六十四、底の光。
星の民とエグバート・リッジの決闘の結果は、瞬く間にゴールドバレー中に広がった。
蘇生しているとはいえ、すでに出ている血が運ばれていくエグバートの跡として点々と残っていたし、数が少ないとはいえ一般の見物客もいたからだ。訓練場の外に出てしまえば、更に人の目は多くなる。いくら「使命と剣の賛歌」のメンバーが黙っていようと、噂の広がりは止められない。
ヨセフがここぞとばかりに実家と自らのコネを生かして街内の見回りを私兵で強化し、順調に勢力を増やしている一方では、力を落としている者もいる。リッジ家がその筆頭であり、デルソル家もまた影響を受けていた。
教会が大きく力を落とした今、各所でも力関係の変化が起こり始めていた。
「にしても儲かりもんだったな」と口を滑らした「武芸者」の肩を叩いた「竜騎兵」は、チラリと視線を先を歩くズーハンに向けて小声で呟く。「いくら儲かったからって少しは黙っていられないのか」と。
ズーハンの所属するクランは目の上のたんこぶであった「使命と剣の賛歌」が消え、繰り上がる形でハンターギルドの最上位クランになった。更には、ズーハンからクランメンバーに対しての口添えがあり、決闘の賭けで大儲けをしたのである。
「身動きの取れない人間一人を抱えているのに、冒険者からの包囲網を簡単に抜けられる人物が負けるなんて考えられる?最終職も居たのに?」
そう言われてしまえば、たしかにそうだ、と答える他ない。
国からもギルドからも知らなかった事としてお咎め無しという判断をされた彼女たちが今何をしているのかと言うと、先日から動いていた「星の民が発見したダークエルフらしき存在についての調査」だ。
教会の警邏の仕事がなくなり、人員にも資金にも余裕ができたこともあって、一度ゴールドバレーから離れようという決断をしたのがつい先ほど。数人のハウスキーパーを雇ってクランハウスを任せ、ゴールドバレーを出たのが今さっき。
そして、ズーハンが擁するクラン「ボトムライト」は、ハクザンと言う小さな町を目指していた。
ハクザンはかつてSSSでメインストーリー進行中に起こったイベントの舞台となった町であると同時に、ズーハンの父が死んだ場所である。ドラゴン種に脅されたダークエルフが大量のモンスターを町の中に引き込み、星の民と冒険者が対処を行った事件。彼女にとっての因縁の地であるのは間違いなく、ダークエルフ絡みとなれば、クランメンバーが敬遠してしまう程度には体には無駄な力が入ってしまうのも無理はない。
だが、今ズーハンが考えているのはハクザンの事ではなく、ゴールドバレーを出る前に出会った一人の貴族の使いが渡してきた手紙の内容だった。
(「呪術兵」から最終職の「月影胞」になるための条件、か)
使いは貴族の名前を言わず、手紙にも名前が知れるものはなに一つとして存在していなかったが、それがブラフナー家からの手紙であるのは容易に想像できた。
「魔術兵」の名門貴族の話はてんで耳に入ってこず、他に条件を知っていそうな人物がエボニーしか居ないのだから、エボニーと親交のあるブラフナー家かクーター家のどちらかでしかない。クーター家があまり目立った動きをしていないのなら、それはもうブラフナー家しかないではないか、と。
エボニーから聞いた、お金では買えないだろう転職条件を一冒険者であるズーハンに渡した。この意味は重たくのしかかる。
(教会の使い走りの次はブラフナーの子飼いかぁ。私にエグバートみたいな働きを期待してるんだろうけどさ。……お父さん、私これでいいのかな)
父の遺品を強化して作り上げた「標の杖」を撫でたズーハンは(さっさと最終職になって、後はエボニーさんに全部ぶん投げようか)だなんて考えつつため息を吐いた。
「モンスターだ!」と隊列の前から声が上がったのを聞いた彼女は、気持ちを入れ替えて走り出す。
やけにモンスターと出会うが、クランメンバーが揃っている現状で苦戦することはない。その分、人数が居ることで移動に時間はかかるものの、一人であればゴールドバレーから半日ちょっとあれば移動できる程度の距離しかない。
このペースであれば野営はしなければならないが、安全を考えるのであれば仕方がない判断だった。
そして辿り着いたハクザンの町は、異様な雰囲気に包まれていた。




