四十四、政変の一手。
「衛生兵」から派生する最終職は、槍を使う「天舎那」。そして提灯を使う「寿魂棺」である。
提灯を掲げるヴァイスの職業は対応するものへと成っており、スキルの発声が広場に響いた。
「召喚:ブラックドッグ」
「騎兵」系の職業とは異なる「寿魂棺」の召喚スキルは、敵を倒すためだけに呼ばれる使い捨ての召喚獣である。
発生から召喚までの時間が早く、自立して行動できるという利点が「騎兵」の馬との差別的であった。黒い体に深紅の瞳をした大型の犬の総数は五。ヴァイスの影が蠢いてブラックドッグを吐き出すさまは気持ちの良いものではなかったが、戦いが始まった以上、エボニーもうかうかはしていられない。
あえてキリの召喚をせずに距離をとろうと動いて間もなく、五頭のブラックドッグが動き出した。
まずは近い相手からと言わんばかりに、素早く地を駆けて騎士へと体当たりをしかけて押し倒す。鎧の薄い部分に牙を突き立てては次の得物へと飛びかかり、ブラックドッグの駆けた後には血の足跡が残る。
遠巻きに聞こえる悲鳴や、窓の閉まる音を聞き流し、ヴァイスは続けて口を開く。
「……ジャッジメント」
ヴァイスが持つ提灯の中で揺れる炎が雷のように姿を変え、次第に大きくなっていく様子に危機感を覚えたのだろう。ブラックドッグを一旦放置して動き出す騎士を的確に足止めするエボニーは、この一撃で戦いは終わるだろうことを予感していた。
ジャッジメントは発動までに時間のかかるスキルであるが、「寿魂棺」の中でも最後の方で手に入る広範囲攻撃スキルである。属性は雷であり、騎士たちの鎧では防ぐことが出来ないのを分かっていたからだ。
だからこそ、騎士の一人から広場に広がる声にエボニーは身構えた。
「勲騎士」がスキル「サザンクロス」で大型モンスター五体に止めをさし、特別な宝石を持った状態で特定アクションを行うことで至る最終職。職業名と同じスキルを与えられ、同じ職業についてたファハドとの戦いでは見られなかったその名は──
「──グランドクロス!!」
提灯から四方に飛び散る白い雷電から騎士たちを護るように、八つに重なった巨大な斬撃の波が真っ向からぶつかり合う。
雷が斬られ、弾かれ、逸れて地を砕き、大地を焦がす。両者はしばらくの間拮抗しているかに思えたが、グランドクロスの方が威力が高い。ヴァイスも威力の差を分かっているからか距離を取ろうとするが、回避が間に合うかはギリギリである。
エボニーから彼女までは遠く、今からエボニーのスキルでグランドクロスを相殺するには時間が足りない。迫りくる斬撃にヴァイスはこれでもかと口噛むが、彼女の四肢が失われることはなかった。
「助かったわ」とヴァイスが顔を向けて声をかける先に居るのはドーリーだ。「遠距離職なのに前に出すぎるからですよ」と言って抱えていたヴァイスを下した彼女は「厄介ですね」と呟いた。
「この中で誰が前を張れるのよ。ドーリー、あんたが戦う気ないからあたしが前出てんのよ」
「騎兵銃を持ってこさせたのは貴女でしょうに」
「あいつはあれでいいのよ。ただの弾チク野郎に用はないんだから」
「ええ。分かっていますよ。それで、彼の相手は誰がするのでしょうか」
ヴァイス、ドーリーへと一度合流したエボニーと彼女たちの視線の先に居るのは、一際威圧感を放つ防具に身を包んだ騎士であり、ヴァイスのジャッジメントを打ち払った「星翠戒」である。
「我が名はエグバート・リッジ!冒険者ギルド、クラン「使命と剣の賛歌」のクランマスターであり、リッジ家の次期当主である!!かような市街地でこれ以上の人死を許すわけにはいかぬ!我が名において、ここに決闘を申し込む!!」
一団から一人離れて前に出てきた男の口上にヴァイスとドーリーが顔を見合わせ、エボニーは「リッジかぁ……」とぼやいた。リッジ家はSSSでも「歩兵」系貴族の名家である。「使命と剣の賛歌」のクランマスターと言われても、なんら違和感はなかった。
問題があるとすれば、この決闘を必ず受けなければならない、ということだろうか。
有力貴族からの決闘を断っていいことが起こるとはエボニーは思わなかった。教会は大きい組織であるし、市民からこの事件を見てエボニーたちが悪者に映る可能性だってあるのだ。少し距離を置いて戦っていた彼は、慌てて逃げ出す市民の姿が見えていた。背後で飛び火に気を付けている兵士たちのこともある。
「星の民、あんた戦いなさい。そっちのが分かりやすくていいわ」というヴァイスにエボニーは露骨に顔をしかめる。薄々分かっていたとはいえ、ドーリーもヴァイスの提案に口を出すつもりはないようだった。
「……決闘は一対一。そうだな、ハンターギルドの訓練場を使わせてもらえばいいだろう。敗者は勝者の条件を呑む。それでいいだろう?」
エグバートが反論は認めないとばかりに条件を告げるが、そこにはドーリーがしっかりと口を挟む。
「貴方は貴族の代表として戦うのしょうか。それとも教会の代表ですか?」
「それは私が決めることではない。ここでの戦闘を止めれば、一先ずはよいのだ」
「そうですか」
ドーリーは興味をなくしたのか、エグバートから視線を外し、エボニーへと先の会話の内容を伝えた。貴族にありがちな遠回しな発言をエボニーは理解できていなかったが、何か含みがあることは感じ取っていた。
「彼が教会に肩入れしている貴族の代表として戦う場合、教会の内部に関する込み入った条件を出すことは出来ないでしょう。そして、相手が求める条件とこちらの条件をある程度は同じほどにする必要もあります。決闘はエグバート・リッジの名前で行われますから、先方から先に条件出すのが筋かと」
「責任逃れが得意な小物の戯言よね」
「勝てばいいのですよ。……貴方様の敵ではないでしょう?」
「そうね、あの日見たあんたが今もそこに在るのなら、予め決まっている戦いよ」
エグバートに聞こえぬように少しばかり声を落としての会話であったが、二柱の神の言葉は重たく彼に沈み込んだ。だが、その中に自分を高揚させる熱があるのを感じて、己の手に握られた騎兵銃をゆっくりと握り直した。
あの日、ドーリーを、ヴァイスを打ち倒した日のことなら、エボニーも忘れてはいない。自身が持てる全てをかけ、勝利をもぎ取ったのだ。忘れるはずもない。
感覚として残っている成功体験。それを発揮できるかどうか。手元にはコントローラーも、攻略法をまとめた自筆のメモもない。
人と戦うのだから、神との戦闘とはまた異なったものになるのは当たりまえだが、モンスターと戦うことを前提として作られたSSSで、人と同じ姿で戦えるのは一部の神だけである。ノウハウがまったくないわけではなかった。
「分かった、俺が戦うよ」
エボニーの言葉が、静まり返った広場に広がった。




