二十九、過剰な報酬。
翌朝、エボニーは湯屋でゆっくりと体を休め、鍛冶屋のアノアの元へと向かっていた。牛頭馬頭との戦いで凹んでしまった防具を直すための素材を持って出かけた彼の腕の中には、一つの外套が己の出番をまだかまだかと待ち望んでいた。
外套もSSS由来の防具であるが、○○一式とは違い、胴体部分だけで完結する、ある種例外的な防具であった。
火竜の防具効果に継続的な体力回復が含まれているように、外套も特別な効果を持つもので、これが上手く働くのであれば神殿への侵入もいくらか簡単に進む。だが、何せ効果が主観的なものだから、客観的に見てもらおうと思ったのだ。ドワーフの鍛冶屋の目ならば、たしかな評価を得られるだろう、と。
前回、鍛冶屋へ寄ったのが夕方から夜の時間帯だったこともあり、中天へと昇ろうかいう太陽の日が与える印象の違いは大きい。街の中心部から離れているということもあり、生活する人々の様子も彼からすれば珍しいものになっていった。
クラテルの周辺を兵士が守っていることもあり、治安が良い場所で過ごしてきたのも理由の一つだろう。ハンターギルド周辺を生活圏にしている人相の悪い冒険者たちとは異なる風貌は、どうしても貧困層として見えてしまう。
(漫画とかなら浮浪者に絡まれるんだろうな……)なんて彼がのんびりと歩いていられるのは、冒険者然とした恰好をしているからであり、高レベルが故の威圧感が守ってくれているからであった。
この後に神殿へと侵入することを考え、彼の装備は対ヴァイスへと向けて整えられている。今日は刀や騎兵銃といった大きな武器種ではないので、この場合は防具が恐ろしく映ったのだろう。
はたして、ようやくたどり着いた鍛冶屋は以前来た時と同じように周囲に熱を放っていて、鍛冶場の中の熱気がどれほどのものかを簡単と予想させる。水車の立てる音に少しばかり耳を澄ませ、エボニーは「すみませーん」と間延びした声で呼びかけた。
返ってくるのは「勝手に入ってこい」という低い声で、家屋の壁に吸収されてもなおしっかりと彼の元へと届いた。今は忙しく手が離せないらしい。
「お邪魔しますよー」
エボニーは素材が入った袋を上手く肩に背負い直して扉を開け、人の気がない家へと踏みこんだ。
アノアが居る場所は、彼が振るう槌の音が聞こえてくれる。脚は迷いなく進み、炉の熱が正負を示した。それがドーリーの導きのようにも感じて、彼は苦笑いを浮かべるのだった。
「うす」
「適当にかけといてくれ」
彼の姿を見て軽く会釈をするアノアの弟子と、視線も向けずに言葉をかけたアノア。二人の間に何を見たのか、エボニーは笑みを浮かべて軽く手を挙げて挨拶とした。
アノアは太い釘を作っているようで、こういう仕事もしているのかと、エボニーは興味深げに眺めていた。
武具だけが鍛冶屋のすべてではないのだと知ってはいてもこうして目にするのは初めてのことで、(こっちの世界でも一年に打てる刀の数が決まっているのだろうか)と、炉の熱気を防ぐように目を細める。
鍛冶師としての彼の実力の程は分からないものの、技術の高さの一端を感じることはできた。
ゲームが上手い人のプレイ動画を眺めているような、意味が分からないが凄いのだけは分かる動作とでも言うのだろうか。神が掛かっているのだけは理解できたのだ。
迷いや無駄が無い動きは、見ていて飽きない。時間は勝手に過ぎていった。
「待たせたな」
「いえ、こちらこそお邪魔してます」
声がかかったのでエボニーは体重を預けていた壁から体を起こし、腕組みを解いた。
「で、その袋は?」
「防具を直してもらうのに必要かと思って持って来たんだ」
「ああ。あれならもう直ってるぞ」
「仕事が早いな」
「我慢できなくてな。伝手を辿ってどうにか仕上げたのさ」
驚くエボニーにアノアは笑いながら自身の髭を撫で、隣の部屋からエボニーが預けた防具を持ってきた。
突進を受けて凹んでいた右腕部分は綺麗に修復されていて、修復痕も残っていなかった。裏地等は左腕の部分とは多少色が違うものの、張り替えたのなら当然だろう。
「どうだ?気合は入れたが、それで最高の一品が出来るわけでもない。自分の目で見てくれ」
「いや、問題ないよ。今日は持って帰れそうにないけど」
「後で試着してくれよ」
「もちろん」
防具が持つ防御力が見えるわけでもないため、エボニーの目では何も判断をすることが出来ない。彼が感じる雰囲気だけで言うのなら、元来の力を滾らせているように窺えた。エボニーが宿った星の民の肉体の直感と、アノアの仕事を信じることにしたのである。
「それじゃあ」とエボニーは足元に置いた素材袋を指した。
「これ、代金代わりに取っといてくれ」
「ぱっと見でも過剰な量だが」
「それじゃあ、三人組の冒険者の防具を作る足しにでもしてくれたらいいから」
「そういうことなら頂いておこう。せっかくの素材だ。手に入らない可能性の方が高いからな」
「「深い世界の雷獣」と「霜の巨人」だぞ?」
ツァオネは二等星モンスターであり、ボルソルンもまた二等星のモンスターである。ファハドがツァオネの装備で揃えていたのもあり、エボニーからすれば簡単ではないにしても、そこまで苦労しないだろうと思っていた。
しかして、一等星の条件が変わったように、モンスターの等級も変わっている。
「ツァオネとボルソルンは今や一等星のモンスターだ。数で囲むかしなければ戦いにもならんだろうさ」
「厄介なモンスターではあるけどなぁ。「針葉の巨人」が二等星なんだし、防具を揃えたら難しくないと思うんだけど」
「今の冒険者にそれを期待するのは難しいだろうよ」
寂しげに笑うドワーフへと素材袋を渡したエボニーもまた、つられて寂しく感じてしまった。
だがブラフナー家、クーター家との合同演習が現状を変える可能性は高い。
防具を揃える事。強化を続ける事。二つ教えるだけでも界隈は変わるだろう。来るだろう未来が見えているエボニーは、表情を一転させて語りだした。
「もう少ししたら冒険者の価値観も変わるかもしれない。少なくとも、一強ではなくなると思う」
「随分と楽しそうだな。ならば期待しておくとしよう」
「まだ分からないよ」
「星の民がやるのだ。少なくとも、ワシは楽しめるだろうさ」
「ははは、それじゃあどうなるか見ててくれ。上手くいくかは分からないけど、精一杯やるよ」
「それで話しは変わるんだけど」とエボニーは今日この場所へとやって来た、本来の目的を話し始めた。
「この外套、どう見る?」
アノアの目が僅かに細められた。




