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三十一、圧倒的な力を纏え。

 料理が出来上がってきているのだろう香ばしい匂いに気を引かれつつも、彼らの会話は続く。

 アノアは話題を変えようと、今日のエボニーの装備に触れた。「夜の外套」を着ることが前提の今日の装備は魔法使い然としており、出来る限り音が出ないものを選んでいた。


「外套だけじゃなくて武器にも合わせたのか?布の装備はワシの専門外だからな、詳しくは分からないが良い仕事だ」

「今日の武器は短弓の魔力型だからそれ用だな」

「防具効果は……奇跡か。神とはここまで強い加護を持った防具で臨むものなのか」

「ははは、まぁそれぞれだけどね」


「奇跡」は牛頭馬頭との戦いでエボニーが使った「属性付与:護法/法理ルート」と似たようなものであるが、また別のものである。「護法」がモンスター全体に特攻が入るのに対して、「奇跡」は一部モンスターには何の効果を発揮することがない。とは言っても優秀な属性であるのに変わりはない。


 正しく文字に起こせば、この防具の効果は「属性付与:奇跡/神秘スピリット」となる。

 火、水、土、風、雷。五つの基本的な属性とは異なる場所にあるのが法理ルート神秘スピリットであり、光、闇というような形で言葉にするのもまた違う。魔法や種族といった、大きな枠での名が該当するだろうか。


 今回使う「奇跡」とは、精神体や、それに類するものに対して倍率がかかるものだという解釈でおおむね間違いはない。


「戦いになった時の保険だよ」と、笑った後の言葉につけた足したエボニーは続ける。


「でも最適な防具ってわけじゃないから、心配は心配かな」

「外套と合わせるなら仕方ないだろう。強い装備であるのには違いないがな」

「これは純粋に防御力が低いんだよ。神って理不尽だから物理的に殴るだけでも強いからさ」

「ふっ。神に殴られる者もそうそう居まいよ」

「勘弁してくれ」


 アノアの失笑に、エボニーも苦笑いを浮かべた。

 遠距離から攻撃してくる相手は防御力よりも属性耐性を上げる方が生存率は高くなるものの、神と戦うならばある程度の両立が求められてくる。だからこそ、属性耐性があるだけの防具に不安を隠せないのである。


「でも、一方的に殴れるのなら、これは良い防具だよ」


 防具効果として「属性付与」が付いているのだ。スキルとはまた別物であるために重ね掛けが可能であり、鎧よりも重たくない。ひらひら・・・・とした部分が多いが動きにくいわけでもなく、属性付与以外の防具効果も攻撃的なものが揃っている。

 欠点を上げるのなら前述した防御力が低いのと、厨二チックであることぐらいか。しかして、こういった格好を一度はやってみたいというのも嘘ではなく、着てすぐは感嘆の声を上げたものだ。


 そうこう話しているうちに料理が出来たらしく、アノアの弟子が大皿に料理を乗せてやって来た。肉と大根、大根の葉を炒めたようなそれはエボニーの鼻孔をくすぐり、彼のお腹を鳴らすのだった。

 この世界にやってきてから自炊をしたことがなく、食事は基本的に屋台で済ませている。だからだろうか、家庭的な料理は魅力的に見えた。

 白ご飯があればよかったのだがSSSでも見たことがなく、この世界でも彼は見つけることが出来ていない。

(絶対合うのにな……)と思いつつ、エボニーは一緒に出されたバゲットに手を伸ばした。


 さて、お昼ご飯を頂いたエボニーがお礼を言って外に出た頃には太陽も中天を過ぎ、陽が落ちて行くのに伴ってヴァイスとの邂逅を予感させる。

 とぼとぼと神殿へと向かって行くエボニーの腕の中には「夜の外套」があり、背には短弓が掛けられている。歩く度に背中に当たる短弓の感触が、不安でしかなかったのだ。


 全部の武器が使えるとは言っても、それぞれに得意不得意がある。

 エボニーが得意なのは言わずもがな騎兵銃であり、神に挑むのであれば騎兵銃を使いたい、というのが素直な感想である。武器が小さく、相性が良いという点で弓の中でも短弓を選んだものの、スキルの使い方などは熟練というレベルではない。

 特定のモンスターに対しての完璧な動き方=武器が使える、というわけではないのは言わずもがなである。


(ゲームなら訓練場があったけど、今のギルドにあるんだろうか。寄ってみようかな)


 時間はまだ余裕がある。数十分だけでも試射する意味はあるはずだと、進路を変えたエボニーだったが、いつぞや感じた人混みの不自然さを感じた。馬に乗ったヘレナ・クーターと護衛の行進である。

 やはりと言うべきか、ゆったりと移動しながら視線を彷徨わせる姿には既視感があった。


(あの人っていつも馬に乗ってるんだろうか)だなんて思いつつも、彼女が自身を探していることが何となく分かってしまった彼は「お久しぶりです」と声をかけた。どうやら彼の勘違いではなく、ヘレナはエボニーを探していたらしい。


「まだ数日しか開いていませんよ、エボニー様」

「はは、それはまぁ……で、どうかしました?」

「先日頂いたお手紙の事でお父様から書簡を預かったものですから、お探ししていたのです」

「あー、それは申し訳ない」


 馬上から降りたヘレナから受け取った手紙はしっかりと蜜蝋で止まっていたが、封をされているものとは別に、もう一つ押印されていた。一方がクーター家のものであり、もう一方はブラフナー家のものだ。


「極秘のお手紙と聞いていますので、開封はどうかお一人の時にお願いいたします」

「分かりました。クーター嬢は手紙の内容は……」

「詳しくは私も。合同演習については問題ないと伺っていますから、別件なのでしょうが」


 エボニーは今すぐにでも手紙の中身を確認したい欲求にかられるが、ぐっと我慢して手紙をアイテムポーチへと仕舞い込んだ。

 合同演習についてではないのなら、職業の三段階目についてだろうか。そうエボニーは見当をつけたのである。


 あまり良い予感のしない手紙に彼の表情は陰る。

 良い手紙ではないのは直感的に分かったので、エボニーは我慢できずに「ウワン殿は何か言ってませんでしたか」と聞いていた。口に出してから言わない方がよかったかな、とは思いつつも、言ってしまったものは仕方がない。

 唸るように考え始めたヘレナの答えを居心地悪く待っている彼だったが、ヘレナから見て彼女の父であるウワンに変わった様子はないらしかった。


「うーん、そうですね。……特には何も…………、条件を満たすのが難しいと言っていたのと、最近は紅茶をよく飲むようになったぐらいでしょうか」

「紅茶?」

「頂いた蜂蜜と合わせていただくのを気に入ったみたいでして」

「ああそういう。まぁ、喜んでもらえてるならよかったよ」


 お互い軽い調子で笑いあったところで会話も落ち着いたためにエボニーはそれ以上聞くことはしなかった。変わりにとは言ってはなんだが、次の話題はエボニー自身のことへと移り、ヘレナとエボニーは歩きながら会話を続ける。


「今日はどちらに向かわれているのですか?」

「そうだな、とりあえず……」

「あっ、待ってください。当ててみせます!」


 言うや否や考え始めたヘレナに、彼は笑うしかない。陽気な令嬢だな、と肩の力を抜いて歩けるのには感謝するものの、最低限の緊張感は持ち合わせていなければならない。仮にも潜入をしに行く身なのだから。


「お買い物……というような雰囲気ではありませんし、やはりハンターギルドでしょうか」

「正解です。鍛冶屋からの足でちょっと」

「おっ、ふふ、やりましたね」

「おめでとうございます。何も景品とかはないんですけど」

「そのお言葉だけで嬉しいのです。何もいりませんとも」


「ならよかった」と会話エボニーが軽く笑いかけたところで、ハンターギルドの入口が見えた。未だに距離があり、僅かに入口の布が揺れているのが見える程度ではあるものの、きりはよかった。「それじゃあ」と別れの言葉を口にしたエボニーにヘレナも応じて別れの礼を行った。


「わざわざ手紙を届けてもらってすみませんでした」

「いえ、これも貴族の務めという事で」

「ではお忙しい令嬢を引き留めるのも野暮なので」

「ふふっ、たまには引き留めていただいてもよろしいのですよ?いつでもお待ちしております」

「返答は許してもらいたいですね」


 エボニーの苦笑いが二人の別れの最後の表情であり、彼は一つ息を吐いて気持ちを入れ替える。

 ハンターギルドの中へと一歩踏み込めばその場の空気が改めて彼に熱気を与え、訓練場へと向かう彼の足取りを強いものにするのだった。


 普段通りジュリアの受付に並んで訓練場の場所を教えてもらったエボニーは使用料を払い、また別の家屋へと向かった。大きさで言うならば体育館二つ分ほどの訓練場は不自然なほどに静かで、使い込まれている場所とそうでない場所との差が激しかった。

 そんな訓練場の床は地面であり、相撲の稽古部屋だとか、そう言う方がしっくりくる気さえする。


(特定の冒険者しか利用してないんだろうな……跡からして「魔術兵」かな?俺の知ってる訓練場とはまた違うけど、だいたいは一緒かな)


 大きい的。小さい的。訓練場の隅にそれぞれ準備されているが、今回の短弓は魔力型である。エボニーは的を設置するのも、壊すのも面倒なため、目標もなく背中に下げた短弓を取り出した。

 虚空へと向けられたそれに矢は要らない。得意武器ではないものの、要領は騎兵銃と同じである。違いがあるとすれば、魔力型の弓は矢を必要としない事である。


 サイクロプスとの戦いで使った弓は通常型と呼ばれ、普通の矢や属性矢を用いてダメージを与えていくのに対して、魔力型の弓の強みとは何か。「杯と純潔のヴァイス」に対して持っていく利点とは。

 それはやはり、物理耐性、属性耐性が高い相手ヴァイスに持って行くのは魔力を扱える武器しかないからである。


 その点だけで言えば「魔術兵」派生の職業の方が強いのだが、SSSの魔術とは魔力を扱うものの、大きな音を伴う攻撃方法が殆どであり、不意に戦闘に入った時に周囲に音を立てずに攻撃できない。最適ではないが最善だった。


 スキル回し、かけ合わせを何度か試して息を吐けば、鎧とはまた違った立ち回りを試していく。

 服が多少汚れようと、彼が気にすることはない。戦闘へと向けて意識を切り替えたエボニーは、勝つための動き行うのだ。


 そして訓練場で動くことしばらく、彼が待っていた時は来る。

 陽が暮れようと準備をしはじめる時間において、エボニーはハンターギルドを出た。彼に声をかけようとしていたジュリアをその場に留め、訓練場を利用しようとしていたズーハンを立ち止まらせて魅入らせたことに気が付かないほど、彼の精神は研ぎ澄まされていた。

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