三十五、天舎那の雷槍。
「ファラリス!」
槍を持つラウラが穂先をエボニーに向けて指し示せば、彼女の眼前に炎で出来た牡牛が現れ、エボニーに対して突進を始めた。
モンスターの体勢を崩し、火属性の継続ダメージを与える効果があり、相手のスキを見て使われることが多いスキルだ。
まともに受ければ、周りの人間にたちまち取り押さえられてしまうだろう火牛は既にエボニーの目の前まで来ている。武器による迎撃は間に合わないし、ヴァイスを抱えているために出来ない。
(スキルの選択と発動タイミングが上手いな……!)
飛び上がって火牛を避けたエボニーは脳内で次の動きを組み立て始めているが、如何せん相手の数が多すぎる。攻撃だって、一度避けて終わりという事はないのだ。
「呪術兵」のズーハンによるデバフから始まり、「魔導兵」「猟兵」など、遠距離から攻撃が出来る面々からの攻撃全てを避けきることは、いかなエボニーとはいえ不可能である。ダメージをくらう覚悟を決め、ヴァイスを庇うようにして、飛んできた火球の一つへと向かって走り出した。
ゲームのように回避モーションに一定の無敵判定があるわけでもなければ、痛みだってリアルに感じる。だがこの世界がゲームではないからこそ、出来る行動だってある。
ノックバックを自らの体幹と気合と根性である程度乗り切れるのならば、ここで捕まるよりかはマシだろう。そう思って火球へと突っ込み、炎をかき分けて走るエボニーは「あっつ!!」と声を漏らした。
そんな彼の姿を見て大半の冒険者たちは怯んだ。攻撃スキルのどれもは、最低でも二発当てると小型モンスターを確実に倒すことが出来るからであり、「あっつ!!」だなんて簡素な悲鳴で終わらせてしまうのは人間かどうかを疑うレベルであるからだ。矢に関してもエボニーに当たる気配はなく、軌道がはっきりと目に見えているのか時折気持ち悪い動きもしていた。
これがドーリーに対して装備していた火竜一式なら火の熱さを感じることもなく、布装備以外であれば矢だって避ける必要すらなかった。この世界の一般冒険者と星の民であるエボニーの装備の差は想像して余りあるほどで、ある意味、正しい結果とも言えるだろう。
しかして、彼に対して怯みはしたものの、次の一手を真っ先にうった冒険者が僅かに居た。
ズーハンとラウラ・デルソルである。
ズーハンはエボニーの強さを知っており、自らが放った妨害スキルがあまり効いていないこと、火球に向かって走っていったことを合わせて、この結果を予想していた。
対するラウラがなぜ素早く動けたのかと言うと、神殿への侵入者を捕縛するために実家の方から圧力をかけられたことで警戒していたのだ。仮にもデルソル家の令嬢である彼女を本気で戦わせるという普通であればあり得ない事態に対して、実に冷静に動けていると言ってもいい。だからこそ、必要な部分では冷静な部分で物事を考えられている今回は、余計に最悪だった。
(私のスキルを的確に避けて火球を避けもしないだなんて……、とんでもない相手ですわね……)
一等星冒険者であるという自負と、脳に入ってくる現実とが奇妙なバランスを取っているのは、あまり気持ちの良い感覚ではない。一先ずは、とラウラは槍を改めて握りしめでスキルを使った。
「……ヴァジュラ!!」
武器に雷を纏わせて強力な一振りを行うスキルであるが、依然エボニーの動きは止まりはしない。
ズーハンの妨害スキルが発動しているのはラウラも確認しているが、単純な身体能力が違うために効果が見えにくいのである。大型モンスターの攻撃ともその気になれば打ち合えるのだから、中間職のスキルで彼の足を止めることは出来ない。
「これで止まっていただきますわ」
「……っフン!!」
雷光がラウラとエボニーの距離を正しく示し、衝突の瞬間を眩しく彩った。
ヴァイスを抱えているためにエボニーは短弓を使うことが出来ない。ならば、ヴァジュラ発動中の雷槍は何とぶつかったのか。
彼女はその答えを知りつつも、あまりの結果に信じることが出来なかった。まさか雷を纏った武器に蹴りを合わせられて相殺されるなんて誰が考えるだろう。
「嘘でしょう!?」
ラウラの驚愕の声に合わせて、「属性付与:奇跡/神秘」によって白く光るエボニーの脚が弾かれた。普通にヴァジュラと正面からぶつかって押し負けたのである。エボニーの顔も痛みによって歪んでいたが、面頬によってそれが外にバレることはなかった。
彼女が驚いたことで動きが止まってしまえば、身体能力に勝るエボニーの独壇場である。ラウラとエボニーが肉薄していることで冒険者たちは攻撃に移ることが出来ずにいる者が殆どであったため、エボニー自身に心の余裕が出来たのも大きい。
サイクロプスとの戦いでも使用した設置型のスキルなど、武器を持っていない状態でも発動できるスキルを上限まで使用し、ラウラの脚を掬いあげるようにして蹴り上げる。後は、適当な窓を蹴破って外に出ればいいだけだ。
去り際に振り返ったエボニーが見たのは、無表情で立ち上がろうとするラウラと、困惑の表情を浮かべたズーハンだった。
「衛生兵」から伸びている職業系統樹の最後の一つ──「天舎那」。
ラウラのプライドは、正しく天から地へと落ちたようにズタズタだ。それを顔に出さないのは彼女が貴族であるからか。何にせよ、神殿内での攻防はエボニーの圧勝である。




