちは、同じく人数を減らした「ボトムライト」の先導、護衛を受けて町はずれの教会に立てこもっていた。
モンスターの急な襲撃は彼らに食料の移動を許すことがなく、備蓄された食料を消費し、散発的に行われる攻撃に耐えてどうにかしのぐ日々が続いていた。
そこにやって来たウワン・クーターが率いる隊列は、彼らの目には希望の光に映った。実際のところはウワンではなくヴァイスが主導権を握っているのだが、窮地の前ではそんなもの関係なかった。
門と呼ぶにはいささか不安の残る扉を急いで抜け、教会の敷地内に入った彼らを迎え入れたのはハクザンの町長と、周辺を治める貴族の私兵長、そして「ボトムライト」のクランマスターであるズーハンだ。
「クーター公、よく参られました!後は町を取り戻しさえ出来れば……」
「気持ちは分かるが少々焦りすぎだな、セブン殿。まずは確認したいのだが、騒動が起こる前に余所者がやってこなかったか。ハクザン出身ではない者だ」
「それなら……そこの「ボトムライト」の者たちと、あ、そうです。先日司教様がお見えになられました」
余所者がこの騒動を起こしたともとれるウワンの言動に、仲間を失いながらも戦ってきたズーハンは顔をしかめたものの、町長であるセブンが司教の名前を出したところで空気が変わったのを感じ取った。
「あのー。司教様が原因の可能性がある、ってことでしょうか」
おそるおそる訊ねてみたズーハンの言葉に、ウワンは「その可能性が高い」と答えてヴァイスに視線を向けたが、彼女の「自分で説明しなさいよ」という圧にため息を吐いて語りだす。
「今回のモンスターの異常行動の原因だが、「神印」の力に引かれている可能性が高い。過去にも起こった事だ。その時はダークエルフが原因だったがな、今回はその司教が原因だろう。北の街に逃げたという情報はあったが、逆方向のこっちに寄っていたとは」
今日関係者を追っている者の情報が誤りだったのか、教会の縁者だったのかを思案するウワンにセブンが「では……」と力なく尋ねると、彼は頷いて「原因を取り覗かない限り、モンスターは止まらないだろう」と答えた。
「まずは体を休めるべきだ。「ボトムライト」もハクザンの民も今は英気を養わねばいざ奪還の段で、疲れて動けません、では困るからな。酒も食料もある程度は持ってきてある。一先ずはご苦労であったな」
ズーハンたちへとねぎらいの言葉を告げると、ウワンはセブンと一緒に司教について話し始めた。今後の探索の方針でも決めるのだろう。
(ハクザンも奪還していないのに気の早い)と、少し肩から力の抜けたズーハンは思う。ハクザンに行くよりも先にすることがあるのではないか。
なんにせよ、気を抜いてはいけない。
これが、眉を顰めたままのヴァイスを窺い見たズーハンの感想だった。
教会を護っていたズーハンと、ヴァイスを抱えたエボニーが戦った日の事を彼女は忘れていない。
あれからエグバートとエボニーとの決闘が起こり、教会上層部の殆どは姿をくらませた。ここまでくれば、特別な学がなくても事の顛末は理解できるし、彼女の正体が「杯と純潔のヴァイス」であることも容易に想像がつく。
つまり神が眉を顰め、「弓兵」の筆頭貴族の当主が出向くほどの何かが起きているのだ。
はたして、本当にこのまま上手く町の奪還ができるのだろうか。考えたところで、ズーハンは自分でどうにかできる問題ではないと分かっている。
人の役に立てるのは嬉しいが、冒険者は冒険者でしかない。彼女は自身の父を英雄だと思っているが、それで出自が変わるわけでもなかった。
(お父さんが死んだのもハクザン。ダークエルフが原因でモンスターに襲われたのもハクザン。それなのに町長は何も知らないし……どうせ外から厄介払いだかコネだかで来たんだろうけどさ。納得いかないよ)
愚痴を言ったところで、自分が作戦を立てられるわけでもなし。仲間たちに先の話を共有しておこうと大きくため息を吐き、気持ちを切り替えてあまり広くない教会を歩いて行く彼女は、そこでばったりと見知った顔を見た。
「あ」とそれぞれの言葉が重なり、ズーハンはルイーズ、ノア、アイネスの三人に捕まったのである。




