六十、真夜中の狩場。
それはエボニーがわざとエグバートの攻撃を受け、反撃で手痛いダメージを何度か与えた時のこと。
(これは受けられる)と防具の傷の入っていない部分を構え、自らに訪れるはずだった衝撃とは別のものが感触としてあった時だ。
バックステップを踏んでエグバートとの距離を取った彼は、自らの体に異常が起こっていないのを確認し、相手が何をしたのかを考える。
(何かかけられた……、粉か?スキルよりも優先するようなアイテムは知らないけど。SSSには無かったアイテムだな。ドーリーの言ってた状態異常っぽい何かではなさそうだけど……)
防具を指でなぞれば分かる、明らかな白い粉末。今のところ体が何か異常を感じ取ったわけではなく、油断なく剣を構えるエグバートの様子から、すぐさま敗北につながるようなものではないのだろう。だが、エボニーはたしかに不快感を感じていた。分からないからこういった感情を覚えたのか、そういう効果のある粉なのかは分からない。
「サンダーバード!」と、不快感ごとエグバートを吹き飛ばそうとスキルを唱えた彼は、そこで白い粉の効果を把握した。
「……スターロード!!」
真っ直ぐに距離を詰めてくるエグバートに対して、エボニーは逃げる事しかできない。
なぜなら、スキルが使えないのだから。
「パワーショット!……っくそ!!」
エグバートの「グランドクロス」を寸でのところで避け、魔導書から騎兵銃へと武器を切り替えてもスキルの発動は出来なかった。ならば銃口を向けてスキルを使わない攻撃をと、引き金を引いても、そこからは何も射出されることはない。
単純なスキルの封印ではない。かと言って、職業そのものを打ち消しているわけでもない。職業それぞれに振られたレベルの数だけ強化された体に違和感がないのなら、スキルに対して効果があるのだろう。
たしかにエボニーは身体能力で圧倒的に勝っている。だが、剣を持って戦う相手に素手で戦うわけにもいかない。となれば、エボニーのとる行動はただ一つ。
(スキルが使えるようになるまで逃げる!!)
「騎兵」以外の職業で馬を呼ぶためのアイテム「馬呼びの笛」を使って馬上の人となったエボニーと、人の脚で彼を追うエグバートとの距離が縮まることはない。互いにそれを理解しているため、程よい距離感で両者は足を止めて視線を交わせる。
「星の民ともあろうお方がいつまで逃げ回っておられるか。私は狩りをしているわけではないのですよ」
「獲物を狩れない狩人って自虐が上手いな」
「ふん、口は達者ですな。スキルが使えなければ戦えないようですが」
「魔導書でぶん殴られたいならそう言えばいいのに」
SSSにおいて、魔導書、提灯を武器として使う場合、通常攻撃という括りはなくなる。モンスター相手に本の角など効くはずもなく、通常攻撃として振られているコマンドの代わりにスキルが入っているのだ。この世界においてそういった縛りは存在しないために意味はないが、エボニーの体にあるのはあくまでもSSSでの戦闘経験であり、実際に魔導書で殴ろうとすれば動きが鈍くなるのはエボニー自身が分かっていた。
「それにしてもスキルが使えなくなったら饒舌だな。勝てるのか?」
「ええ、勝ちますとも。負けると分かっていて戦うはずもなし。貴方が魔力系の武器を持ってくるのは分かっていましたから、対策をとるのは当然でしょう。貴方は冒険者としても有名だ、「使命と剣の賛歌」で話を聞けば嫌でも耳に入ってくる。見たこともない馬に跨り、騎兵銃を持つ冒険者、とね」
勝負を決めるべくエグバートが口を開く。自らの脚で追いつけないなら、別の者に追わせればいい。
「召喚:ブラックドッグ」
ヴァイスがクラテル前で召喚したブラックドッグの数は五体であったが、エグバートが召喚した数は三体。エボニーはそこからスキル熟練度が足りないのを察したが、今は別に考えることがあった。
キリを走らせて少しでも時間を稼ぎながら、エボニーは思考を巡らせる。
(……魔力系の武器…………武器をそう括るのは珍しいけど。魔力型の弓を直近で使ったから分かりやすいな。でも、魔力に対してならピュアホワイトの防具を着てくる意味が……)
「馬呼びの笛」で呼んだ馬は一緒に戦ってくれることはないものの、轢くという形であれば問題ない。小型モンスターという分類に当たるブラックドッグならば、キリの行動が阻害されることもない。
眼前の一体をキリが踏みつぶし、足元に迫った一体をエボニーが蹴り飛ばし、飛びかかってきた一体を騎兵銃で殴り飛ばす。
(いや、魔力と魔法は別物か。最初からあの粉を使ってれば魔法対策は要らないし)
魔法を使う相手なら、ピュアホワイトの鎧は正しい。「星と魔法のリーンズ」との戦いでエボニーが持って行ったように、魔法への耐性が高い。
では魔力に対してどうかと言うと、最優ではないのがSSSである。
物理ダメージ、魔力ダメージ、魔法ダメージ、信仰ダメージ。
大きく分けて四つの分類分けがあり、騎兵銃が入る魔力ダメージの分類──魔力に対して対策を取るのなら、たしかにスキルを封じるのは有用であるが、それは他の武器種に対しても同じことが言えるのではないか。
後衛職を使ってくると読んでの対策なら魔法と魔力に対する対策の形として合っているのかもしれない。けれど、そんな面倒なことをするだろうか。もしエボニーが魔導書を使うことをエグバートが知っていたのなら、最初から白い粉を使ってしまえばいいのだから。
ブラックドッグを処理するために動きを止めたキリにエグバートの攻撃が突き刺さり、キリが虚空に溶けるように消え、身体が地面へと落ちて行く中でも彼は考えることはやめない。
己の中の違和感を言語化できそうな予感と共に背中をしたたかに地面に打ったエボニーの首筋に、エグバートが剣をあてがわれる。
たとえあっけない結末であろうとも、勝負はついただろう。審判官が「勝負あり」の一言目、第一声を口にした瞬間、エボニーは手の中から魔導書を落として口角を吊り上げた。
「ナイトベールっ!」
エボニーのスキルの発声と共に彼を中心として広がった半球には深い夜が訪れ、審判官が声を失って口を閉ざす。
決闘はまだ、終わらない。




