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五十五、これからに溺れる。

「要らないかな」


 エボニーの言葉は簡単で、単純であった。

「メリットがないよ」とテーブルに雑に腰をかけた彼は一つため息を吐いた。


「貴族がどうだとか正直どうでもいいし……、べつに国だって同じことで、俺の目的とは何一つ関係ないんだけど。…………そこんとこ、どうなの?」


 彼の目的は神に会って元の世界へ戻る手がかりを得ることである。教会のいざこざに巻き込まれたり、決闘騒ぎだって、本来であれば避けるべきなのだ。

 だが、それは他の人間には理解してもらえないことでもある。


 メインストーリーで現地の人間と共に戦った星の民はゲームのキャラであって人間ではないのだから、実際に会ってみるとイメージと乖離かいりしていて当然だろう。ましてや、別の世界からやってきて、帰る手段を探していると言われても、ピンと来るはずがない。


「私はこれからのことを考えて…………」


 フローリアンはしどろもどろになって自らの中から言葉を出そうとしているが、それよりも早くエボニーが口を開く。


「これからってなんだよ。神を捕まえた組織にこれから・・・・があるのか。ヴァイスが力を戻せばゴールドバレーが消えても不思議じゃないんだけど。……養えって言われたって、お前らどんだけ戦えるんだよ。職業が「騎兵」じゃないなら一緒に狩りに行くのは非効率だし、そもそも一等星の実力がないと俺の負担が増えるだけだろ」


 並みの最終職が集まったところで、神には勝てない。そのことをエボニーは身をもって経験している。

 ステータス、スキル、戦い方。どれもを極めて対処して初めて勝機が見えるのが五柱の神なのだ。ドーリーとヴァイスが同じ場所に居合わせているのなら、まず間違いなくゴールドバレーは壊滅するだろう。

 そうなっていないのはヴァイスが力を奪われているからで、人の全てを見限っていないからでしかない。


 ヴァイスは決闘の勝利後に教会の偉い順に上から十五人を殴ると明言していたが、本当に殴った場合、現場が凄惨せいさんなことになるのは簡単に想像が出来る。ただ殴るだけでこれならば、本来の彼女が、「杯と純潔のヴァイス」が「ブラックドッグ」でも召喚しようものなら、殆どの人間が抵抗できずに殺されるだろう。強力なモンスターを市街に解き放つのと何ら変わりないのだ。そうならないほうが難しいだろう。


「リッジ家と教会を動かせないのならここに来るべきではありませんでしたね、フローリアン。その焦りが貴方の罪の意識であり、半端な対応が貴方の身を焼くのです。今日はもうお戻りなさい。そしてここには二度と立ち入らないほうがいいでしょう。…………貴方の声はの元へと届いていましたが、それだけでは駄目なのです」


 沈黙の籠ったホールに降りたドーリーの声にフローリアンは深く頭を下げた。悔しがっているのか、泣いているのか、エボニーたちから彼の表情を伺うことは出来ないが、彼が身に纏う空気が情緒を如実に教えてくれる。

 深い感情の谷の底でうずくまっているかのような、それ。しかして「そうでしたか」とだけ言葉を残した彼に悲壮感たっぷりな言葉は似合わない。


 諦め、己の限界でも見えたのだろうか。クラテルに来てから一番の落ち着きの表情でもって、彼は自らの拳にきつく握られた聖印を法衣で拭ってから身近なテーブルへと手放した。


 この行動にどういう意味があるのか、エボニーには分からない。

「……夜分遅くに失礼いたしました」と言って帰ろうとするフローリアンに自分から声かける理由が見つからず、エボニーは体勢を変えずに座っているだけだった。


身を燻る嫌な感情と感覚の名前こそ知らないが、これが生きていれば誰もが経験したことがあるものだということをエボニーは知っていて、こういう時は黙っている方がいいことも理解しているからだ。頭に血がのぼっている状態で何かを言うくらいであれば、大人しく口を紡ぐ。


 フローリアンと共二人の退出と合わせるようにして己の中にある熱を繰り返し吐き出す彼は、ルイーズたちに一言謝ってから今日は帰るように伝えた。


「悪かったな、今日はもう帰ってくれ」

「まぁそういう気分じゃねぇわな」

「元から場違い感は感じていましたから」

「……うん、仕方ないよね」


 どうにか空気を明るくしようとして逆にぎこちなくなっている三人の動きは早い。逃げるように、という言葉が合うようにそそくさ・・・・と支度を進める彼女たちを見ていると、エボニーは殊更ことさらに疎外感を覚えるだった。


 この世界で人々が築いてきたものと、エボニーとは相容れることはない。

 彼は異邦人であり、圧倒的な強さを持っており、そして周囲の人間が星の民だと思っているからだ。


「明日、応援に行くからね」そう言って扉の向こう、日の暮れた屋外へと出て行ったルイーズを見送ってテーブルから立ち上がった彼は、フローリアンの残した聖印を見やった。


 いつ頃から持っているのか、本来は赤い塗装は薄汚れ、細かな傷も多い。だが、大切に扱ってきたことが分かるそれの名前をエボニーは知っている。


「「あつき信仰の火印」か…………ドーリー、要るならあげるけど?」

「ではがお預かりしておくことにいたしましょう」

「……頼むよ」


 エボニーはドーリーが聖印を受け取るとは思ってもいなかった。ドーリーに祈りを届けるための物を自ら持つのもおかしな話である。けれども、彼女は聖印を受け取った。これならいくらかフローリアンも浮かばれるだろうと、エボニーはゆっくりと瞳を閉じる。


(このまま寝るのはさすがに無理かな……)


 フローリアンたちが居なくなり、彼の心はだいぶ落ち着きを取り戻し始めていたものの、胸の奥で存在を主張する突っかかりは今日のうちにどうにかしなければならない。明日はエグバート・リッジとの決闘で、万全を期して挑む必要がある。

 体を動かして気持ちを整理するには場所がないし、一人で考えるにはあまりにも時間がなかった。


「あんたらのごたごたのせいで食事もとれてないし酒場行くわよ、酒場。まだ空いてる店も多いでしょ」


 だからこそ、ごたごたの原因であるヴァイスの提案に彼は頷きを返す。


「決闘でどっちが勝つか賭けてるだろう馬鹿どもを冷やかせば、気分もまだマシになるんじゃない?」

「そうだな……」

「……ヒトって本当、勝手で馬鹿で、救いようがないんだから」

「…………それ俺に言ってる?」

「はぁ?あんたはよくやってるんじゃない?知らないけどね」


 軽く笑い合ったエボニーとヴァイスに、ドーリーの口角も自然と上がる。

 教会が特定の個人に聖印を渡すための条件を知っている彼女は、フローリアンの残した聖印を胸に抱いてエボニーたちの後をついて歩く。


 ドーリーは、フローリアンの気持ちも分かるのだ。

「衛生兵」を集めている教会が縮小、弱体化すればどうなるのか。

 五つある大きな貴族家の二つに悪評が付いて回ればどうなるのか。


「杯と純潔のヴァイス」の力を奪い、「衛生兵」を集めていた教会に属していた人間が施す治療を、誰が受けようと思うだろう。

 ノトの国を護るために戦った星の民と同じような立場にある大貴族が争って負けてしまえば、貴族そのものに対する見方も変わってしまうだろう。


 自分フローリアンの行動によってどこまでの人が救えて、手が届かない場所はどこか。

 星の民という、ノトの国に轟く存在の影響力を、立場を、人々はどう見るか。勝利した彼の隣に、もし貴族の姿があればどう映るか。


 ドーリーは、フローリアンの心情を痛いほど理解できる。

 国を憂う、い人物であると評価している。


 それと同時に、エボニーの気持ちも理解できる。

 もしクラテルのホールで星の民エボニーの気持ちがあったなら、彼が思い描いた未来通りに物事は進んだのかもしないということも。それが決して実現しないということも。彼女は分かっている。


 ヒトのあやまちに第三者を巻き込んでしまっているのに、おんぶにだっこで物事を進めさせるわけにはいかないのだ。

 この世界はたしかにメインストーリーの続きであるが、星の民であるエボニーが望んだ、続きのストーリーではない。


 そう考える「炎と旅路のドーリー」が取るべき行動として、正しさの基準は酷く曖昧だ。

 神としての正しさを、今も自身が持ち合わせているのかどうかすら曖昧ではあるが、決断の時は一瞬のうちに過ぎ去ってしまう。


 彼女が見上げたのは、からっとした風が心地良い、星が散らばる夜空だった。

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