六つ、針葉の巨人。
翌朝、エボニーはハンターギルドにやって来た。時刻は午前九時になろうかという頃で、彼からすれば仕事と同じような感覚で出向いていた。装備は昨日と同じくピュアホワイトのスケイルメイルだ。ギルドの中では多くの冒険者たちが準備を整えており、昨日感じた空気感とは一風変わったものを感じ取ることが出来た。
受付にも多くの冒険者が並び、依頼の受注を進めていく。彼の見立てでは五等星が一番多く、その次に四等星が多いように見える。一方でエボニーが向かう「一等星・二等星」の受付は冒険者が全くおらず、受付嬢はやはり暇そうだった。
「お待ちしていました、エボニー様」
「どうも。こっちの受付は暇そうですね」
「ははは、これも歴戦の受付嬢の特権ということで」
ギルドカードでエボニーの名前を確認していたのだろう彼女は、まるで旧知の仲のように対応してくれる。エボニーが頼んでいた「適当なモンスター」リストは全部で五枚になり、そのどれもが彼の知っているモンスターであった。ゲーム内であればリストに描かれたモンスター全部を討伐しても、一時間はかからなかっただろう。だが念のために一枚だけを手に取り、内容を確認してからクエストを受領した。
彼が選んだのは「針葉の巨人」の討伐だった。見上げるほどの巨軀に生い茂る刺々しい葉は鎧だけでなく、武器としても使われる。もちろんそれらは武具に加工ができ、二等星、一等星で戦っていくのに心強い仲間になってくれる。ヒットアンドアウェイで必ず倒せるということで、「針葉の巨人」周回は木樵と呼ばれるほどだった。
「他のやつはまた後でやるかもしれないけど、他の人が受けるなら回してもらって大丈夫ですから」
「ランク適正のある冒険者でもこのクエストは殆ど受けないので大丈夫だと思いますよ。教会の蘇生も無料ではありませんから」
「あーはいはい、教会ね。んじゃ、狩り終わったらまた来ます」
「ご武運を」
挨拶をすませたエボニーは周囲に視線をやって、ギルドの中を出口に向かって歩いていく。彼が探しているのはマイルームの倉庫と繋がっている準備場だったが、どうやらこの世界のハンターギルドには設置されていないようで、ぱっと見でそれらしいものは確認することが出来なかった。
(離れた場所と場所を繋ぐのは説明できないから置いてないんだろうか。「ゲームだから」で説明できないから。ギルドからフィールドに飛ぶこともないし、移動の方が時間かかるんじゃないか?クエストを複数個受けれそうな雰囲気だったのは楽でいいけど、解体がなぁ……。素材は有り余ってるから解体が無理そうなら放置でいっか)
SSSでの解体は「解体」アクションで行われるものであり、皮を剥ぐだとか、そういった描写はカットされていた。ギルドカードを取り出した時のように、アクションとして意識すれば体が勝手に動く事を期待すれば問題はないのだろうが、不自然さを考えると楽観はできない。現にギルド内に準備場がないのを見て、その思いは余計に強まっていた。
(不便だよなぁ……)
ゲームとしてこの世界を見ると、どうしてもダルく感じてしまう。それはゲームと見比べているのと同時に、日本とも比べてしまっているのだろう。車が無ければ、街灯も無い。路地を覗けばゴミで溢れ、浮浪者の数だって多い。せめて街中を馬で走れたら。そう思わずにはいられなかった。
そんな時だ。「お、エボニーさんじゃん!」とルイーズの声が聞こえてきたのは。
「やっべ」と彼が頭を上げた束の間、逃がさないぞとばかりに、彼女の姿が現れる。どこか誇らしげに笑う彼女の後ろにはノアとアイネスも控えていて、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「見てないで助けてくれ」
「あ、はは……」
「おい諦めるな。ノア」
「すみませんエボニーさん」
愛想笑いを浮かべるアイネスと一言謝るノアの様子はどこか変で、そこで改めてルイーズに視線を向ければ、彼女は「奇遇だね」と笑みを浮かべた。絶対に奇遇ではないことだけは確かであり、エボニーの声はずいぶんと低いものが出てきた。
「…………なに」
「エボニーさんの等級、わたしたちより上だよね?受付も二等星以上のとこだったし」
「……それで?」
「狩りしてるところを見せて欲しいの。どうやって戦ってるのかとか、そういったことを勉強したくて……」
「お願いします、どうしても三人だと手詰まりを感じているんです」
ルイーズの言葉を補完したノアは頭を下げ、続けてアイネスもこうべを垂れた。自分より上の人に対して素直に頭を下げられるのは美点ではあるし、これがゲームであったならエボニーも素直に了承しただろう。地雷や寄生は嫌いであるが、一緒に遊ぶためにランク上げを手伝うのも珍しくはない。知らない顔ではないために同行を許可してもいいのだが、彼女たちは三等星の冒険者であり、クエストを受注できるのかどうかが問題だった。
「三等星でも二等星のクエスト受けていいのか?」
「……私たちは別々のパーティーです。そうですよね?」
「あぁそう。馬は?乗れないと難しいと思うけど」
「馬は」と、そこでアイネスの言葉が途切れたのを見たエボニーがルイーズとノアに視線を向ければ、二人とも首を横に振って馬に乗れない意識を伝えてくる。それは「騎兵」系の職業であるエボニーの移動スピードについてこれないということで、狩りの効率は一段と悪くなる。
誰か一人なら後ろに乗ることが出来るだろうが、彼らは三人パーティーだ。誰か一人を彼自身が連れて行けたとしても、残った二人は置いてけぼりを食らうことになる。ならばと、エボニーは少しばかり考えこんでから妥協案を出した。
「一人だけなら連れて行ける。行って帰ってきて、時間があったらまた別の人とクエストに行こう。歩いて行くのは流石に効率が悪すぎる」
彼の言葉に一同は表情を輝かせ、それぞれ異なった反応を見せた。大げさに飛び跳ねるルイーズに、拳を強く握って喜んでいるノア。胸をなでおろして安堵を見せるアイネスの様子から、三人ともに緊張していたのだと伺えた。
「とりあえず外に出ようか」想定外の観客に、エボニーは静かに闘志を燃やしはじめていた。
ゴールドバレーを出るまでにいくつか買い物をしつつも、三人の会話は続いていた。会話の内容はそれぞれの職業のことであったり、普段どういった形で活動をしているのかなどだった。最初に一緒に狩りに行くのはすでにルイーズだと決まっていて、ノアとアイネスの二人はギルドで留守番である。
「針葉の巨人」は首都ゴールドバレーの南南東に位置する山の深い部分に現れるため、南門を出たところで、エボニーは愛馬であるキリを召喚した。
「召喚:キリ/銀灰馬」
月光の玉を放出する魔法陣から現れたキリは昨日と変わった様子もなく、ひとしきりエボニーと触れ合ったところでルイーズに向き合った。二メートルを超えるキリはルイーズよりも大きく、鍛え上げられた筋肉は暴力の塊でもある。エボニーは内心、ルイーズが怖がる様子を期待していたのだが、その期待は簡単に裏切られることになった。
「ねぇ噛まないよね!」と語る彼女のテンションは非常に高いものであったが、それは怖がっているというよりは、興奮を隠しきれていないと表現する方が正しいのでは、と思わせたからだ。
「大丈夫だとは思うよ。俺が言えば噛むだろうけど」
「この子に乗るんだよね!えっすごい……!」
ルイーズのテンションに少しばかり引き気味のエボニーだったが、彼自身、この世界に来てからキリに乗るのは初めてのことであり、興奮していないわけではなかった。
「前と後ろ、どっちに乗る?後ろの方が揺れるけど」
「んー、それなら前かな」
「おっけ。一人で乗れる?」
「このぐらい余裕だよ!」
エボニーから声がかかるや否やルイーズは鐙に足をかけ、キリの背に跨った。キリはそんな彼女を呆れたような目で見つめ、エボニーに歩み寄る。
さあ早く。そう催促されているように感じたエボニーは、苦笑を一つ漏らしてからキリの背に飛び乗った。召喚時にも感じていた一体感は乗馬する事でより一層増し、心臓はより強く脈動する。心が戦闘モードに切り替わったかのようなそれは、火のつきかけていた彼を完全に燃え上がらせたのだ。
「一狩り行こうか」
エボニーの声にはどこか張りが感じられ、彼に応えるようにキリも大地を踏みしめて駆けはじめた。
街道を歩く人を抜き、二頭立ての馬車よりも速く、目的地へと突き進んで行く。風を引き裂いて進んでいるはずなのに、風を纏っているかのような錯覚を覚えて、エボニーの口からは知らずのうちに笑い声が漏れ出ていた。