三十二、かつての威光の子よ。
エボニーが牛頭馬頭との戦いを終えた後で彼にちょっかいをかけたズーハンは、改めてエボニーという一等星冒険者の実力を見て、その力量を正しく理解しなおした。
「標の杖」を振るう彼女は「魔術兵」から派生する「呪術兵」であり、同じく派生する「魔導兵」とは違ってテクニカルな動きを求められる。
スキルによる拘束。スキルを繋げて発動させるための立ち回り。
それだけで初心者と玄人では討伐時間が全然違う。故にこうして練習し、今日偶然にエボニーを見かけたのだ。
日々練習しているからこそ分かる、SSSで洗練され、多くのプレイヤーによって完成された彼の立ち回り。それはまるで戦いの神かの如く彼女の目に映ったのだった。
エボニーからすれば無駄も多く、甘いところは多くある。しかしてレベルを上げ、職業の三段階目となってくると使えるスキルを組み合わせたそれは、彼女の目に強く焼き付いたのである。
(弓だけじゃない……、騎兵銃も、刀だってあんな風に動けるのかな)
ノトの国、首都ゴールドバレーに突然現れた一等星冒険者──エボニー。
ズーハンが履歴を聞いても、出自を聞いても、誰も何も答えてはくれない。ギルドの天辺で威張り散らかしている「使命と剣の賛歌」たちと揉めたと聞いて、当時の彼女がどれほど喜んだことか。ギルドの二番手として賛歌の下につけている彼女が所属するクランも、いつでも動けるように準備をしていたのだ。
それが何事もなく穏便に片付けられたと聞いて、どんな冒険者なのかと様子を見に行ってみれば愛用の杖を放り投げられるわ、街中で置いてけぼりをくらうわで散々な有様であった。
ダークエルフについての調査をギルドから任されたのはラッキーであったが、それ以外にもクランで抱えている仕事は多くある。交代制で「境目の山腹」を探索することは決まったが、クランメンバー全てが一等星冒険者というわけでもなく、赴く面々は限られてくる。
今日、彼女がこの訓練場に来れたのも、どうにか時間を切り詰めたからだ。
(エボニーさんを見てて時間は少ないけど、無駄ではないよね。あそこまでモンスターの動きを想像は出来ないけど)
何度も神と戦い、行動パターンを体で覚えているエボニーほどの戦闘経験をズーハンは持ってはいないし、脳内再生もできはしない。でも、一つずつ試すことは出来る。少しでも差を埋めるのなら、やるしかないのだ。
もっと強く。人を助ける冒険者になるために。
冒険者の家系に産まれた彼女には、強くその想いがある。父は勇敢にも冒険者として戦い、モンスターに襲われていた人を助けて死んでしまった。どうして死んでしまったのかと、ベッドの中で泣きながら問いただしたところで誰も答えてはくれないが、父の遺品整理をしている時に見つけた一冊の本によって答えは出た。
父の父。つまりは彼女のお爺さんに当たる人物も冒険者であり、星の民と共に町の防衛に尽力したという内容のそれに、彼女も父と同じように心を惹かれたのである。
田舎の町長をしてい父の次の町長に多額の資金とモンスターの情報をもらい、ゴールドバレーで冒険者になった。冒険者になりたてのお嬢様が名前を上げるのは簡単な事ではなく、酷く苦しい期間もあった。「魔術兵」という前衛職がいなければ中々活躍が難しい職業というのもあったものの、少しずつ仲間は増え、古臭い冒険者の思想だと笑われても、仲間と共にトップ2のクランにまで昇りつめたのである。
そして、エボニーによって位が一つ落ちた。じわじわとハンターギルドに周知されていくこの事実は嫌だが、彼の実力は本物であった。
(そろそろ警邏の時間だなぁ……。行かないと)
肩で呼吸する彼女の疲れは、肉体から来るものではなく、思考の速度から来るものが大半を占めていた。普段使っている戦術に対する部分と並行して、モンスターの行動、出現場所へと思考を広げていけば、疲れるのも当たり前のことである。故に見えてくるのはエボニーの背中の遠さであり、教会に依頼されている仕事の開始時刻だ。
ハンターギルドの一強状態を防ぐため、という建前の元振られた仕事ではあるが、実際はズーハンのクランに大きな仕事を振って余裕をなくし、成長を妨げているのだった。
強く自身の杖を握りしめた彼女は息を吐いて夜間警備を任されている神殿へと向かおうとした時、訓練場の入口から声が聞こえてきた。振り返ってズーハンが声の主を確認してみるとそれは彼女も知っている顔であり、エボニーを語るにあたってほんのちょっと名前が出る存在であった。
「ルイーズが馬鹿やってるからジュリアさんに怒られたじゃないか」
「もう本当ですよ。仕事の時以外も落ち着きを持ってもらわないと私たちも困るんですから」
「だからごめんって言ってるじゃんかさぁ……」
「猟兵」のノア、「魔導兵」のアイネス、「武芸者」のルイーズだ。
クランでもなく、たった三人で数いる冒険者の中から五指の中に入った実力者。エボニーに目をかけられている存在。自らの背をもの凄い勢いで追ってくる、恐ろしい者ども。
だから、彼女が三人組に向かって言葉をかけることはない。
静かにすれ違った両者の空気感の違いに、ズーハンはきつく唇を噛んだ。




