三十四、安寧の中で。
闇の中を全速力で走るエボニーを見つけることは難しい。物理的に足が速くて追いつけず、一度見失うと「夜の外套」の効果で隠れられる。エボニーは途中でズーハンのクランメンバーらしき冒険者とすれ違ったが、彼が息をひそめて影に重なれば見つかることはなかった。
目的であるヴァイスの居場所を彼ははっきりと知りはしないが、おおよその検討はつく。戦闘導入ムービーを参考にすれば、地下への入口は案外すぐに見つけることが出来た。一般人が入ることが出来ず、それなりに広い空間で、警備のために立っている人間が他の場所よりも多い。そういった場所は多くなく、一通り神殿内を走り回れば十分だったのだ。
(何か動かさないと行けないようだったら大変だったな)
彼は独り言ちつつ、意識して探さなければ見つからないような螺旋階段を下りていく。王族や貴族の安寧を守るための墓所であるためか道は広く、見通しも悪くはない。人の気配に注意しながら地下へと降りていけば自然と壁に掲げられたロウソクの数も減り、螺旋の段が切れる頃には完全な闇が辺りを支配する。
だが、導入ムービーでも主人公が灯りを持って地下へと潜っていたのを知っているエボニーに抜かりはない。魔力を通すことで一定時間の光を発生させる「魔光石」を起動させつつ、「魔光石」を布で覆って一方向だけに光が届くように細工した。
(ここからは一方通行だと思うんだけど……)
彼の記憶にある限りでは真っ直ぐな通路が広がっているはずだが、いよいよ墓所に続く扉を開けて実際に目で見てみれば、分かっていても恐ろしいのである。
淀んだ空気とでも言うのだろうか。一つ二つ空気の温度が下がったのをそういったように感じ取っているのであれば、あまり良い予感はしてこない。少なくとも、神が護っている雰囲気ではなかった。
しかして、足を進めない事には何も始まらない。時間がないのは依然変わらず、一本道に居るのもあって誰かに見つかればゴリ押しをするしかなくなってしまう。エボニーは鋭く息を吐いて足早に走り出した。
四人が余裕を持って歩ける程度の横幅で、高さは三メートルほど。「魔光石」で先を照らしてもなお暗闇が続く通路には理解が出来ない複雑な文様が描かれており、墓地の雰囲気を殊更に恐ろしいものにしていた。
文様が導入ムービーにあったかどうかを確かめる心の余裕も時間もなく、脇道がないかどうかだけを確かめながら走り続けること三分。エボニーは墓所の最奥へと出た。
柱が林立する一室は体育館二つを余裕で超えるほどの大きさで、施された装飾は地上部よりも凝ったものが多かった。「魔光石」を覆っていた布を外してみれば、光が通って見えていなかったものが見えてくる。
部屋の真ん中に設置された祭壇には神像があり、足元にある石棺は王族のものだろう事が予測できた。周囲にも等間隔で石棺が並び、中が空なのだろう物は蓋がされてずに穴をさらけ出している。
そして本来であればこの場に居るはずの「杯と純潔のヴァイス」の姿を彼は見つけることが出来なかった。
「おい……嘘だろ」
変わりに彼が見たのは、神像の真上にこれ見よがしに吊られた大きな繭だ。
「蜘蛛……じゃない。あり得るか、どうなってるんだ」
エボニーはどうにか短弓を構えはしたが、攻撃をしてもいいものかと悩んでいた。「魔光石」の光を浴びて仄かに光を放つ繭の中に何が居るのか。
順当に考えれば「杯と純潔のヴァイス」であるのだが、彼が知るヴァイスは蜘蛛のように糸を使ったりはしない。
(虫なら逃げる!虫なら逃げる!)彼は強く願いながら短弓を放ち、魔力矢は繭のど真ん中に突き刺さって穴をあけた。
思っていたよりも手ごたえの無い結果にあっけにとられたものの、僅かに穴から見えたものにエボニーは慌てて矢を放った。狙うのは、天井と繭との境目である。
「くそっ……どうなってるんだ。あれはどう見たって…………」
「ヴァイスじゃないか」エボニーの言葉と、繭が落ちてくるのは殆ど同時だった。
繭は神像の頭に大部分が引っ掛かり、中身の自重によって縦に細長く伸びる。あまりの気持ち悪さに彼は一瞬手を出すのを戸惑ったが、どうにか魔力矢の威力を調整しながら大きな穴を穿つことが出来た。
繭の中に居たのはエボニーの勘違いでもなんでもなく「杯と純潔のヴァイス」その神であり、繭の中から引っ張り出したところで繭は光を失った。
「ヴァイス、ヴァイス!起きてくれ……!!」
目を閉じ、静かに横たわる姿はいっそ神秘的であるが、謎の液体で濡れているのが生理的嫌悪をもたらす。彼がどうにか対応出来ているのはヴァイスが男神ではなく女神であるからであり、庇護欲を誘うような小さな体躯であるからだ。
胸が規則正しく上下しいることからどうにか生きているのは分かったが、それでも安心できないエボニーは首と手首の脈を取り、自身の「夜の外套」を脱いで彼女へと纏わせた。
(どうする、どうする、どうする。繭の光が止まった、誰かが来るのは時間の問題だ。「夜の外套」も無しに神殿を抜けられるか……)
体温はこれ以上ないほどに上昇し、自身の心臓の音も煩い。ここからどう動けばいいのか。答えが出るよりも先に、体が動いた。
戦闘の一切を諦めて短弓を背負い、中学生ほどの体躯であるヴァイスを胸に抱いて一目散に走りだしたのだ。
「魔光石」を握りしめてどうにか夜目が効く階段まで到着すれば、「魔光石」の役目は終わりである。その辺に手放し、エボニーは身に余る身体能力でもって階段を駆け上っていく。自らの腕の中で眠るヴァイスに衝撃を与えないように出来る限り配慮されたそれは、彼の足音も合わせて抑える。
ロウソクの柔らかな灯りが増え、階段の終わりが次第に見えてきた。体を動かしている中で、思考も少しは落ち着いてきたように感じていた彼は、モンスター相手に感じるような直感をもって待ち伏せされているのを知り得た。
敵愾心とでも言うような、若干肌を震わせる自らの感覚を信じて、首元で余裕を持つ布地を顔へと引き上げた。頭装備として戦闘時に目元から下を覆ってくれる面頬もつけているが、彼なりに念には念を入れたつもりだった。人間相手に戦闘状態に入ったと認識されるのか不安だったのである。
階段の最後の一段を飛び上がるように蹴った彼が目にしたのは、一級冒険者にして貴族、ハンターギルドトップクランに所属し、ピュアホワイトの鎧を着た人物──ラウラ・デルソル。
そして、多くの「使命と剣の賛歌」のクランメンバーたちと、エボニーがスキルによって無力化したズーハン、ズーハン率いるクランメンバーたちだ。
エボニーの面頬が起動して顔の下半分を隠すのと同時に彼の耳に届いたのは、ラウラ・デルソルによるスキル発動を意味する、見知った言葉であった。




