六十八、騎兵銃(物理)。
「手合わせ頼むわ」と言われたエボニーは「またか」と独り言ち、男に向けて拒否の言葉を放った。
「決闘とか、そういうのはゴールドバレーでやって来た後だから勘弁してほしいんだけど」
気分転換のためにモンスターを狩っているのに、その場で人間と模擬戦をしていては何のためにモンスターと戦っているのか分からない。
だが、そこでドーリーが待ったをかけた。
「貴方様、ここは戦っておいた方がいいかもしれません。弧が口を挟むことではありませんので断っていただいても構わないのですが……」
「歯切れが悪いな」
「貴方は最終職、ですね?」
「へぇ、よく分かったな」
ドーリーの確認に男は軽く頷いて見せる。
杖を扱える最終職は「月影胞」であり、「魔術兵」から派生する職業である。ゴールドバレーではSSSで登場した「魔術兵」の名家の話を聞くとこがなかったので、エボニーは貴族が逃げてきたのかとも思ったが、目の前の相手からはそういった気品を感じることはできなかった。
「最終職の条件は誰から教えてもらったんだ」
貴族が口伝で伝えているはずの最終職になるための条件をどうして男が知っているのか。確認のための問に男は頭を傾げながら答える。
「目深にローブを被った爺さんからだな。ここに居たのは何年も前だが」
「それは……」
「ワルツで間違いないでしょう」
嫌な予感が的中したとばかりにドーリーへと視線をよこしたエボニーは、彼女の言葉で空を大きく仰いで息を吐いた。
「夢と簒奪のワルツ」。元の世界への戻り方を高い確率で知っていそうな人物であり、住所不定の彷徨える神。正確には好き勝手に放浪しているだけなのだが、数年前でも情報が掴めるだけありがたい。
それならばと、騎兵銃を構えてエボニーは告げる。
「手合わせをするかわりに、その爺さんがどこに行ったか教えてもらえるかな」
「そっちがそれで構わないならなんでもいいが」
「じゃあ頼む」
エボニーの本心としては手合わせでもやりたくないのだが、勝ち負けにこだわらなくてもいいと考えるといくらか気持ちは楽になった。ほどほどに戦えばいいかとこの時の彼は思っていたのだ。
両者共に遠距離職ということもあり、距離を開けてドーリーの開始の合図を待つ。
そして彼女の声に手合わせは始まったのだが、エボニーは男のことを下に見ていた。エグバートにも勝てたのだから、最終職に就いていようと敵ではないのだ、と。
「恐怖」
だから足を掬われた。ゴールドバレーの神殿でズーハンを相手にエボニーがしたように。「月影胞」が一番よく使うスキルで、彼は簡単に動きを止めて膝をついた。
身構えていなかった心に放たれたスキルは数秒の間動きを封じ、男に次のスキルを使わせるだけの時間と猶予を与えてしまう。
決闘であればここで手痛い一撃を受けていたのは間違いない。だが、これは手合わせである。
「歯ごたえねぇな、ええ?」と挑発するようにエボニーが復帰するのを待つ男は、いたずらが成功した子供……というには無理のある笑みを浮かべ、仕切り直しをしようとしていた。
「ま、乗馬してない「騎兵」系相手に勝ってもあれなんでな」
「……召喚:キリ/銀灰馬」
「やっと本気ってわけだ」
二度目となればお互いに遠慮はない。
召喚したキリに跨ったエボニーは愛馬の首筋を数回なでてから、キリの背に立つように姿勢を変えた。
「ごめんな」とキリに呟く彼の見据える先に居る男も、彼のやる気を感じたのだろう。
ここぞとばかりに大声を上げ、自らを誇示する。しかして、今回は少しばかり相手が悪かった。
「村長にして最終職「月影胞」の俺の名は、ウィリアム・デヴォンシャー!!「魔術兵」の名家シーファ家の分家にして叡智を探求する者なり!」
男──ウィリアムが貴族であろうと、名家の血を引いていようと決して敵わない相手。
この世界での星の民は百年前から始まる伝説の住人である。
「「魔竜鼎」のエボニー。……五柱の神を倒した、星の民だ」
圧をかけるつもりだったウィリアムは、一瞬で己の血が湧きたつのを感じた。
声をかけてよかったと。己のスキルが星の民にも効くのだと。
襲った圧倒は、瞬く間に歓喜と戦意に変わって満ちていく。
「専心」
「恐怖」
スキルの打ち合い速度は僅かにエボニーに軍配が上がった。
「専心」のスキル効果は一定時間、スキルの発動時間、いわゆる溜め時間を少なくし、混乱、恐怖などの精神異常の効果を低減するものだ。一度目は身構えていなかったために掛かってしまったスキルも、こうなれば最低限の効果しか発揮しない。
「キリいくぞ!」
エボニーとキリはきちんと乗馬していないにも関わらず、ウィリアムの放つ「恐怖」を振りほどいて人馬一体となって突っ走る。左手に手綱を握り、サーファーのような恰好のエボニーには満面の笑みを浮かべているウィリアムの表情が良く見えて、思わず彼もつられて笑ってしまう。
SSSを遊んでいた頃のような気持ちに郷愁の念を覚えつつも、攻撃の手を緩めはしない。
自らに突進してくるキリごとスキルで薙ぎ払おうと、杖を構えてスキルの発声を行おうとしたウィリアムの注意を逸らすようにエボニーはキリの背中から飛び上がり、騎兵銃を構える。
エボニーを攻撃すればキリが。キリを攻撃すればエボニーが。
ウィリアムが攻撃の手を選べば、しっぺ返しは避けられない。
舌を打って不快感をあらわにし、ウィリアムはスキルの発動を止めてキリを避けようと体を動かす。
そこを狙うのは未だ宙を飛ぶエボニーで、ウィリアムは偏差射撃によって飛んでくる魔力弾に当りながらも回避に専念するしかない。
(動きに迷いがなさすぎだぜ……!)
内心で悪態をつき、転がりながらどうにか態勢を整えたウィリアムの目に入ってきたのは、着地と同時に騎兵銃の柄で殴りかかってくるエボニーの姿だった。
「小型モンスター確殺ムーブだ!おらぁ!!!」
軽口を挟みながら笑えない威力の暴力を振るうエボニーに、思わずウィリアムは叫ぶ。
「「騎兵」の戦い方じゃねぇ!」
「うるせぇ!ストレス発散、手伝ってもらおうか!!」
「痛ってぇなぁ!」
かかげた腕にガンガンとぶつかる騎兵銃を嫌がったウィリアムが蹴りを放てば、エボニーはバックステップを踏んで距離を取り、そこをキリが拾って騎乗しなおす。
その様子を見ていた彼は「これは勝てねぇわ」と呟きながら、もうしばらく手合わせを続けるのだった。




