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五十四、要らない人たち。

 ノックの音を聞いたエボニーの手は素早くテーブルの上に置きっぱなしであった魔導書を求め、視線だけでルイーズたち三人をホールの奥へと下がらせた。クラテルの扉はノックの音が聞こえるような薄いものではなく、彼自身、室内に居て外界からの音を聞いたためしがなかった。


 外からの来訪者を知らせるためにクラテルに備わっている機能なのか分からずに咄嗟に動いた彼に、物知り顔でドーリーが前に出る。


「ドーリー」

「……大丈夫ですよ」


 咎めるようなエボニーの声に半身で振り返り、笑みを浮かべるだけで入口へと向かう彼女には不思議な圧があった。どこか懐かしくもあり、恐ろしくもあるそれ。体の奥がカッと熱くなるような感覚に、彼はどこか納得がいったようなものを覚えた。

 言葉にするには難しいが、一言で表すのであれば適切な言葉がある。


(……あぁこれがか)


 戦時に人が纏う威圧感であったり、殺気なようなもの。その場が、空気がもたらすその者の形を、彼は殊更に感じたのだ。

 ヴァイスが目を細めて放った大きな舌打ちを耳に残し、ドーリーの手によってクラテルの扉が開かれる。


 ホールには静寂と沈黙が広がるものの、それが扉の動きを阻害することはなかった。


 日が暮れ、空に星が輝く中でやって来たのは若い男と女が一人ずつに、その奥で深くフードを被った者が一人。体型から男だと判断できる彼ら三人とドーリーにどのような関係があるのかをエボニーは知らず、掲げられた魔導書を下げることはない。


 星の民であるエボニーの戦闘状態と、「炎と旅路のドーリー」の圧に圧倒されたのか、前に立つ若い男と女が言葉を話すことはなかった。正しくは喉に空気が詰まって僅かに変な音を立てたのだが、それを指摘するような空気でもない。

 代わりにというわけではないが、最初に行動を起こしたのは、彼ら二人を押しのけるようにして出てきた容姿の分からない男であった。


 フードを下ろした男の歳は四十前半と言った頃合いであり、外套の下から胸の前で組まれた両手の中から覗く聖印を見て、ようやくエボニーは魔導書を下ろした。


「「炎と旅路のドーリー」様、そして「杯と純潔のヴァイス様」並びに星の民様。この度は、このような時間の勝手の来訪をお許しください。私の名はザンクト・フローリアン。巡礼の徒でございます」

「とりあえず中に入りなよ」


 ザンクト・フローリアンと名乗った男をエボニーは知りもしなければ、巡礼の徒とは何かすらも知らない。少ない情報から分かる事と言えば、彼が教会の関係者であり、身に纏っている外套が「夜の外套」であるぐらいだった。

「夜の外套」を持っている。そして、使わなければならない程度には高い地位にいる。だからこそ彼は、突然の来訪者を迎え入れることにした。


 外から中へ。クラテルへと入った彼ら三人は、閉まっていく内開きの扉を避けるようにホールの半ば近くまで踏み込んだ。彼らと一番近い位置に居るのはドーリーであり、視線も自然と彼女へと集まる。

 しかして、そのことを彼女はこころよくは思わず、ただ静かに言葉を発した。


「ここの家主はでもなければ、ヴァイスでもありません。個人で調べてこの場へやってくるだけの意識があるのなら、まずは彼へと挨拶をするべきではないでしょうか」

「まさにおっしゃる通りでありまして……大変失礼をいたしました。お初にお目にかかります。星の民様」

「まぁ状況がお互いにあれだし歓迎は出来ないけど、ここに来た理由を聞こうか」


 エボニーはドーリーへ目配せをして問題がないのを確認し、フローリアンに先を促した。

 家主をないがしろにするのは侮辱にあたいするが、神の気に当てられて自分が思うようにいかないだろうことを、彼は簡単に想像できたのだ。

 フローリアンは一つ大きく息を吸うと、覚悟を決めた目で、真っすぐにエボニーを見やった。


「今日は、共に連れて来ている二人の事を星の民様にお願いしたく参ったのです」


 彼と共にこの場に居る二人の若者をエボニーに託すという、エボニーからしてみれば突拍子もない話であったが、フローリアンの言葉は続く。


「彼はアルベルト・ルーチェ。そして彼女はイザベラ・ザフートと言います。共に貴族家の出身で教養があり、ご迷惑をおかけすることは少ないかと……」


 ルーチェ家、ザフート家。どちらもエボニーにとっては聞き覚えの無い家名である。だが、ヴァイスはそうではない。「杯と純潔のヴァイス」に会いにエボニーが向かった先は教会地下の墓地であり、亡くなった貴族たちが眠る場所だ。当然、聞き覚えがある。


「貴族と言ってもあんたら分家の分家じゃない。それもデルソルとリッジのとこって」

「デルソル家当主の弟の次男の家がルーチェ家。リッジ家前当主の従兄弟の家がザフート家ですね」

「貴族家というか一族の家系って感じか」

「そちらの方が正しいような気もしますね」


 ヴァイスの言葉に補足を入れるドーリーにエボニーは素直な感想を抱き、ドーリーもまたそれに同意した。貴族は貴族であるが、下手をすると大手商会に負けてしまうような権力しか持っていないのだ。

 もちろん教育はしっかりとされているのだが、エボニーからすればその程度は義務教育で身につけるのと同等だった。


「で、俺に養えって?」

「明日の決闘の結果がどうであれ、教会に肩入れしている両家の立場は大きく変わってしまうことでしょう。そうなったとき、二つの家系からあらかじめ人を分けているのと分けていないのとでは大きく変わります。ですが、私に主家を動かすような力がある訳もなく、未来の一助となるため、こうして参ったのです」

「……うーん、遠回しに言わなくていいから、養えってことだろ?」

「…………人質としては劣るのでしょうが、相応の対応をお願いいたします。二人を養っていただけないでしょうか」


「人質ね」と呟いたエボニーが見たフローリアン、アルベルト、イザベラの表情は固く、彼はどう返事をしたものかと思案していた。

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