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七十三、この手でスクえる命があるのなら。

 声のする方へ、声のする方へ。エボニーはひたすらに駆けてモンスターを屠っていった。

 一撃で倒せなければ脚を潰し、他の冒険者が数で息の根を止める。この場に居る誰よりも一番走り、一番モンスターを殺していた。


 小型モンスターの群れをスキル、レヴィアボルテックスで薙ぎ払い、深く息を吐いた彼の耳に届く次なる獲物の名は「火焔の飛竜ドミニティア」。この世界に来て初めて相対するドラゴン種に、エボニーは冷たい視線を向けて、騎兵銃を構えた。


 防具スキルにもあるHP自動回復をその身に宿す火竜の後ろで、燻る炎のゆらめきが次第に森に広がっていく。のんびりと戦っていては他のモンスターの処理が間に合わないし、ドラゴン種がこいつ一体だけである確証もない。

 山火事によって少しでもモンスターが死んでくれればと彼は思うものの、そんなに上手く物事が進まないということはしっかりと理解しているつもりだった。


 鋸歯状きょしじょうの鋭い歯が生えそろった口を大きく開いて放たれた火球を避け、王冠のように突起が生えた鶏冠とさかの頭突きを受け流す。近づくだけで身を焦がすような熱量を有する火竜に、エボニーは歯噛みした。見上げた先に居る火竜は一対の翼を大きく羽ばたかせて力強く宙を舞い、狡賢くも一撃離脱を心がけて大地に降り立とうとしなかったのだ。

 騎兵銃の攻撃であれば届くが、スキルで大技を使おうとすればその隙を見逃すに攻撃をしてくるだろうことは簡単に想像できた。飛んでいる相手に有効な閃光銃は既に全弾打ち尽くしてしまい、チャンスを作ることも難しい。


 そうして空ばかりを追っていたエボニーを襲う正面からの強い衝撃に、彼は吹き飛ばされた。

 流れる視界の端に映ったのは小型モンスターを率いていたボス個体で、体勢を立て直した後でようやく突進されたのだと気が付く。

 起き上がったエボニーを次に襲ったのは、火竜の尻尾の薙ぎ払いだった。上空から勢いをつけて振られたぶっとい尾っぽに弾き飛ばされ、背中を木に強く打ち付ける。体内で詰まった空気が鈍い音となって喉元までせり上がり、口内を鉄の味で埋め尽くす。


 エボニーは白黒に明暗を繰り返す視界に抗うように震える手でアイテムポーチから回復薬を取り出そうとするが、それを邪魔するように火竜が火球を吐いた。

 回復は間に合わない。せめてもと防御の姿勢を取ったエボニーだったが、火球が彼の元に届くことはなかった。


「──神世七絶かみよのななたち」


 攻撃からエボニーを護るように立ち、「七夜闢オーパス」のスキルによって火球を切り飛ばせるような人物は少ない。


「……ドーリー」


 小さく呟いた彼は移動スキル「スターロード」によって火竜との距離を詰める彼女の背を視線で追いながら、どうにか回復薬に口をつける。エボニーの体に力が戻って立ち上がれるようになる頃にはドーリーは火竜の首を切り落とし、辺りのモンスターを倒し終えていた。


「まだ戦えますか?」

「ドラゴンが出てくるなら難しいかもな」


 ドーリーも本気を出しているのか普段見せているような目立つ服装ではなく、「神の岬」でエボニーが見た白無垢のような装束だった。砂埃で汚れたそれを叩きながら尋ねてきた彼女に、エボニーは言った。「属性弾が全く足りない」と。通常攻撃でもダメージが出せないこともないが、騎兵銃を持って火力を出すのなら属性弾は必須だ。

 ゲームであれば長期の戦闘が出来るようにアイテムの補充などが出来たが、ここではそうもいかない。調合一つとっても、素材を用意したうえで自らの手で組み合わせなければならないのだから。


「他の冒険者も疲れが目立ってきていますし、一等星級のモンスターを倒せるのもと貴方様ぐらいでしょう」

「一回引いた方がいいんだろうけど、そういうわけにもいかないしな。あとどれだけモンスターが居るかも分からないのに」

「顕聖が起きているのです。元を絶たねば状況はよくなりません」

「それは分かってる」


 このまま戦うのが得策ではないのはエボニーも分かっていた。アイテムは使えば減っていくし、体力や集中力だっていつまでも持つものではない。それでも、背後に人が居るのなら戦わなければならない。

 できることと言えば傷ついた冒険者を後方に送り、少しずつ前線を下げることぐらいだ。


「顕聖の中心地は温泉宿じゃないんだよな」

「……方角的にはハクザンという町が中心でしょうか」

「ハクザン……遠いな。移動するにしても体力が持たないだろ」


 孤立している冒険者たちに手を貸しつつ、殿しんがりの恰好で撤退を始めながらも二人の会話は続く。

 温泉宿を今から出たとして、どう頑張ってもハクザンの町に着くのは夜明けごろになってしまう。たいした休憩も出来ずに馬上で揺られながらハクザンに辿り着いたとして、それでモンスターと戦えるはずもない。


 エボニーには正解が分からなかった。引くことしかできなかった。

 そんな時だ。森の中を移動する彼らの頭上から声がかかったのは。


「星の民とお見受けする!どうか私に付いてきてほしい!」


 夜の闇の中でも分かる肌の黒さ。木の上を器用に移動する存在の名は、自然と彼の口から漏れ出た。


「…………ダークエルフ」

「我らの抜け道を使って事態を収めてくれないか!」


 突然の申し出に、エボニーは脚を止めてしまう。

 厄介ごとはごめんだし、体だって疲労が溜まっている。それに不眠不休で戦えるはずがないと考えたばかりだった。


 だが、周囲に冒険者たちが居ないこの状況で、ダークエルフの申し出を断ることは彼にはできなかった。

 ここから離脱するなら今しかないのだと。騎兵銃を落とさないように両手に力を籠めなおしたエボニーは、しっかりと肯定の頷きを返した。

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