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七つ、木樵。

 全てが前のめりに進んで行く。雲も匂いも景色も、目に映ったそばから横に逃げて行く。


 ルイーズは背中にエボニーの熱を感じながら、風の圧に負けそうになる目蓋(まぶた)を開けていようと必死だった。たまに聞こえる笑い声と、風になろうと前傾していく彼と同化して行くような気持ちは、不思議と悪いものではなかった。だからこそ、目の前の景色を自分の中に残していたかったのだ。


 最初は平らだった地面が起伏のあるものに変わり、木々の背丈は高く、密度も増して行く。だが、キリの脚が緩まることはなかった。

 ルイーズは、今回エボニーが何のクエストを受けたのか知らない。しかして、今はただ、この時間がずっと続いてほしいと祈っていた。


 そうして彼女は自身の背中から、一つの大きな鼓動を感じ取った。それが自分のものだったのか、はたまたエボニーの心臓の鼓動だったのかは定かではないが、それが脳内に染み込んで溶ける前に「針葉の巨人」の姿が見えた。


 十メートルを超えようかという巨体からは硬質な葉が擦れる音が響き、離れている二人の耳にもしっかりと届いていた。エボニーは武器を構えながら観察を続け、頃合いを見計らって一気に距離を詰める。


 闘志をむき出しにして突っ込んでくるエボニーに気が付いた巨人は、自らの葉をバリバリと打ち鳴らして威嚇を始めた。心なしか森全体が震えているようにも感じられたが、エボニーの心は静かだった。


(……「針葉の巨人」は森と妖精の子で、基本的に火属性が弱点。「針葉の巨人」は人型だし弱点がはっきりとしてるのがいいよな)


 エボニーの職業は「騎兵」系の二つある最終職の一つ、「魔竜鼎レヴィテックス」である。「竜騎兵ドラグーン」から条件を満たす事で転職できる「魔竜鼎(レヴィテックス)」の特徴は、騎兵銃と呼ばれる専用武器を扱うことが出来ることで、遠距離からの攻撃は騎兵系の利点である機動力とも相性が良い。


 自身の魔力を増幅して射出する事でダメージを与えるこの武器は、弾丸を使うことで、より効果的にダメージを与えることが出来る。今回エボニーが使う弾丸の種類は属性弾であり、込められた属性は火だ。さらには次に行う攻撃の威力を一度だけ高めるスキルを発動し、盛大な音と共に戦いが始まった。


「パワーショット!」


 火を纏った弾丸は見事に巨人の横っ面に命中。火は勢いを増して巨人の頭部を包み込み、少しして収まった。だが、一度だけで攻撃が止まることはない。エボニーが片手で次の弾丸を取り出している間に、もう一方の手に握られた騎兵銃からは弾を使わずに二度の攻撃が行われ、巨人の頭部に当たって弾けるのだった。

それは咆哮をあげようとしていた巨人の行動を阻害し、彼に次のチャンスを生む。


 実際には初めて握るはずの騎兵銃の感触も、エイムも、特に問題は無さそうだと判断したエボニーが再び取り出したのは、二つの火属性の弾丸。それらは先の物と同じ属性弾ではあるが、今度は間髪入れずに連続して放たれる。


 着弾した頭部からはやはり火の手が上がり、巨人の口からは、低い空洞音のような悲鳴が響き渡った。しかして、それでエボニーの対応が変わることはない。

 攻撃が当たらない範囲を保ちつつ、巨人の振り向きに合わせるように属性弾を放つ動きは最適化されていて、危なっかしいこともない。


 そこから「針葉の巨人」が地に倒れ伏したのは数分後の事であり、ルイーズは息苦しさを覚えて自身の呼吸が止まっていたことに気がつくのだった。彼女の背中からキリを落ち着かせるために伸ばされたエボニーの手が引っ込むのと同時に、か細い息が自然と漏れた。

 彼女が巨人を倒した張本人であるエボニーを見ても、彼の表情に達成感などは殆ど伺えず、冷たい感情が胸に差し込まれたような感覚を覚えるのだった。


(知らない動きもあったけど余裕だったな……動きを体が覚えてるってわけじゃないけど、あー、違和感なく動かせるって方が正しいのか。後は巨人の解体だけど、どうしたもんかなぁ。顔とか焼け焦げてそうだしあんまり見たくないな)


 騎兵銃を下ろしたエボニーは軽い調子で狩猟した巨人の死体へと近づいたが、完全に焼けて骨まで見えている頭部を見て「おえ」っと短く言葉を漏らした。


「ね、狩猟証明部位取らないの?」

「あーあー、そんなのもあったな。忘れてたわ」

「忘れてたって嘘でしょ……」


 狩猟証明部位。それは読んで字のごとく、目的のモンスターを狩猟したことをギルドが確認するために必要とされる部位の事だ。だがそれは依頼主の要望によって異なる事もあり、必ずしも狩猟が必要と言うわけではない。こういったことはあくまで設定でしかなく、ゲームの時であれば、目的のモンスターの狩猟を達成した数十秒後にはリザルト画面に飛ぶので忘れていたのである。


「どこの部位かって分かる?」

「えっ、いや分かんないけど……、こいつ二等星のモンスターなんでしょ?わたしは分からないよ」

「えー、困ったな」

「えぇ……」


 エボニーは狩猟証明部位なんて分かるはずもなく、等級が違うルイーズも知りはしない。そこで彼は依頼書を取り出して依頼文を確認してみると、依頼主はどうやら巨人の体から生えている葉が欲しいようだった。

 それなら、とエボニーはキリから降り、鋭く尖った葉の先端を掴んで力任せに引っ張ってみた。そうすると突っ張るような感触があったので何度か回してみると、何かが軽く折れるような音が鳴った。


「あ、抜けたわ」


 手に持ってみた葉は植物というよりは鉱物のような見た目をしていて、しっとりとした光沢を放っていた。植物らしいところと言えば、妙にしなる事だろうか。みょんみょんと遊んでいると、不思議ちゃんを見るような目でルイーズが近づいてきたので手に持った葉っぱを彼女に向かって放り投げ、彼は葉を抜いていく作業に戻った。


「こんな簡単に狩れて良いのかなぁ……」

「慣れの問題じゃないか?百体は余裕で狩ってるし」

「これじゃあ早すぎてなんの参考にもならないよ。それに職業も「騎兵」系……?冒険者で「騎兵」系って珍しいよね」

「珍しいことないと思うけどな。移動速度が早いってのは「騎兵」だけの利点だし」

「職業が「騎兵」だったら馬を召喚出来るから村だと待遇がいいんだよねー」


 会話は続けながらも、彼らの手が止まることはない。段々と慣れてきたのか、二人の作業スピードも早くなってきており、巨人の葉もほとんど残ってはいなかった。ルイーズはどうやって持って帰るのかと思っていたが、エボニーが凄い勢いで抜いていくので何か策があるのだろうと黙っていた。

 だが、エボニー自身は無心で作業しているだけである。


「逆に冒険者に多いのが「歩兵」系だよね。ゴールドバレーにも道場がいくつもあるし」

「ルイーズも「歩兵」系じゃないか」

「「武芸者」も「歩兵」系だけど、ああいう所って「勲騎士」しか認めてなくてさー。親元の貴族様の目が気になるってのは分かるんだけど」


 「歩兵」系と呼ばれる職業は文字通り「歩兵」から始まり、「武芸者」か「勲騎士」かに分かれる。それぞれ攻撃と防御とで分けられているものの、明確に差があるわけでもない。貴族の影響力というものが嫌でも分かってしまう話に、彼は葉を抜く手を止め、ルイーズに帰りを促した。


「もう十分じゃないか?そろそろ帰ろうか」

「ま、それもそうだね」


 エボニーは適当に引っこ抜いた葉を縛り上げ、キリの背中に固定して「重くないか?」と声をかける。キリは問題ないとばかり鼻を鳴らしてステップを踏み、早く走りたいとばかりにクルクルと回っていた。


 ルイーズはその様子を羨ましそうに眺めていて、エボニーは縛りきれなかった葉っぱがアイテムポーチに入らないかと一人で格闘していた。

 ゲームではなくなっているのでスペースを無視して入ることはなく仕方なく諦めたものの、それならマイルームのアイテムボックスはどうなってるんだ?と新たな疑問が生まれていた。


「なにやってんの、帰るんでしょ?」と、キリに乗ったルイーズが近づいてきて声をかけてきたのでエボニーは葉を放り投げ、縛った葉を蹴り飛ばさないようにキリに飛び乗った。


「エボニーさん!わたしって馬に乗る才能あったりするのかな」

「そんなわけないだろ」

「えーそうかなぁ……、だってこの子には乗れてるよ?」

「乗れてると、乗せられてるは違うんだよ」


 他愛ない会話も程々に、二人は帰路に着いた。


 ゴールドバレーを出てから帰ってくるまでの時間は、おおよそ四十分ほどだったろうか。キリを送還してギルドに帰ってきたエボニーは「針葉の巨人」の葉を背負い、ノアとアイネスを探そうと広いハンターギルドの中を歩いていた。


「ギルドで待ってるって言うとだいたいは食事処かなぁ」

「場所分からないから案内頼むよ」

「えー本当にここで活動してたの?増築とかされたのってだいぶ前だよ」

「じゃあそれより前に活動してたってことだ」

「エルフじゃないんだから嘘つかないでよねー。エボニーさんどう見たって人間じゃん」

「はたしてそれはどうかな……?」


 声色を変えてエボニーは語り、ルイーズはそれに反応して笑う。この短時間で二人の距離感はだいぶ縮まっていた。キリに相乗りしたのもあるだろうが、ルイーズの性格による部分が大きいのはエボニーも分かっていて、彼女の明るさに感謝していた。


 SSSを遊ぶためのヘッドセットにはマイクが内蔵されていて、ゲームをオンラインで遊ぶプレイヤーたちの多くはボイスチャットを活用してた。そのこともあり、エボニーは少し懐かしくなったのである。


(SSSが終わってから二日しか経ってないはずなのに、不思議な気持ちだ……)


 彼はかつて一緒にSSSを遊んだ仲間たちのことを思い出していたが、この気持ちに名前をつけることはなかった。もし明確に整理できて自覚してしまったなら、きっと泣いてしまうような気がしたから。

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