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七十一、奔流を感じる夜。

 露天風呂を楽しんだ後で彼らが訪れたのは共用の囲炉裏だった。

 先に居た冒険者たちの輪に混ざって座り込んだエボニーたちに彼らは会話を止めたが、それも一瞬のことですぐに会話に戻る。(その方が助かるな)だなんてエボニーが思ったのも束の間、彼が食材を取り出すと一斉に声をかけられはじめた。

 ここでのルールは、自分で食材を持ち込んで皆で分けて食べることだ。珍しかったり、美味しい食材を持ってくれば、ここでの発言権は大きくなる。


「え、なに……」

「それって白猪しろいの肉じゃないか!」

「俺初めて見たぜ……」

「二等星のモンスターだったか?」

「あぁ。何年か前に大旦那に死体を見せてもらったがすごい大きさだった」


 白猪しろい……名前の通り白い猪なのだが存在自体が珍しく、SSSでは山の神として祀っている集落があるほど。大きさは成人男性の1.5倍ほどあり、肉は食用として高額で市場に出回る。

 エボニーからすると、珍しいといってもそれは設定上の都合というだけで、ギルドに行けばいつでも依頼があるし、戦うこともできた。せいぜいが白猪しろいが出てくるクエストが少ないぐらいだろうか。それも白猪の武器防具があまり強くないために問題なく感じているのかもしれない。


 SSSにおいて食用モンスターの価値は高くないのだが、実際に見かけたとなれば味わってみたいところ。

 つつみの上に乗った白猪肉をこの場の全員で分けるとなると、一人当たりの量は少なくなるだろう。温泉宿で料理してもらうつもりで二人分の必要な量しか剝ぎ取らなかったのが悔やまれた。


「誰か適当に切ってくれないか」とエボニーが声をかければ、そこからは早かった。

 火の勢いの弱くなっていた囲炉裏が息を吹き返すように、瞬く間に準備が整っていく。誰かが味噌を入れれば、誰かがネギを入れ、適度な大きさに分けられた白猪肉が入ったかと思えば、皆が思い浮かべるような鍋に必要な具材たちがどこからともなく揃っていったのだ。


 エボニーは見ているだけで基本何も手伝いはしなかったのだが、高級食材を持ち込んだ本日の主役に文句をいうことなんてありえない。代わりに彼に振られた話題は「白猪しろいをどこで倒したか」だった。


「ドーリー、倒したのってどこら辺だったっけ。どっかの町の近くだったのは覚えてるんだけど」

「おおよそでしたら……ゴールドバレーからそのまま南に走り、ハクザンへの分かれ道からヒトの脚で走って三刻ほどにある町周辺の森の中でしょうか。本来の生息息より浅い場所でしたらから、運がよかったのでしょう」


 自分が通ってきた地理が覚えられなかったエボニーはドーリーに全てを丸投げして、彼女の隣で静かに相槌をうつ。よっぽど山に近い生活拠点以外を除いて、町の近くで出てくるモンスターにしては危険すぎるということで最寄りのギルドにも報告はしている。何にせよ、イレギュラーな事案ということだ。


「まぁそうだよなぁ……」

「出会えても倒せるかはまた別物だしな」

「命あっての物種ってね」


 話している相手が冒険者ということもあって、そこら辺の理解は早い。自分が倒せるモンスター、倒せないモンスターの線引きが出来るのはもちろんのこと、たまたま遭遇してしまうような事態が起こらないように行動しなければならない。

「とりあえず食うか」とそれぞれに鍋をつついて白猪肉の味に頬を綻ばせても会話は自然と白猪しろいについて流れていった。


 イレギュラーにしても、どうして白猪がやってきたのか。


 推測であっても、理由を考えるのは無駄ではない。

 白猪よりも強いモンスターが現れた。白猪の元の生息地に何かが起こった。白猪を移動させるような何かがあった。

 ……そこには何かしらの理由があったはずなのだ。


 町の近くとなれば、白猪しろいの下位種よりも浅い位置で遭遇したことになる。ならば、元居たはずの下位種たちはどこへ行ったのだろう。

 問題が起こったのを、その一件で終わらせてはならない。一匹でも強力なモンスターが多く存在するこの世界の冒険者たちは、エボニーが今まで見てきた冒険者よりも冒険者をしていた。


(ゴールドバレーよりもこっちの方がレベルが高いんじゃないか?)


 そもそも、ゴールドバレーから自分の脚で目的地まで歩き、目的のモンスターを探して、倒して、討伐証明部位を持って帰るとなれば、一つのクエストをクリアするだけでそれなりに日数がかかってしまう。

 対してここに居る冒険者がこの宿を起点として活動しているのなら、少し脚を伸ばせばそこはモンスターの巣窟だ。狩りの密度だけを見ても段違いである。

 ゴールドバレーを都会と見るのならここら辺一体はいわゆる田舎という奴で、人の数も差がある。どこぞの大手クランのように、戦いは数だよ、とはなかなかいかない場面も多いだろう。そうなれば自然と個人の力量に頼ることになり、都会よりも強い冒険者となるのは当然だ。


 話が盛り上がっていたその時だった。

 温泉宿に雇われた冒険者が慌てた様子で囲炉裏を囲っている冒険者たちに向かって叫んだ。


「モンスターの群れが移動してきてる!手を貸してくれ!!」


 切羽詰まった冒険者を見て真っ先に駆け出したのはエボニーだった。部屋に戻って防具を着た彼が玄関口にたどり着く頃には、他の冒険者たちも揃っていた。


「群れはどうなってる」そうエボニーが先に移動していたドーリーに問えば、彼女は顔色を悪くして呟く。


「少々……いいえ、これは大事です。……力の流れ。それもこの力は……ヴァイスのもので間違いありません」


 騎兵銃を握る手に力が入ったのを、エボニーは自分のことながら遅まきに気がついた。

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