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七十四、コスモスの庵。

 ダークエルフの案内に従って森の中を進む。辺りは夜の闇ではなく、枝葉の重なりによって暗く、月明りの侵入を固く拒んでいた。人の手が全く入っておらず、自由に成長を続けた木々の根にエボニーは何度躓いたことだろう。疲労が残る彼の体では自らの体重を支えるのもやっとであったが、そのたびにダークエルフとドーリーによって助けられていた。


 光源はダークエルフが持つものと、ドーリーが生み出した火の玉のみ。それでも目的まで辿り着けたのは、ダークエルフの案内があってこそだった。


「この先にある木のうろ・・から抜け道に入ることが出来る。繋がっている先は「命と調和のコスモス」様の庵だ。そこから更にハクザンの町に続く抜け道に入る」


 なんてことのないように唐突に出てきた神の名に、エボニーの反応は遅れてしまう。まさかこんな場所でその名前を聞くとになるとは思いもしなかったのである。元より、いつかはコスモスにも会わなければならないのだ。願ったり叶ったりの提案だった。


「コスモスに会えるのか?」

「星の民であれば問題なく会えるだろう。滅多に姿をお見せにならないからな」


 エボニーが星の民であるのと同時に、同じ神であるドーリーも居るのなら姿を見せてくれるに違いない。半ば確信を持った状態で、彼らは木のうろに入った。

(ダークエルフがコスモスのところに居たなら、ギルドが探しても見つからない訳だ)と思いつつ、周囲の様子を伺うエボニーの目に入ってきたのは見覚えのある光景だった。


「オープニングロビー……?」


 星空の中に居るかのようなそれ。装備の縁をなぞる光に、深い藍の空間。

 他のプレイヤーを示す星々の輝きこそないが、この場所は間違いなくSSSで何度も見た光景であった。


「ここは別々の場所を繋いでいる道中なんだそうだ。亜空間、と言っていたが詳しくは知らなくてな。気になるならコスモス様に聞くといい」


 気になるどころではないと、エボニーは心の中で呟いた。エボニーがこの世界に来てから見てきた全ての中で、己の記憶とまったく同じ姿で存在する数少ない場所。

 この空間をコスモスが作ったというのなら、元の世界とこの世界を繋ぐことだって出来るのかもしれない。胸の奥に熱が宿るのを感じながらドーリーを見やったエボニーは、そこで彼女も周囲を観察しているに気が付いた。


「ドーリーは初めて?」

「そうですね。あまり落ち着くような場所ではありませんが、コスモスが無事なようで一先ずは安心いたしました」


 ドーリーとヴァイス……そしてコスモス。三柱目の神が健在であるのは確実であり、ワルツに関しても数年前ではあるが知っている人物がいた。

 見慣れた光景に思わず放心しかけたエボニーだったが、思わぬところで進展を得たこともあって幾分か前向きな気持ちで藍の世界に敷かれた道を抜けることができた。


 はたしてエボニーが見たコスモスの神域はかつて見たものよりも小さい規模ではあったが、たしかにそこにあった。

 森の中に切り開かれた村というのが分かりやすいだろうか。かつては存在していなかった家々からはダークエルフとエルフの姿を見ることができ、周囲は夜だというのに朗らかな陽の光によって照らされている。


 エボニーは振り返って自らが歩いてきた場所を確認したが、そこには何も存在していなかった。

 一方通行であるのか、それとも特別な何かが必要なのか。今の彼にはまったく見当もつかない。


 周囲からの視線を受けながら案内されたのは他の家よりも大きく、真新しさを感じさせる庵だった。

 建物自体はドーリーのものと似た雰囲気であるものの、形容しがたい瑞々しさを持った家屋の扉は来訪者を出迎えるように唐突に開かれた。


「随分と懐かしい顔ぶれ。事が事なので。仕方ないのでしょうが」


 庵から出てきた中東系の余裕を持たせた山吹色の衣服に身を包んだ女性は、開口一番にそう言い放った。彼女の姿が見えた瞬間に跪いたダークエルフを見れば、彼女が「命と調和のコスモス」であると疑う必要もない。「引きこもっているようですね」とドーリーが近況を訊ねるも、コスモスはそれに答えることはなく、「中に」とだけ短く発して庵に引っ込んでしまう。


 ここからは二人だけで。ダークエルフからの視線を受けて、エボニーたちは庵に入っていく。

 ドーリーが無遠慮に土足で上がり込むものだから、エボニーも引きずられるように中を進む。進むとは言っても、そう広いものでもない。あくまで、他の家々よりも大きいというだけだ。


 板張りの床には机と座布団しか置かれてなく、あまりにも殺風景な部屋が彼女が人でないのだと思わせる。そう言えばドーリーの屋敷にも家具はなかったなと、既に座って待っているコスモスの対面に腰を下ろし、エボニーは凝り固まった体を解すようにゆっくりと息を吐いた。


「外の様子は届かないのです。戦いの後だと、理解はしています」

「顕聖が起こっているのは知っていますね?」

「もちろん」

「貴女はどうするおつもりでしょうか」

「相応しい対処を」


 冷たく言い放ったコスモスは遠くを見やり、言の葉を続ける。


「顕聖を収め、エルフ、ダークエルフがわたしの庇護下から外れる。そう望みます。微力なれど助力にはなるはず」

「そうですか……」

「星の民。貴方が鍵となるのです」


「俺が……?」と黙って問答を聞いていたエボニーが困惑した表情を浮かべる。

 プレイヤーとエルフ、ダークエルフに関してはSSSでの関わりもイベント以外で殆どなく、こちらの世界に来てからもそれは変わらない。何をさせられるのかと戦々恐々としていると彼を真っ直ぐに見つめ、コスモスは淀みなくヴィジョンを広げる。


「星の民の名で彼らを率いる。今回の原因はダークエルフではないのだと。勝利によって認めさせる。導きの星となるのです」


 確定した結果のように力強くも平坦に彼女は言い切った。

 元よりエボニーは戦う心づもりであり、味方が増えるに越したことはない。

 けれど、彼もただでいいように使われるのはもうこりごりである。


「それは構わないけど、戦いが終わったら知ってることを教えてもらうぞ」


 前置きをしてに条件を出したエボニーに、コスモスは目を細めて頷いた。

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