五十九、御伽噺で見た背中。
仕切り直し、エボニーとエグバートとの戦闘が再び始まった。その横で拳を強く握って熱い視線を向けて観戦を続けるヨセフ・ブラフナーに、一つの声がかかった。「あのもし」との声が届いたヨセフが隣を伺うと、声の主であるヘレナ・クーターが綺麗な一礼をみせた。
「これはクーター嬢。どうかされましたか」
「集中して観戦されているところ申し訳ないのですが、私めに教えていただきたいのです。何故、あの方があそこまで強いのか。何故、あそこまで戦えているのか」
ヘレナ・クーターの瞳の先にあるのはスキルを乱発して戦場を支配するエボニーの姿だ。彼女の父親譲りの鋭い視線を追ったヨセフは言葉にせずに頷き、振り返るように息を吐いて口を開く。
ヨセフ自身、聞いていた情報と、実際に目にする彼の強さから感じる己の中の差異を上手く処理できておらず、それを嚙み砕くようなゆっくりとした語り。遅すぎず、しっかりとした重みのある情報は今のエボニーに箔をつけるように放たれた。
「クラテルから再び出でた星の民であるエボニー様個人の情報はありませんが、彼の言動からして記録に残っている全ての星の民関連の出来事に関わっているのは間違いないでしょう。道半ばで折れる星の民も居る中で、彼はずっと私たちと共にあった。彼女たちの側に私が居ないのが残念でなりません」
ヨセフの言う彼女たちとはドーリーとヴァイスであり、エボニーの勝利を疑わない二人のことだ。本来であれば自分もその立場に居るはずだったのにという感情を抑え、彼は続ける。
「エボニー様は全ての最終職に就いています。だから強い。答えは案外シンプルなのかもしれません」
「戦ってきた数が違うと?」
「はい。彼は百の歳を超える戦士です。私たちと同じ姿をしてはいますが、実際は全くの別物。百年……星の民が居なかった二十年を引いても八十年です。八十年間戦い続けた戦士が弱いわけがない。私たちが持っていないものを持っていて当然だ」
「どこから来たのかも私たちは知らないのだから」彼の口ぶりはエボニーを恐れるものであったが、表情は違う。身の内に燻る炎を制御しようと静かに心を制御するヨセフから感じられるものはたしかな憧れであり、ヘレナにもそれはしっかりと分かっていた。
「だから知りたい。私は……彼になりたい。彼が率いる騎馬の一騎でもいい」
最終職を失ったブラフナー家、クーター家の両人だから共有できる、強さへの執着。輝かしい伝説と一緒でなくてもいい。歴史の一幕だけでもいい。法衣を着なくてもいい。王城で内政の仕事をしなくてもいい。ぱっと現れた星の民を真っ先に迎えに行けるような、替えの利く、暇な仕事でないのなら──
「星の民が強いのは……彼が、あそこで戦うエボニー様が強いのは…………ただ単純に知っているからなのでしょう。スキルの使い方、軌道、範囲、その全てを。スキルは声を出さなければ使えない。攻撃するよ、と声をかけているのと同じでしょう」
エボニーから最終職へ至る条件を教えてもらってからというもの、ヨセフは時間の許す限りの挑戦を続けていた。
「騎兵」から派生する「竜騎兵」「重騎兵」の最終職、「魔竜鼎」と「衝角梵」を共に目指す同士は、「騎兵」の名家なのもあってか多い。それでも、今日まで誰も最終職にはなれなかった。
たった一系統の職業でこれだ。五系統、十の職業分行うとなれば、何度魔物と戦わなければならないのか。達成するまでに何日、何度同じスキルを見なければならないのか。
そこに合わせて八十年の戦いとなれば、スキルなんて見飽きているだろう。
「私もそうでありたい」と願うヨセフも、ただ足踏みをしているわけではない。
ヨセフたちは「騎兵」の最終職には至らなかったが、配下の「勲騎士」が大勢の協力の元で条件を満たし、神の幻影を打ち破って最終職である「星翠戒」に至った者が居るのだ。
故に分かる。時代がまた変わるのだと。
「市民に職業が渡り、私たち貴族は立ち位置を考えねばならなかった。職業は貴族の特権ではなくなった。最終職も私たちは失い、それを隠して生きてきた。ですが、それも変わるのです。この決闘で。エボニー様の勝利によって」
職業という特権を失おうとも、最終職だけは貴族のものであった。だが、エボニーはそれを良しとはしない。
ヘレナから聞いたエボニーと交わした会話の内容と、彼直筆の手紙を読めば分かる。彼は親しい者に最終職の条件を簡単に話すだろうと。既得権益なんて知るものか。巻き込まれるぐらいなら力を与えるから勝手にやれと。
最終職を失ったヨセフからしてみれば、それは救いの手に他ならない。
「エグバート・リッジは負けるでしょう。そうなればリッジ家、デルソル家の弱体化は必至。対して、私たちは全ての最終職の条件を知っている。時間をかければ私兵全てが最終職で埋まり、特別な生まれでなくとも最終職になれる世が来るのです」
そうなれば立場が逆転どころの話ではない。自身の名前は星の民と共に語られることになる。あの、幼少の頃本で読んだ英雄の手によって変わる世界の今を生きているのだ。
「エボニー様が何故戦えるのか。何故強いのか。……クーター嬢の問にまともに答えることは出来ませんでしたが、私たちはこれから知っていくのです。己の手で最終職を開放して、……答えを知るのです」
「ヨセフ様も存外に男の子なのですね」
「ええ。私自身、机と書類が似合うものだと思っていました。エボニー様が現れるまではね」
珍しく興奮した様子のヨセフの気持ちがヘレナも分からないではない。彼女は戦いのことはさっぱりであるが、星の民を見て創作物語の王子様だと思った瞬間があるからだ。
だが、彼女はエボニーの弱い部分を知っている。
星の民はいつか居なくなる。エボニーの目的をヘレナは類推し、答え合わせこそしていないものの、絶対に間違っていないと判断した。
(……エボニー様は元居た場所に戻りたいと考えておられる。いつかはノトの国ではないどこかへと戻られるのでしょう。初めてお会いした時には「教会とのゴタゴタは知らない」と仰っていらしたのに、こうしてエグバート様と決闘まで……。私たちは貴方様の邪魔をしているだけなのではありませんか?)
ヘレナの想いも、ヨセフの思惑も、決闘を行っているエボニーには届かない。彼らは星の民を知っていても、エボニーを知らないのだから。
エボニーがこの世界の人間に不信感を抱いていると言って、誰が理解できるだろう。不便な生活にうんざりしているだなんて考えるだろうか。路地を覗けば居る浮浪者にどういった感情を覚えているか分かるものか。
戦闘にだけに集中しているエボニーの心の中なんて、それこそ神でなければうかがい知ることはできない。
そんな彼の決闘の舞台で、大きな動きが起こった。




