四十五、言葉の裏は儚く淀んで。
「なるほど」とエボニーの言葉を受けて返答したエグバートは思案するように手を動かした。「では昼までにこちらから連絡を寄越すとしよう」
エボニーが戦うことは彼も想定していたようで、特に渋るようなこともない。エボニーからしてみればそれが疑わしく思え、何か策があるのだろうかとエグバートに視線を合わせた。
エグバートは貴族だ。「使命と剣の賛歌」のクランマスターであり、職業が「星翠戒」であることからもファハドとの関係が窺える。
神殿では同クランに所属しているラウラ・デルソルとも戦っているエボニーが星の民であり、相応の戦闘能力を持っていることも伝わっているなら、あまりにも余裕が過ぎるのではないか。ヴァイスを神から下ろした力を警戒するのは当然であるが、不思議と彼の中に敗北の二文字が現れることはなかった。
ヴァイスが話が一段落ついたのを察して「それじゃ、あたしたちは通るわよ」と告げる。神殿へと向かうのだろう。
相手が貴族を代表して決闘を申し込んだのであれば、神殿へと向かうヴァイスたちを止める拘束力は弱い。
教会に肩入れしいている貴族と教会とはあくまでも別物であり、貴族は国に仕えているのだから、あまりにでしゃばるのは貴族も教会も面子に関わってくる。
貴族たちが、教会が喧伝している悪い噂を真に受けた体で動いているのであれば決闘で真実を聞けばいい。エボニーたちの体裁を考えて大人しくしておくようにとは言えても、神殿に向かうこと自体を止められはしないだろう。
国がエボニーたちの噂を消そうとしているのだから、あからさまに意に反する動きを取っていると謀反を疑われても仕方がない。
代理だとしても教会の代表としてここに居るのであれば、エボニーたちを犯罪者として捉えざるを得ない。教会がエボニーを墓荒らしだと言うのなら、その遣いであるエグバートも同じ意見でなければならないからだ。
拘束力としては強くなるし、神殿へと向かうのを止める理由にもなる。
だがそれは、決闘の結果次第で教会に対して口を出せることにも繋がってしまう。
エボニーにも非がないわけではないが、星の民に対する冤罪と、市街地での戦闘行為、ドラゴン種の装備についてなど、追及されてしまえば誤魔化しが効かないほどの余罪も出てくるだろう。
先に武器を抜いたのは教会の騎士たちであるし、同じ側に立っている以上、我々貴族は教会に騙されていて無関係です、は容易に通らなくなってしまう。
市民のことを考えて決闘を申し込んだのか、負けそうな教会を救うために決闘を申し込んだのか。
神殿に向かおうとするヴァイスに対する行動によって、ある程度立場をはっきりとさせる。狙ってやったのか、それほど一発殴りたいのかは分からないが、エボニーは素直に関心した。
決闘をどちらの立場で行うのかは別として、今ここにいるお前はどっちなんだ?
言外にそう言っているのだ。
しかして、この場に居るのは貴族だけではない。
「止まってもらおうか。ここで死ぬことになろうとも、先に進ませることは出来ぬ」
そう言ってヴァイスの前に立つ騎士の男は教会の騎士で、後ろには動ける騎士たちが並んでいる。
エグバートにはあえて口をださせず、正当性のある彼らだけで対応するのは何も問題がない。さらに、ここで再び戦うとなると、戦闘を中断させるために決闘を申し込んだエグバートの面子を潰すことになる。
上手くおさめられた形になってしまったが、それで終わらないのがヴァイスだった。
「ま、別に構わないけどね。決闘で色々とはっきりさせようじゃない」
「………………」
「しらは切らせないわよ」
「……私が質疑に応じることはない。信じるままに、あるだけだ」
「はっ、よく言うわ」
彼女は決闘の結果に無理矢理、教会を巻き込むつもりだったようだが、言質を取るまでにはいかなかった。相手もある程度のやり取りが出来るのだろう。これ以上粘っても無駄だということを悟ったヴァイスは行き先を変更したようで、エボニーたちに付いてくるように目くばせを行う。
どこに向かうかも告げず先へ先へと歩いて行くヴァイスの背中を、エボニーが寂しく感じたのは気のせいではないだろう。
広場に集まった者たちの会話はこれ以降なかった。
ヴァイスの向かう先を見て何となく察したエボニーは、彼女へと声をかけた。教会に居た彼女と、教会の騎士との会話があまりにもいたたまれなかったのである。
「王城に向かうのか?」
「それ以外どこに行くのよ。あんたが説明が必要だって言ったんじゃない」
「まぁ、そうだけど……」
「なによ」
「いや別に」
「……あたしに哀れみなんて要らないわ」
「そんなつもりじゃないよ」とぶっきらぼうに言ったエボニーを一瞥したヴァイスは、少しだけ歩幅を小さくしてエボニーとドーリーとの距離を縮めた。
エボニーは(神の考えてることはよく分からないな)だなんて思いつつも、しっかりと痛む胃を軽く押さえて(かわいそうだ)と思っている自分を責めた。彼自身が悪くないのだとしても、今はこの痛みが必要なのだろうと、そう思うことしかできない。
ドーリーも、ヴァイスも。SSSとは違った意味で、神は人とは離れている。
世界を知って、現状を理解していくたびに彼の中でこの痛みが増えていくのだとしても、元の世界に戻る手がかりを持っていそうなのは神しかいない。接触が避けられないのなら、痛みに慣れてしまうしかないのだろうか。
エボニーが見上げた空はいつも通りに朝を告げる。彼らを遠巻きに見る市民たちを居ないものとして視界の端に映す彼は、白と黒の王城だけにピントを合わせて静かに歩いていくのだ。




