三十九、人の力。
召喚スキルが使えなかった「竜騎兵」が放った魔力弾をエボニーが切り飛ばした。一人が前に出ている間にもう一人が召喚スキルを使う立ち回りであるのはエボニーもすぐに分かったが、(今更召喚するより走って逃げた方が速そう)と、頭の片隅に浮かばせるだけで行動は特に起こさなかった。
まずは目の前の一人へ。今の装備は「星翠戒」向きではないが、別段、問題もない。
「スターロード」
スキルによって距離を詰めるエボニーに相手からの魔力弾が当たるが、元よりヴァイスとの戦いを想定している彼にダメージはほとんどなかった。
「ふっ!」
スキルを使わずに振るわれた剣は刺客の外套もろともに金属を潰す感触があったが、彼はそのまま構わずに剣を振り切った。
変に歪んだ鎧が刺客の体に突き刺さったのだろう。喉に血が詰まって溺れるような音がエボニーの耳に届く。
(あと一人か)と思ったその瞬間、彼の視界は真っ赤に染まった。
体が痛みと熱さでピクリと反射で動くものの、騎兵銃での攻撃だと理解すれば、彼の心は酷く落ち着いた。
「火の属性弾…………」
火の噴出は一瞬だった。焦げ臭い髪を手で払っていると聞こえてくる、馬の蹄の音。どうやら彼の元へ近づいて来ているらしいそれは、血を吐いている刺客の手を引いて無理やり馬上に引き上げ、横を勢いよく過ぎていった。
人の足では馬に追いつくことは不可能であるが、まだ攻撃は届く距離だった。手早く西洋剣から短弓に持ち替え、職業を戻す。
「星翠戒」から「弓兵」の最終職の一つ、「弓月司」へ。スキル詠唱の声だけが響く。
「メイジャイスビーク」
「属性付与」によって、光り輝くそれはまさに月光のように一直線に刺客の背を追い、食らいついて、追い越した。
それはさながらエボニーから伸びる針のように。
神官の啄みが相手を穿ったのである。
肉体に穴を開けた刺客は落馬し、血と肉とが地面にぶつかる音が二人分エボニーの耳に届いた。
騎手が居らずともしばらく走る馬を見て彼は顔を顰めるものの、スキル使用者が死ねば召喚物も自ずと消える。光の粉として宙に溶けて消えていくのは寂しいものだ。SSSで自身の死と共に俯瞰した映像を見ていた彼が、騎兵銃を愛用していた彼が、何も思わないわけがない。
無言ではあるが、彼の苦虫を噛み潰したような表情を見れば、察するのに苦労はない。
そもそもとして、馬の名前に同じ名前を付けている時点でいい気持ちはしない。自らの手で人を殺したというのもない混ぜになり、混沌とした感情を胸に抱えたまま、エボニーは武器を収めた。
拍手をしながらエボニーへと歩み寄るドーリーに彼は目を細め、一度視線を切って一緒に居たはずのヴァイスを探せば、クラテルへの扉に背を預けられていた。
(ちゃんとみといてくれよ)とは思うものの、いちいち言葉に出す元気もない。重たいため息がでるばかりだ。
「お見事でしたね」
「別に。ドーリーならもっと上手く戦えるだろ」
「弧には殺すか生かすか。そのどちらかしかできないでしょう。人は脆く、戦うには少しばかり物足りないものですから」
エボニーはドーリーの物言いに肩を竦めた。彼女はきっと恐ろしいことを言っているのだろう。それが分かったとて、どうこうする、という選択肢がないものだから、彼は何も言わずに無言でいるのだった。
短弓を背中へ背負い、彼はヴァイスの元へと歩いていく。もはや倒した相手に興味もないような行動にドーリーは笑みを深め、エボニーの背の三歩後ろを追った。
クラテルに背を預けられたヴァイスを拾い上げたエボニーが感じるのは、改めて感じるの彼女の体の軽さであり、世界に巻き込まれた者としての同情である。
戦闘での意識をそのままにしている彼の気配は鋭く、刺客を縛り上げている兵士二人がエボニーを二度見する程度には研ぎ澄まされていたのだ。
もう帰って寝たい、というのが本音であるエボニーだが、このままで終わるわけがないというのも分かっている。
教会に対して、クランに対して、貴族に対して、国に対して。何かしらのリアクションが必要なのは、当たり前のことだ。
ヴァイスのことを教会に説明させるのか。神殿に侵入したことを咎められるのか。たとえ、教会側が悪いのだとしても、恐ろしいものは恐ろしい。
星の民と呼ばれようと、人は人である。心から、神にはなれない。
「もう寝るよ。また明日、詳しく事情を話すから」
結果として、彼が選んだのは後回しにすることであった。
謝らないといけないのだとしても、それは当事者が全て集まった場である方がいい。ならば、しかるべき場所で頭を下げよう。
エボニーは声を落とし、クラテルの中に戻った。
建物の中はやはり暗い。夜も深く、人気のない建物は主を歓迎するが、いかんせん寂しかった。
そこを照らすドーリーから放たれた火の玉で彼はドーリーが一緒にクラテルに入ってきたのを知った。「どこで寝るつもり?」とエボニーが尋ねれば、彼女は「どちらでも」とだけ答える。
「床でも廊下でも。貴方様の好きなようにしていただければそれで構わないのです」
「いや、好きなようにって」そこでエボニーはヴァイスを抱え直し、自室へと続く階段を登り始めた。
ベッドはヴァイスに使ってもらいたい。彼自身、最悪は床で寝るつもりであったが、ドーリーも同じように、というわけには行かない。神に対して床で寝ろだなんて誰が言えるだろうか。
「ヴァイスと一緒にベッドで寝る?」
「家主の貴方様がそう言うのであれば弧は従うだけでございます。弧としてはお疲れでしょうから、ベッドで寝て欲しいのですが……」
「この状態のヴァイスをそのままってわけにも行かないだろ」
「言っておきますが、ヴァイスは既に神ではないのですよ……?貴方様を元の世界に送る力など持ち合わせるわけがないのです。気にする必要はないのではありませんか?」
「神は神だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
エボニーの言葉にドーリーはそれ以上何かを言うことはなく、二人の僅かな足音だけが響く。




