六十五、堕ちるのみ。
ズーハンたちがハクザンに向けてゴールドバレーを出発したのとほぼ同時刻。エボニーは書類にサインをしていた。それらは決闘に関しての書類であり、クラテルに訪れた役人から書類内容の説明を聞いて頷くのを繰り返すのが殆どであった。
エボニーが戦う理由となったヴァイスの神の力に関しては教会関係者から話を聞くしかないのだが、当事者である教会のお偉い方は北の街に逃げたという情報も入ってきており、進展は全くないのが現在の状況である。
出頭するように王命が出ていたりと、出来ることはやってくれているためにエボニーから何かを言う事はなく、ヴァイスからも言葉が挟まれることはなかった。
国の暗部を使ってでも捕まえてくると良い笑顔を浮かべた役人は「全ての準備が整い次第連絡します」と残してクラテルを出て行ったのだ。
「国も教会を見限ったわね」
どかっと椅子に腰を下ろしたヴァイスの言葉に、エボニーは肩から力を抜いて丸テーブルに体を預けた。
「俺居なくなったらどうするんだよ……」
「もう居着いちゃえば?ヒトが好き勝手しはじめたら適当に蹴散らしてくれたら助かるんだけど」
「それこそ神の仕事だろ」
「そういうのはリーンズの仕事なの。今は見る影もないけど」
「ワルツが力を持って行ったからか?」
「それもあるけどね」
エボニーはSSSのメインストーリーと「SSS丸わかり電子アートブック」、その他公式情報からの知識でしか世界を見ることが出来ない。故に、神がどうたらの話についていけないのである。ヴァイスが何を言おうとして言葉を濁したのかを知ってしまえば、更に面倒事に巻き込まれるような気もするし、黙っているのが一番なのではとさえ思う。
かと言って教会についての話に戻すのも嫌で、靴先で床を数度叩いてどうするかを考えてから立ち上がった。
「とりあえず蛇亀倒しに行こう。そこから温泉地かな」
ドーリーが知るという温泉地に行くにしても、まずは決闘で使った防具の修理である。既にアノアに蛇亀の防具は送ってあり、どうにか修復は可能であるとの返事をもらっていた。素材があれば、だが。
防具を直してもらっている間に温泉地に行けばいいじゃないかと言いつつも、実際は何も考えずにモンスターをぶん殴りたいというのが本心であった。
「温泉地はノトの国の南の端の方ですから、そういたしましょうか」
「あたしは行かないわよ。待ってるのは性に合わないけど、今回は別よ。嫌いってわけでもないしね」
「結構時間かかるだろうけど一人で大丈夫か?お金とか必要だろ」
「そこは工面しなさいよ。あたし神よ?神って分かる?」
「なんだこのクソニート……」
「口煩いじゃじゃ馬女が居ないならそれで構わないではないですか」と言って席を立つドーリーにエボニーは「ドーリーも辛辣だけどな」と返しつつ、蛇亀を倒すために準備を進めるのだった。
(ドーリーも金食い虫なのは変わらないんだけどなぁ)と彼が思ったのはここだけの話である。
蛇亀は三等星の上位の方に位置するモンスターであり、準備と言っても騎兵銃で使う属性弾を持って行く程度で事足りる。後はハンターギルドから依頼を受ければいいだろうと、ヴァイスのためにまとまった金を残し、彼らはクラテルを出た。
ハンターギルドへの道すがらでエボニーが話す内容は、自然とヴァイスの事になる。最終職に就き、一等星以上の力を持っていようと、彼女は既に神ではないのだ。ヴァイスのために強い武器を何個か渡しているものの、それだけで職業の相性を覆すのは難しい。
「本当にヴァイス一人で大丈夫だと思うか?」
穏やかな日和の中を歩くことに安らぎを覚えながら、エボニーは隣の彼女の顔色を伺った。神が普段何を食べ、どう生活しているのか。同じ神に聞けるのなら、それに越したことはない。
「短いながらも貴方様と一緒に過ごしたことでヴァイスも学んだでしょう。心配の必要はありませんよ」
「知らない所で喧嘩してそうで怖いんだよ」
「今の彼女はそうかもしれませんね」
口元を隠して笑うドーリーに、エボニーはどこか物珍しさを覚えた。彼女がそうやって笑うのは初めてかもしれないと思ったのである。
(当たり前のことだけど、ドーリーは「杯と純潔のヴァイス」の方が知ってるんだよな)
力を失う前と後でどう違うのかを推測でしか思い描けないエボニーにとって、神ヴァイスとは今の姿が全てである。だが、本来のヴァイスが神殿の地下に居るような存在であると考えてみれば、本来はもう少し大人しい性格なのは間違いない。
「神の時のヴァイスってどんな感じだったんだ」とエボニーが訊ねれば、ドーリーはまた笑みをこぼす。
「大人しい子でしたよ。杯と純潔……肉体の始まりから終わりまでを見守る、母のような神でした」
「想像できないな」
「ええ。全く違うと言ってもいいでしょう。今はドワーフの守護神としてのヴァイスが色濃く出ている状態なのかもしれませんね。変化しにくい神としては羨ましくも思いますが」
「羨ましい?」
「弧とヴァイスは個人が歩んできた過程に触れる神ですから、その過程に憧れがあるのかもしれません」
どのような環境で生まれ、育ち、老いて、死んでいくか。人それぞれにある旅路に憧れを抱くことがあるのはエボニーにも覚えがある。あの人のようになりたいと、羨望と嫉妬を入り混ぜた感情でもって他人を見ることは誰にでもあるだろう。
「神でもそう思うんだ」と、憧れのSSSプレイヤーを思い出しながらエボニーは口を閉じる。昔を思い出せば思い出すほど、元の世界に戻りたいという気持ちは強くなる。温泉地に行っている余裕があるのか。寄り道をしてる余裕があるのか。考え始めれればきりがない。
だから、ドーリーの突飛な言葉にも反応が遅れてしまった。
「貴方様が戻られる時に、弧も連れて行ってもらえないでしょうか」
寂しそうに瞳を歪める彼女と、豆鉄砲をくらったようなエボニーの視線が重なった。




