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三つ、ヨセフ・ブラフナーなる男。

 市民が職業を得たことで最初に起こったのは、ハンターギルドのパンクだった。プレイヤーか、戦うことを自ら望んだNPCしかギルドに加入していなかったのが、多くの加入者によって依頼の取り合いが起こり、依頼先で多くの死傷者を出したのだ。

 できる限りの命を救うように王命が出たことで人的被害は抑えられたが、それによって教会に大きな借りを作ることになった。


「教会には出家した貴族が多くいますから、そういった者にはあまり関わらない方がいいかもしません。落ち着いたとはいえ、一度手に入れたものを手放すのは難しいですから」

「気をつけるよ」


「その次に起こったことと言えば」と、ヨセフは続ける。

 教会が勢いづいた後、ノトの国は全国的な食料不足に陥った。農家をしていた者が職業を得て冒険者になり、何かしら負傷をしてしまうことで純粋に労働力が足らなくなったのである。それだけで済むはずもなく、労働力の低下は防衛力の低下に繋がった。その時のことを思い出していたのか、ヨセフの表情が曇る。


「貴族の私兵たちだって領内の村全てを守るなんて無理です。自警団をしていた力自慢がこぞって使えないとなれば、あとはお察しでしょう」

「よく立て直したよ、本当に」

「ですが、今考えればあれは必要でした。みんなで立ち上がろうという流れになってましたから。変な武装集団ができていればどうにも出来なかったでしょうね」


 エボニーからすれば他人事でしかないものの、やり込んだSSSの世界が荒れ果てるのは彼の望むところではない。だが現状でそういった暗い雰囲気がしていないのは立て直したということであり、この世界の住人の底力のようなものを感じることが出来てエボニーは嬉しかった。


 ゲームをしていれば、困っているNPCなんてよく見る光景でしかない。それでもVRの世界であれば、ただのNPCで通すのは無理がある。たとえ定型文しか話せないとしても感情移入をしてしまうし、悲しくもなってくる。その点でだけ見れば、自衛のための力を得たと言ってもいいのかもしれない。「ふふっ」と、漏れ出てしまった笑い声にヨセフが困惑を見せたので、エボニーは弁解するように口を開いた。


「すみません、なんか嬉しくなって。うまく言葉には出来ないんだけど……」

「……星の民が来てから百年ですから、そういった気持ちになるのも無理はないでしょう」

「百年かぁ……」


 SSSの世界は現実世界よりも早く進むということ自体はエボニーも知っていたために驚くことではなかったが、この世界でのそれは意味が変わってくる。見た目は普通の青年だったとしても、少なく見積もっても百歳以上だ。エルフにでもなったような気分である。なんだかなぁと思いつつも、王城に着くまで二人の会話は続いた。


 白と黒との絶妙なバランスで成立している王城は、王都の名前と同じくゴールドバレーと呼ばれている。「ゴールドバレー城なのに白黒かよ!」とプレイヤーたちに突っ込まれていたが、実際に目にしてみれば、そんな感想を抱くことは難しいだろう。VRではあまり感じることのない緊張感につつまれた空気というのは、自然とエボニーのまぶたを持ち上げさせる。

 ヨセフの姿を見て姿勢を正す門番や衛兵たちの横を通って正門を越えたところで、彼は出番がなくてどこか寂しげなキリを送還させた。


「で、誰に会えばいいんだ」とエボニーがヨセフに聞くと、彼はエボニーが思っていた相手とは違う名前を語る。「まずはクーター家の当主と会っていただきたいのです」ヨセフの家が「騎兵」系職業の名家であるように、クーター家もまた名家である。


 最初は王に会うんだろうと思っていたエボニーの疑問が顔に出ていたのだろう。ヨセフは言いにくそうに事情を話し始めた。


「王は教会の重鎮と面会していまして……申し訳ありません」

「あー、全然大丈夫。顔合わすとまた面倒だろうし」

「勝手にお迎えにあがった上にこちらの事情に巻き込むようで心苦しいですが、ここで再び過ごされるのならば、ご理解をいただければと思います」

「急にきたのは俺だからね」


 後からそれを言うのかと、怒ってしまうのは簡単だ。神たちの元へ行くのに人のしがらみなどはあまり関係がないし、無理に縁を繋いでおくこともない。エボニーがこの場にいるのだって成り行きでしかないのだから。


 だが限りなくリアルなこの世界をあえてゲームとして見るのなら、関わらないという選択肢はない。


 新たなフィールド。新たなモンスター。新たな武器防具。物語の最初にはいつだってNPCとの会話がある。多少の手間は仕方ないという心構えを持っていれば、大抵のことは許してしまえた。


 ヨセフに案内されて歩くゴールドバレー城の中は城と言うよりかは、博物館と言った方がしっくりくるような印象をエボニーに与える。絨毯などが敷かれている事はなく、石材を叩く音だけが耳に届く。磨き抜かれた壁は鏡のようであり、興味深く覗く自分の表情はなんとも言えぬ間抜けさを帯びていた。

 もちろん壁に映るのはエボニーだけではなく、ヨセフだったり、たまたま横を通った人物だったりと様々だ。だがその中で、彼には気になることがあった。


(……それにしても、さっきから妙に驚かれるのはなんなんだ。鎧姿なのが悪いんだろうか。最強ランキングに名前が出るぐらいには強いやつなんだけどな)


 道中すれ違う人たちはヨセフよりもエボニーに目を奪われてぎょっとした表情をするので、彼からすればあまり気分のいいものではない。自身の中で驚かれる理由を探すものの、特に思い当たる節もなかった。


「ヨセフ、さっきから驚かれるんだけど」

「教会が馬鹿なことを言っているんです。貴方が気にする事はありませんよ」

「教会、教会って…………どうなってるんだ」

「逆らうと治療してもらえないですから、こうもなります。もちろん表立って露骨なことはしませんが、暗黙の了解のようなものが蔓延しているんです。もう一度言いますが、気にする必要はありませんよ。星の民を縛ることなどあってはいけないんです」

「そういうものか」


 教会が何か面倒なことをしているのだと分かったものの、ヨセフは詳しく教えてはくれなかった。教えることで、エボニーが対応するのを嫌ったのである。ヨセフが気にする必要がないと言うのであればそういうものか、とエボニーも納得して会話は打ち切られた。

 ヨセフの実家であるブラフナー家はSSS内でも力のある貴族であり、わざわざ間違いを教えるような必要性をエボニーは感じることができなかったのだ。


「ブラフナー家にはお世話になったから、力になりたいとは思うよ。出来る限りでだけど」

「そう言っていただけると嬉しいですね」


 彼の表情は寂しげであり、何もかもがうまくいっている訳ではないのだと言外に教えてくれる。職業が貴族だけのものではなくなったのだから、苦労しているのは当たり前ではあるが、こうして目にしてしまうと思うところがあった。

 エボニーは長く続く廊下の先を一点に見据え、何か出来ることがないかを考えてみる。可能なら、教会の力を落とせるようなものであれば尚良いだろう。


(SSSなら自信あるけど、この世界についてならヨセフの方が詳しいだろうしな……。各職業の立ち回りとか?そんなん今更か)


 考えてはみるものの、有用なものは簡単に出てこない。マップのどこで希少なアイテムが手に入るのだと言ったところで、エボニーの知っている地形とこの世界の地形が一致するとも限らない。プレイヤーが居なくなって二十年も経っているのなら尚更だろう。

 それならば自分が使わない限定アイテムでも渡した方がいいのではとも思うが、もし取り合いにでもなってしまえば、それは望むところではない。


(難しいなぁ……)


 自らがコツコツと積み上げてきたものが足かせになる日が来るなんて、彼自身思いもしなかった。たとえゲームセンスがなくても、理解力が低くても、時間をかけさえすれば手に入る。積み上げられる。それがゲームをやり込むということで、彼の趣味でもあった。


 特別でなくても、時間さえかければ出来ること。それが難しいのだと分かっているからこそ、サービス終了の日の行動があり、そして今日の彼がいる。だからこそ、SSSのデータを全て引き継ぎ、エボニーになった彼が覚える喪失感は決して埋まることはないのかもしれない。


(元の世界に帰れれば……。戻るためにもう一回五柱の神を倒せ、って言われてもさすがに無理だし。何回死んだと思ってんだ。蘇生はあるみたいだけど現状を知って教会を頼るのも。うーん。パーティー組むか?いや、ソロの方が可能性はあるか)


 ぼーっと考える中で漏れ出た「諦めなければどうにかなるか」という声は、彼の意図したものではなかったし、誰からも何の返答もなかった。けれどもそれは声が聞こえなかったというわけではなく、近くを歩いていたヨセフにだけは届いていた。ヨセフのキツく握られた拳は、彼の心情の表れだった。

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