七十二、脳漿炸裂ビースト。
モンスターの攻撃が温泉宿に届かないように離れた場所に陣を張ることになった冒険者たちの中で、エボニーは視界の悪さにため息を吐いた。
VRゴーグルが映し出す補正の入った夜ではなく、木々と夜の黒がもたらす視界の悪さは、戦うのに向いているとは言えない。それぞれが持つ松明、篝火だけを頼りにモンスターの存在を探すのも無理があるだろう。何より、森の中ではどうしても「騎兵」の強みを生かすことが出来ない。
他の武器を持ってきていれば多少防具のスキルが弱くても問題はないものの、今回は狩猟を目的として行動しているわけではなく、機動力を失った今の状態で対処しなければなかった。
不安に思っているのはエボニーだけでなく、他の冒険者たちから聞こえてくる呟きを拾っても似たような文言が耳に届く。その道中で指差喚呼ではないが、同士討ちや不意打ちを防ぐために定期的に放たれる言葉をエボニーも真似るように繰り返し、周囲に視線を配らせる。
(SSSの経験……どこまで体が動くかだな)
戦闘が始まれば視界の悪さを気にせず戦えるようになるのだろうか。そんなものが幻想であることは彼自身が一番分かっていたが、そう思わずにはいられないほどに今日の夜は暗かった。
露天風呂に入っていた時には姿を見せていた月は流れてきた雲で薄っすらと陰り、強い風が枝葉を揺らして心を揺さぶる。
「この辺か?おーい、みんな松明を置いていってくれ!」
冒険者たちが張る陣は合わせて三つ。
最終防衛ラインとなる温泉宿で一つ。
討ち漏らしを倒すために広く森の中におかれた一つ。
そして、エボニーたちが居る最前線で一つ。
少ない人数でどうにか組まれた陣形ではあるが、これでどうにか対応しなければならない。
(温泉宿に雇われた冒険者を中心とした一陣。パーティーを組んでる冒険者が護る狩猟速度重視の二陣。……それらが機能するかどうかは俺ら次第ってことか)
あまりもザルな行動をしていては、後ろに控えている冒険者たちの負担が増えてしまう。素早い判断と一撃の重さが重視される三陣目。
戦いの火蓋は唐突に切って落とされた。
「来たぞ!!」
一人が叫べば、続々と聞こえてくるモンスターの発見報告。「手分けしようか」とエボニーが聞けば、ドーリーは「ご武運を」と返してくれる。彼女がヴァイスの事を気にしているのはエボニーも分かっていたが、今は目の前の脅威が最優先だ。
「こっちは「深き世界の雷獣」だ!!いったん距離を取れ!」
近距離職が戦いにくいモンスターの登場に、エボニーの脚は自然と走り出す。
「ここは任せろ!」叫びと共に騎兵銃から放たれた属性弾はツァオネの横っ腹に当り、内包された属性効果を発揮する。ターゲットが変わったことを確認したエボニーは歯噛みをして、次の属性弾を装填した。
「すまない頼んだ!」
「気をつけろ!強いモンスターも多いぞ!」
「お前もな!」
挨拶の言葉も程々に走り出す冒険者の背を視界の端で流し見てから、エボニーはツァオネと睨み合う。
「……こっちでは初めまして、かな」
防具としては何度も見る機会があったツァオネだが、こうして顔を合わせるのは初めてだ。
素早く森の中を行動するツァオネの攻撃方法は己の肉体と、体に纏った雷によって行われる。ダメージを与えることで雷を纏った状態を解除できるが、一方的にペースを握られればだんだんと戦いにくくなっていくモンスターである。上手く行動を誘導するか、隙の多いデレ行動に期待してそこから崩していくのが楽な倒し方であるが、悠長な真似をしていては手が足りなくなってしまう。
「専心、パワーショット」
バフを盛ったエボニーは更に攻撃力アップ効果のある丸薬を呑み込み、相手の行動を伺う。
決められた体力値を削り切らなければ倒せないゲームと違い、この世界は急所を確実を潰せば簡単に息の根を止めることが出来る。専心によってスキルの溜め時間短縮が行われている彼が狙うのは後の先……相手が仕掛けてきた技に合わせて技をかけるのだ。
幸いにしてツァオネの動きは雷を纏っての飛びつきだった。
避けるのは簡単だが彼は騎兵銃をしっかりと構え、ツァオネの鼻先に銃口を合わせてスキルを発動する。
「ヘヴィーウェイト」
エボニーのスキルは確かに当たったが、モンスターの重量を押し返すほどの威力はない。彼はツァオネに押し倒されるように地面に背中を打ち付けたが、それは考え通りである。モンスターの頭部と銃口が近ければ近いほどに次の攻撃は威力を増すのだから。
「散弾……!」
ツァオネの下あごに押し当てられた騎兵銃から放たれれる幾発もの貫通力のある細かな魔力弾が、ツァオネの頭部を破壊し、粉砕し、周囲に内容物をまき散らす。
文字通りの重撃によってツァオネの雷で攻撃速度を遅らせ、専心で出が早くなったスキルで倒す。
素早く動いて狙いのつけにくいツァオネを二分もかからずに殺したエボニーは死体の下から這い出て、次の獲物に向かって走り出した。




