三十三、夜に輝く。
ノトの国の首都ゴールドバレーに存在する、一般的に教会と呼ばれる組織。SSSのメインストーリーでも絡んでくる彼らは、人間とドラゴンとが争い始めてから歴史に名前を残し始めた。各種フレーバーテキストや、公式の生放送、「SSS丸わかり電子アートブック」にて触れられ、この世界において非常に大きな存在であるのは言うまでもない。
今までは教会関連の建造物を避けていたエボニーではあるが、目的の場所自体は頭の中にあった。主要施設であるためにゲーム内でも訪れた回数は数え切れず、教会でしか買えないアイテムも存在しており、お世話になったのも確かだ。広大な敷地にそびえる神殿を目の前にして、犯罪を犯すのだという罪悪感もある。
だが、目的のためには足を止めるわけにもいかない。迷う時間も集中しきった彼には必要ではなく、足早に神殿の中へと進んで行く。
誰に何を憚る必要もない。神に会いに行くだけだ。
神殿の装飾は星の民の輝きを一層強めるためにあるのだと言わんばかりに、彼の足は迷いがなかった。
高い天井の下、星が描かれた礼拝場を抜け、大きな絵画の横を過ぎる。五柱の神と星の民とを抽象的に模した聖餐の絵を一瞥して、彼は記憶通りに神殿内の一角、その入り口へと辿りついた。
(一等星冒険者か高位貴族だけが入れる「洗礼の場」……、まぁ何かあるかと言われると何もないんだけど)
アーチ状の入口の両脇を神殿騎士にう護られた洗礼の場にあるのは、五柱の石でできた神像と、神像に囲まれるように位置する丸い台座である。「SSS丸わかり電子アートブック」には、職業の三段階目が云々と長々と書かれていたのをエボニーは思い出しつつ、一先ずはこの場所で時間を潰すことを決めた。
一般の立ち入りが許されておらず、尚且つ神殿の入口までの距離もある。帰る振りをして影に隠れるのは造作もないことだった。
神殿の大部分は陽の光が入ってくるように計算されて作られているとはいっても、夜に入ってしまえば全てを照らすなど出来るはずもない。既に薄暗い光にエボニーは目を細めて、一先ずは面識のあるドーリーに対して祈ることにした。
(時間を潰すとは言っても祈ってるフリをするだけなんだけど、ドーリーは声が届いてるみたいに言ってたからな……)
あまり変な事は言えないな、とそれっぽく祈りのポーズをとってみても、彼女に特に何か伝えておくこともない。無理に何か伝えるとしても、元気にしているかだとか、世間話ぐらいだろうか。
(もしもし、ドーリー。聞こえてるか?…………いや、聞こえてても返事が来るとは限らないのか)
神からの言葉など神託としてありがたがられるものであり、簡単に言葉が返ってくるはずもないかと、そう思った時だ。案外、軽い調子で聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『これはまた珍しいこともあったものですね。まさか貴方様から弧へとお言葉をかけてくださるとは』
(少し時間が出来たから試してみたんだけど、本当に声が聞こえるんだな)
『こういった行為は信仰によって起こるものですから、ある程度信仰を受けている存在同士であれば声が聞こえることもあるのでしょう。このように会話という形をとっているのは弧も初めてでして、上手く説明が出来ないのですが……』
(信仰なぁ……、星の民への信仰が俺に来てるならそうなのかもな。神同士で会話したりしないの?)
『神という括りであってもそれぞれに異なるものでありますし、波長が違うと言われてしまえば、まぁそういうものなのかな、とも思いませんか?』
(たしかに)
エボニーはSSSで出てくる神の情報は知っているが、神そのものについて知っているわけではない。神とはどこから生まれたもので……だとか、そんな話を始められても分からないのである。
神が出来ないと言っているのなら、それ以上聞くことも無い。その後も他愛のない会話を続けていき、不意にドーリーは「時間ですか」と続けた。「貴方様にお客様のようですよ」
(客?)と訝しむエボニーの耳に届く足音で、彼は誰かがやってきたのだと分かった。この部屋に入ってこれる人物は限られているため、顔見知りである可能性は高い。
エボニーは(機会があればまた話そう)とドーリーへと告げ、立ち上がって来訪者へと向き直った。
オレンジの短髪で動きやすいながらも魔術に携わるのだと一目で分かる装備に、腰に下げられた「標の杖」。彼は咄嗟に名前が思い出せなかったものの、どうにか記憶を辿って彼女の名前を探り当てた。
「……ズーハンだっけか」
「へっへっへ。覚えててくれてよかった、忘れられたかと思ったよ」
「何の用だ?」
実際に忘れていたエボニーはズーハンの言葉に応えず、言外に「またストーカーか?」と伝えたが、彼女は苦笑して首を横に振った。
「違う違う。私のクランがこの神殿の夜間警備をしてるの」
「そりゃご苦労だな」
「で、そろそろ時間だから帰ってほしいって話なんだけど……」
「あぁ、そういうこと」
「私の力でどうこうできないのはもう分かったから、自分で動いてもらえて本当に助かるよ」
以前会った時とは違い、どこかよそよそしい空気を感じさせるズーハンにエボニーは不気味なものを感じ取っていた。単にズーハンが彼との力量差に気が付いただけの話ではあるのだが、エボニーからすればまったく身に覚えのない話である。
それよりも、彼は思わぬ強敵の出現にどうしたものかと考えを巡らせていた。今までの彼女とのやり取りからズーハンは仮にも一等星冒険者であり、神殿の夜間警備を任せられるほどには実力があるのは分かっている。もし正面切っての戦闘になれば多少の苦戦は強いられるに違いない。
大人しく出口へと向かうように歩き出したエボニーだったが、なぜか彼の三歩後ろをズーハンが付いてくる。警戒心だとかそういったものではなく、何となくでついてきているのは彼女の表情を見れば明らかであり、両者の「えっ?」と声が揃ったところでエボニーは冷や汗を流した。
「なんでついて来てんの?」
「いや、仕事だし……」
「子供じゃないんだから一人で帰れるけど」
「エボニーさんは大丈夫だろうけど、それで迷子になられてこっぴどく怒られたことがあるから、ね」
(ね、じゃないが……)
心の中で悪態をつきながらも、ついてくるものは仕方がない。エボニーとズーハンは無言で歩きながら、それぞれ違う理由で互いの距離感を測っていた。
そして出口が見えたところで、ズーハンが身の内にくすぶっていた言葉を集めて口を開いた。
「エボニーさんって、星の民なの?」
思わずといった様子で足を止めたエボニーに、彼女は慌てて続ける。
「ほら、職業いっぱい使えるし、普通じゃないぐらい強いし、すんごい昔の町の襲撃の事も知ってるから……」
傍から見てもてんぱっているのが分かるズーハンにエボニーは悲し気な笑みを浮かべて「杖、貸してくれない?」とだけ答えた。
「えっ、あぁうん」弱々しい語気で応えた彼女は、おずおずと「標の杖」をエボニーへと渡して様子を伺う。これから何が始まるのか、何も知らない彼女の様子を見ないようにエボニーは目線を下げた。
「「魔術兵」は「魔導兵」と「呪術兵」に分かれて、「呪術兵」は最終職の「月影胞」になるわけだけど、「月影胞」で一番使うスキルは何か分かる?」
「ヘカ、えっ……ヘカモール?」
「正解は、恐怖。……一定時間の足止めに使ったり、モンスターを逃げさせたりするのに使うんだけど、人間相手にも効果があるようで良かったよ」
エボニーが掲げた杖の先、フィアーが発動して恐怖に震えているズーハンに、彼の言葉が正しく届いているかどうか。顔面蒼白で立っている事すらままならず、無様に床に転がった彼女は逃げようと必死に体を動かす。力の入らない四肢は床を滑り、あまりの有様にエボニーは胃の痛さを覚えたものの、せっかくの時間を無駄にするわけにもいかない。
ズーハンの腰のホルダーに手早く杖を差し込み、エボニーは「夜の外套」を纏った。




