五十七、大海の覇者が駆ける。
訓練場の中心、キリと共に立つエボニーは意識して呼吸のリズムを一定に保ち、戦闘のイメージを膨らませていた。
既に見物として来ている貴族たちからの視線を切るように目を細め、意味もなく外套を手で払う彼は、自分が緊張しているのだと分かっている。力が滾っていると言い換えることもできる状態ではあるのだが、今のエボニーに見方を変える余裕はない。
貴族たちの中にはヨセフ・ブラフナー、ウワン・クーター、ヘレナ・クーターと見知った顔があるのを確認はしているものの、今、彼らに言うべき答えを持っていなかったのだ。
昨晩、フローリアンがクラテルへと連れてきたアルベルト、イザベラの姿もあり、貴族の護衛、従者たちも合わせると、運動会でも出来そうな規模の人数であった。その中で冒険者たちを見つけるのは比較的簡単であり、「使命と剣の賛歌」の冒険者たち、ルイーズたちの姿も窺えた。
(なんか不安になってくるな……。教会関係者っぽいのが少ないのが逆に怪しいし。昨日の人も今日は来てないのか)
この世界にやってきて知り合った人物は殆ど集まっている状態であるが、フローリアンはこの場には居ない。エボニーが頭の片隅で聖印を置いて出て行くという行動の意味を考え始めた時、訓練場の扉が開いてエグバート・リッジが現れた。
「待たせてしまったかな。これは失礼した」
「いや、そんなことはないよ」
「そうか……、審判官殿ももう少しでご到着なさるだろう」
昨日と同じ威圧感を放つ装備に身を包み、背後に従者を連れて歩く彼の表情は落ち着いたものだ。固い表情をしているエボニーとは対照的で、貴族らしい余裕が見える。従者から武器である西洋剣を受け取った彼は、鞘から刀身をあらわにすると白刃に写る自らを一瞥し、エボニーに視線を戻した。
「そちらの武器は、あぁ騎兵銃かな?」
「持ち武器なんでね」と隠してある魔導書が見えないように騎兵銃を取り出した彼は、それをゆっくりと肩に担ぐようにして息を吐いた。
(純白と純黒の混成武器か。この世界で見るとは思ってなかったな、ドラゴン狩りまくりじゃないか……)
剣身に真っ黒のラインが走り、不自然なほどに白くも光沢のある刃。柄には赤い玉がはめ込まれた武器をエボニーは知っている。西洋剣で二つの属性を一つの武器が持っていることは珍しく、作成難易度も高い西洋剣、「混濁の天鷲」。
ラウラ・デルソルがピュアホワイトの防具を装備していたこともあって、もはや教会の言葉を信じようとは思えなくなっている彼は、エグバートに一つの質問をおこなった。
「その剣が何の素材から作られてるのか知ってるのか?」
「当然だろう、貴族とは守護する者だ。己の得物について詳しくないわけがない」
「残念だ……本当に」
もう話すことはないと食い気味にエグバートの言葉に返したエボニーは(そうくるならピュアホワイトの鎧を着てくればよかったか)と内心で思うのだった。
それからしばらくしてやって来た複数の審判官が決闘の会場となっている訓練場全体の緊張感をもたらし、逆にエボニーに落ち着きをもたらす。
決闘だなんて飾った言葉を使っているが、戦いは戦いであり、モンスターと戦うのが人に変わっただけである。戦闘のためだけに心を振り切った彼は審判官の細々とした条件についての確認の声を聞き入れず、開始の合図だけを求める。
守護する者。大層な名前であるが、SSSでの全てを身に宿すエボニーとでは練度が違う。
腰を落とし、騎兵銃を右手で握る彼は愛馬であるキリに跨らず、地に足をつけていた。そのことをエグバートは眉を上げて不思議がるも、特に構えを変えることはなかった。
「それでは両者よろしいですね。ここにエボニー対エグバート・リッジとの決闘を始めます。私が投げるコインが落ちた瞬間から戦闘を始めるように。では──」
審判官の手を離れ、一枚のコインが宙に踊る。
その瞬間、外套を翻して半身となり、全身が外套に隠れるように姿勢を変えたエボニーがアイテムポーチに左手を入れると同時。
──コインが地に落ちた。
二十歩程度の互いの距離を埋めるべくエグバートが移動スキル「スターロード」で真っ直ぐに突っ込むが、彼は目の前に広がった閃光に脚を止めることになった。
今回の決闘の条件は武器、アイテムの制限がない。ならば、アイテムを使わない理由などないだろう。
エボニーが使ったのは閃光銃であり、モンスターに対しての目くらまし、注意を集めるためのアイテムである。
武器としての騎兵銃とは異なる中折れ式の拳銃から放たれた弾丸が光となって、エグバートの動きを一瞬止めたのだった。
そして、未だに距離がある現状での一瞬の隙は、スキルを発動してくれと言っているようなものだ。
この一撃で勝負を決めるつもりで騎兵銃を構える彼が使うスキルは、「星翠戒」の「グランドクロス」のような職業を言い表すもの。攻撃力が高く、比較的発動速度が早く、効果が分かりやすい。それぞれが持つ必殺技とも呼べるようなもの。
「レヴィアボルテックス!!」
エボニーの叫びに呼応して、魔力渦巻く騎兵銃の銃口は燐光を放つ。
レヴィアタンをもじった本スキルの基本属性は水であり、蛇亀の防具スキルとも相性が良い。「魔竜鼎」を象徴するスキルが今、放たれる。




