七十、山の中の温泉地。(作中地図あり)
私の手元には元からあったのですが、距離感などが分かりにくいかと思いましたので現時点までの簡単な地図を用意しました。
小説内で未出のレイクトップは、エボニーがドーリーに会いに行く途中で見かけた街の名前になります。
ドーリーに案内されてキリを走らせてやってきたのは「イザマ」と言う名の温泉地だった。エボニーの記憶通りであれば、SSSのエンディングで湯治をしている映像が流れていた場所であるように思えたものの、この場でモンスターと戦ったこともなく、記憶にもない。だからこそ新鮮に映ったのだろう。
「これは凄いな……」
街道と言うには整備のされていない道の端に刺さった「イザマ温泉にようこそ!」と書かれた看板の奥で、暗闇の中に浮かび上がるように目に飛び込んできた温泉旅館。
陽の暮れはじめ。森の中の視界は既に悪い。
そんな中、橙の温かい光と水蒸気が幻想的に描く旅館の前でエボニーが足を止めていると、隣からドーリーのクスッと笑う声が聞こえる。彼の反応は、彼女を満足させるものだったらしい。
「この温泉には疲労回復、打ち身、切り傷と……それは強力な効能があるのです」
「これは期待しちゃうな」
ワクワクとした心持ちでキリを送還して旅館に続く道を進んで行くと、建物から一人の女性が出てきた。
「ようこそお越しいただきました」と迎え入れてくれた女性は、この宿の女将だと自ら名乗った。
「お二人様でよろしいでしょうか」
「すみません、お願いします。大丈夫ですか?」
「急な来訪には慣れておりますから。お部屋は余っておりますよ」
「あぁ、ありがとうございます」
ここまで来て予約が必要だと言われた日にはどうしようかと思ったエボニーたちは女将に案内され、今日泊る部屋に案内された。
板張りの床を小気味よく鳴らしてやってきた部屋は和室と呼ぶには違和感のあるものだったが、どこか懐かしい空気を感じることが出来る。ここまで靴を脱がずに進んできたが、部屋の中は土足厳禁のようだ。
土間のような場所でアイテムポーチや防具を外しながら旅館の説明を聞くエボニーだったが、彼が想像する旅館のルールとあまり差はないようだった。
違う点があるとすれば、宿泊客が食料を持ち寄って食事を作れる大きな鍋が吊るされた囲炉裏や、武器防具を手入れするための場所ぐらいだろうか。後は、このイザマ旅館の温泉は混浴なので、その辺りにも注意が必要だった。
「ここに来るまで結構進んできたけど、モンスターはどうしてるんだろ」
「冒険者を雇っているのでしょう。全てのヒトが職業を持つようになりましたし」
「麓に町もあったし、上手くやってるんだろうな」
イザマ温泉に来るまでに倒した小型モンスターだったり、調合素材だったりを麓の町で売ってお金を手に入れたエボニーは「あぁ」と納得した様子を見せた。
群れでなければ、小型モンスター程度は職業があれば初心者でも倒せる。熟練の冒険者を雇わなくていいのなら、人件費も安くなっていることだろう。宿泊客らしき冒険者の姿を彼は何度か見ていたが、それはもしかしたら旅館に雇われた冒険者だったのかもしれない。
ドーリーの「まずは温泉に行きましょうか」の言葉で防具を脱いで身軽になったエボニーたちは、大浴場の脱衣所へとやって来た。
エボニーは混浴の温泉は初めてであったが、そういうものだと割り切れば変に緊張することもない。だからと言ってドーリーの裸体をガン見できるかと言われるとまた別の話だが。
服をカゴに入れ「先に入るよ」とドーリーに声をかけたエボニーは腰にタオルを巻いて浴場に脚を踏み入れた。
イザマ温泉にやって来た時にはまだ陽の光があったが、知らぬ間に顔を出した月に照らされた浴場には誰の姿も確認することができなかった。
(一番風呂かな?なんにしても人が居ないのはラッキーだ)
前の世界とかけ離れたエボニーの鍛え抜かれた肉体はどこに出しても恥ずかしくないものの、人が居ないのに越したことはない。ここのところ出会う人、出会う人が原因でトラブルに巻き込まれている彼は少し敏感になっているのだ。
かけ湯が冷えた体を温め、足先からゆっくりと温度に慣らすようにして温泉に体を沈めていく。
「はぁ~」と爺くさい息が漏れてしまうのは日本人のサガか。
強張った筋肉から力が抜けていく感覚と肌寒い夜風。なんとも言えぬ心地良さに温泉の隅に背中を預けて空を見上げてみれば、わずかに雲が浮かんだ夜空が静かに見つめ返してくる。
上空を流れる雲は速く、風の流れが強いのだとぼんやり考えていると、ドーリーも浴場にやってきた。
すらりと伸びた手足にバランスよく整った肉体は西洋の彫刻を彼に連想させたが、それらよりも僅かばかり細身で筋肉質な裸体をタオルで隠しもせずにやって来た。
(あの体で岩を破壊する力を持ってるんだからなぁ)なんてズレた感想を抱くエボニーであるが、堂々と歩いてくるドーリーの姿にしっかりと見惚れていた。一度合わせた視線を離すことが出来なかったのだ。
「そのように見られると照れてしまいますね」
「あ、ごめん……」
「いいえ、構いませんよ」
かけ湯をしてドーリーも入ってくるのだが、彼女の肌に残った水滴があっという間に蒸発するのを見て、エボニーは彼女と初めて会った雨の日の事を思い出していた。
炎はドーリーの十八番であり、彼女が温泉に入ったらお湯が全て蒸発するのではないかと心配しつつも、そんなことが起こることはなかった。
エボニーの隣に落ち着いたドーリーはお湯に浮く胸を抑え、深く温泉に浸かる。(本当に浮くんだな)と見ていないフリをしつつ、エボニーは彼女に前から思っていたことを訊ねてみた。
「神って結局何なんだ」
一瞬の静寂を突き破って、エボニーは明るい調子で続ける。せっかくの息抜きなのだから、考えるにしても重苦しい空気にはしたくなかった。
「三つの最終職を持っていたエグバート・リッジは神って強さじゃなかった。それに勝った俺も、当然だけど神じゃない。ドーリーは色々と言ってたけど、ヴァイスは俺にそんなこと一切言ってこなかったし、神じゃないと思うんだ」
「…………」
「でも、力を失っててもヴァイスは神だ。ドーリー言ってたよな、今はドワーフの守護神としてのヴァイスが強く出てるって」
それは残された力だけの今の彼女も神であることの証明になる。
職業を多く持っているだけでは神でなく。
ただ単純に神から力を奪っただけでは神にはなれない。
問に対するドーリーの答え。現在進行形で神である彼女は、ゆっくりと手でお湯に流れを作りながら語り始めた。
「信仰の力というものがあります。それは武器としての聖印でご存じですよね?決闘でも聖印を使われましたし。そのような「信仰の力」は…………例えば人里離れた神秘の小島、神聖視される神殿の地下、山岳信仰の最たる地点などに多く存在します。そういった地点を象徴する印や記号を力として扱うのが聖印であり、その最たる物は「神印」と呼ばれるのです。ここまで言えばお分かりでしょうか。神とは……自然の化身なのです」
ようやく知ることとなった、神という存在。
信仰という形で自然の力を扱っていると言われれば、彼にも納得できる出来事が一つあった。
「なるほど……それならSSSでモンスターが町を襲撃するイベントがどうして起こったのかが分かった気がするよ」
モンスター襲撃イベントはダークエルフがドラゴン種に脅されて起こったが、その当時の説明では、指向性を持った力が町の中心地で働いており、それにつられてモンスターが集まっていたとあった。
「神印」がダークエルフの手によって町の中心地に埋められていたとすれば、どうやってダークエルフがモンスターを率いたのかの説明もつく。
「お察しの通りです。そして「神印」によって信仰の力場──神域が作られることを顕聖と。その場所を顕聖地と呼ぶのです」
「なるほど。勉強になるな……」
ひとしきり話終わり、エボニーが気になっていた神についても最終的な答えを知ることが出来た。考える事で使った頭を休めるように大きく伸びをしたエボニーに呼応するかのように、ドーリーも大きく息を吐く。
一度弛緩した空気が流れれば、空気感はもう元には戻らない。きゃっきゃうふふ、とはいかないものの、二人は十分に温泉を楽しんだのだった。




