三十六、もう一人の最終職。
夜の街を走るエボニーはクラテルへ帰ろうと走っていたが、ふと思いとどまって路地の奥地で休息をとっていた。ラウラが出てきたということは貴族が動いたということであり、このままクラテルに戻れば言い逃れは出来ないと考えたからだ。
ヴァイスが目覚めてくれれば全てをひっくり返す証言も得られるのかもしれないが、当の本人は未だ眠りこけているまま。迂闊に動くことが出来ない状況だった。
ラウラの雷槍へと蹴りあげた後からズキズキと痛む脚を抑えて回復薬を一つ煽り、彼が息を漏らしたとこで闇夜の中から声が聞こえてきた。
浮浪児や小動物のそれでは無い、はっきりとエボニーを認識した声だ。
「まさかこんな形で会うとは思っていなかったが……」夜に溶け込むような声の主の装備には見覚えがある。「深き世界の雷獣」の防具は今日見たばかりだ。多少形は違えども、見間違うはずがない。
「貴族ってのは家長に表立って抗えないもんでね」
エボニーの前に立ち塞がったのは「使命と剣の讃歌」に所属するファハド、その人だった。
「その娘がどこの誰かだとかは知らないが、仕事なら仕方ない。全力で行かせてもらうぜ」
「くそっ」とエボニーは悪態をついて短弓を構えた。休憩のためにヴァイスを降ろしていたので咄嗟に動くことが出来たが、限られた戦闘空間での戦いを強いられるのは単純に立ち回りが難しい。
ファハドが取り出した武器の形をエボニーははっきりと確認は出来なかったが、西洋剣であることは分かった。
(西洋剣……職業は「勲騎士」か。相性は悪くないはずだけど…………どうくるか)
弓と剣とでは武器の間合いが違う。エボニーは近寄らせないぐらいは出来るだろうと、ファハドが動いてからスキルの発動を行おうと考えていた。だが、彼は真っ先にスキルを使うべきだったのだ。
「スターロード!」
「なっ……!?ベリッ!」
ラウラ・デルソルが最終職に就いているなら、彼女と似たような立場のファハドが最終職に就いていないという道理はない。伊達に「使命と剣の賛歌」の副マスターを任されてはいない。彼が使ったスキル名で最終職に就いているのに気がついたエボニーであったが、少し遅い。
走るのよりもはやい速度で対象へと移動するスキルにエボニーもスキルを合わせようとするものの、発動は間に合わなかった。最速でスキルが発動できるのは刀であるが、西洋剣もまた刀と同じく「歩兵」の括りであり、発動速度は速い部類になる。
「ぐっ!」ファハドの剣をエボニーは弓で受け、押し負けそうになるのをぐっと堪えて先ほど使えなかったスキルを使った。
設置型スキルとしてお世話になっているそれの設置場所は、ファハドの真後ろだ。「ベリアル!」唱え、スキルが起動したが、ファハドからは死角になるため何が起こったかを確認することは出来ない。両者に走る緊張そのままにエボニーは蹴りを繰り出し、「属性付与」によって光るそれを警戒してファハドは後方へと飛んだことで回避とした。
だがそこにはエボニーのスキルである「ベリアル」が待ち構えている。
スキルを踏もうが踏むまいが一定範囲に入れば発動するのがSSSの設置型スキルの特徴であり、ファハドは空中に縫い留められるように行動を止められてしまう。
「おいおいおい!!」ともがこうとするが、彼の体が動くことはない。このまま殺してしまうというのもエボニーの脳裏によぎったが、彼は武器をしまい、ヴァイスを抱えなおして走り出した。
「どうやって俺を見つけたんだ……、これならクラテルで籠ってた方がマシか。明らかに不審者だけど、クラテルに入ったら一先ずは息がつける…………後はヴァイスが目覚めてくれれば……」
彼は自身が抱えているヴァイスを見るが、相も変わらずヴァイスが目覚める様子はない。神であるために体力が低いということはないのだが、エボニーは墓所で何が行われていたのかも分からない。
体力を回復するための薬はまだ余裕があるが、はたして神にも効果があるのだろうか。だが、もし効果があって神が味方になるのなら心強くもある。
「一か八かか」と、エボニーはファハドの例もあって追手を気にしながら手早く袋を取り出した。ドラゴン種由来の丸薬は飴玉ほどの大きさがあるため、彼はそれを指で潰してから少しずつちぎって彼女の口内へとねじ込んだ。
SSSでは食べた瞬間に効果を発揮したが、寝ているのが悪いのか、神なのが悪いのか、なんにせよ、ヴァイスがすぐに目を覚めることはなかった。
「まぁそうか」と声には出すが、声色にどこか落胆のそれが含まれているのは仕方がないだろう。やっていることが犯罪であるのは理解していたが、ここまで行動が早いとは思ってもみなかったのだ。
彼自身、己が甘いという自覚はある。だが、元の世界に帰るための何かを得るには神が一番の有力候補であり、妥協は出来ない。どうしようもない衝突だった、という言い訳はすぐに浮かんできたが、こんなところで言い訳をしても仕方がない。
エボニーはため息を一つ吐いて、何か言及されるようなら素直に謝りに行こうと思ったのだった。




