六十六、思わせぶりな。
「駄目でしょうか」と、ドーリーは理由を説明することもない。はいかいいえだけを求める質問に、咄嗟に出てくる言葉もない。エボニーは考えるという段階にすら辿り着けておらず、完全に固まってしまっていた。
「弧が神であるだとかは関係なく、教えていただけませんか」
「いや、いやいや……無理だろ」
「なぜでしょう」
「……なぜでしょうって」
どうにか返せたと思っても彼女の言葉をなぞるだけの彼は気まずげに腕を組む。
何故か。わずかに動き出した頭で考えれば、その理由はたしかに存在している。だが、それを言ってしまっていいのだろうかとも思うのだ。
エボニーに構わずにハンターギルドへと止めた脚を進め始めたドーリーの背を追いながら、彼は考える。
(この世界はゲームだ)
言い切るのは簡単で、相手の事を考える必要が無く、自分にとって一番手っ取り早い。
ドーリーに対しては同じ質問を始めて会った時にも聞いているが、その時ははぐらかされて終わってしまっている。問い直すならば今だという思いはエボニーの中にあるものの、一度口にしたときの、苦虫を嚙み潰したような己の感情と向き合うには、あと少しきっかけが足りなかった。
(星の加護はもうない。それはつまり、過去は間違いなくゲームだったって言ってるようなものだ。ここまではお互いに分かってる。けど、それがどうしたっていうんだ。今は違うだろ)
モンスターと戦った時、エグバートと戦った時、感じた痛みは本物だった。どうしても目に映る、現実だと受け止めるしかない光景の数々を、彼はどうしても嘘だとは言えないのである。
けれども、それがゲームで描写されなかったが実際にはあった光景なのだとしたらどうだろう。ゲームには容量が決まっていて、出てくる人間にも限りがある。プレイヤーには見えていなかったものが、操っている自機には見えているのなら、それはきっと今のような光景なのかもしれない。
ぞっと背中を悪寒が走った気がして、エボニーはドーリーに並んでから少しずつ問いかける。
己の疑問が外れていてほしいと、そう願いを込めて。
「……ドーリー」
「はい」
「前に一回聞いた質問なんだけど」
「はい」
「元の世界の戻り方、知ってたりする?」
「知っていると言えば、どうなさるおつもりでしょうか」
「知らないとは言わないんだな」
問い詰めようと距離をつめるエボニーを見たドーリーは、ひたと脚を止める。
能面のように無表情を浮かべていた彼女だったが、口を開くのに合わせて変わるそれは普段とまったく変わることのない微笑みだった。
「残念ながら知らないのです」
「……なんだよそれ。怖いからやめてくれよ」
「弧は知りませんが、今回の教会の動きから分かることもあるのですよ。それはそれとして、考えていただければと思いますので、よろしくお願いいたしますね」
「まぁ、考えるだけなら」
ほっと息をついていつもの雰囲気に戻り、ハンターギルドに到着してクエストを受けた彼らは何事もなくゴールドバレーを出た。キリに二人乗りで進む目的地は遠くないものの、ドーリーの言う分かることの共有には十分な時間だ。
「まず、教会はどうやって神から力を奪う方法を見つけたのでしょうか。神とヒトとでは天と地ほどの力の差があるのは分かり切っているでしょう。普通には勝てない。けれども、過去を遡れば一度だけ成功した例がありますよね」
「ワルツだな。ワルツは魔術でリーンズから力を奪った」
「その通りです。今は職業として扱われる「魔術兵」の前身。長年の修行、膨大な知識による力の行使……魔術。教会はどこかでその魔術を知ったのでしょう」
エボニーは「魔術兵」から派生するスキルの全てを扱えるが、それと魔術とは別物であるというのを感覚的に理解できた。彼の中にある魔術のイメージとは事前に用意した道具を用いて行われるものであり、指定単語を発することで発動するスキルと噛み合わなかったからである。
魔術を誰でも使いやすいように形を整えたものが職業によるスキルだと考えれば、スキル以上の力を持っていても不思議ではない。
「その過程はどうでもいいのですが」
「いいんだ」
「問題は力を奪われた神がヴァイスだけなのか、ということです」
「そう簡単に力が奪えるものなのか?まだ出会ってないのはコスモス、ワルツ、リーンズの三神だけど、モンスターの巣窟に住んでるのと、住所不定だぞ。会うだけでも一苦労するのに」
「リーンズは既に怪しいのですけれどね」
「そんなはずは」と、一度は言葉を濁したエボニーだったが、教会関係者の武器防具からして思い当たる節はある。
「倒すの一番苦労したのになぁ……」
「気を落とさずともよろしいのに。今回の決闘で貴方様の強さは証明されましたし、教会の弱体化の流れは止められません。そも、魔術を発動さえ出来ればいいのですから、大技を使う暇などありはしなかったでしょう」
「なんだかな」
エボニーは納得できないままであったが、この問題はヴァイスが力を取り戻す時に合わせて解決する見込みのものである。ノトの国全体で動いてくれるのならそう急ぐこともないだろうと、キリを降りた二人は武器を手に前を見据える。
「んじゃ、蛇亀狩りましょうかね」
「騎兵銃を持ってきたのに降りてよろしかったのですか?」
「そこはほら、雰囲気で降りただけだから……」
「そうでしたか」
笑うドーリーにエボニーは頬をかいて、キリと共に風を切って駆け出した。




