二十八、貴方の旅路に祝福を。
ドーリーが居る「神の岬」からの帰りはゆっくりとしたもので、エボニーが次にどうするのかを考えるのに苦労はしなかった。雨は未だ降り続いているために体温は奪われ続けているものの、それはそれで風邪の一つでもひいてしまえたらと思うのだ。
風邪になる神なんているはずがない。星の民の肉体を持つということをドーリーとの会話で考えたからこそ、そういう風に考えたのだった。
王都ゴールドバレーが彼の視界に映る頃には雨は上がったが風の勢いは強くなる一方で、ゴールドバレーの門を守っている兵士たちはそれはもう寒そうに身を縮めていた。時刻で言えば午後五時頃だろうか。これからもっと寒くなるのを予感させる太陽の位置に、エボニーは彼らへと同情の視線を向けた。
普段であればこの街に戻って真っ先に向かうのはハンターギルドであったが、今回は何か依頼を受けているわけではないため、クラテルへと一直線で向かっていた。
今日一日をキリの足で移動していた彼は、自分の足で歩くことで時間の流れの差を感じていた。雨が上がったからか、街の中を歩く人の数は多い。それらが今日は殊更に彼の視界の中で明瞭に見えていたのだった。
クラテルへと戻ってきたエボニーは大きく息を吐いて、円卓の上に荷物を置いていった。
使う事がなかった騎兵銃に、同じように開かなかったアイテムポーチ。一切の傷を負わなかった火竜の装備も合わせたそれらは雨に濡れ、指で撫でれば水が左右に割れて道を作る。
(とりあえず拭こうか)という彼の思考が出てくるまで随分と時間がかかったが、自身が疲れているのだと自覚出来たのは彼にとっても良い事だった。
無駄足、とまでは言えないが、ドーリーが空振りに終わったのが堪えているのだ。
彼が次に目指すのは「杯と純潔のヴァイス」。ドーリーと共に人に寄り添っている神であり、「衛生兵」を司る神である。「衛生兵」と言えば、デルソル家──ファハドと共にハンターギルドで会話したことのある、白い装備に身を包んだラウラ・デルソルが真っ先に浮かんでくるだろうか。
そんな神がはたしてどこに居るのか。ドーリーのように遠出しなければならないということはないものの、手間であるのは間違いない。
「杯と純潔のヴァイス」が居るのは、首都ゴールドバレーの中だ。ただ、場所が問題なのだ。
「神殿の地下にどうやって行けってんだよ」
ノトの国で大きく力をつけた教会の建物の中でも、一番大きな神殿の地下に彼の神は居る。死んだ王族や貴族の安寧を守るために作られた墓地の、更に奥。光の届かぬ場所だ。
神殿は夜になれば閉まるし、開いていても入れる区画が決まっている。成り行きで教会と対立気味なのもよくない。彼はいくつかの算段を脳裏で組み立ててみるものの、そのどれもが最良であるとはいえないものだった。
疲れた頭で考えても仕方がないか、とエボニーは手早く道具を片付けて部屋へと階段を登って行く。
どうして自分がここに居るのか。考えてみても、答えは見つからない。何度も反芻してきた問だ。今更簡単に答えが出ないと知っていても、考えずにはいられなかった。
(ヨセフとの約束まで残り四日……残り四柱の神を回るのは現実出来じゃない。余裕だと思ったんだけどな。リーンズの幻影が反応無かったのが大きいか?いや、見積もりが甘かっただけだな)
ベットへと飛び込んだエボニーは深いため息を吐く。
モンスターと戦えたから、星の民として扱ってくれるから、だから、応えようとした。
「……甘いんだろうか」
帰れるのなら、人間関係に気を付ける必要だってない。
帰れなければ、少なくとも友人を作らなければ心が持たない。
(星の加護、ね)
それはドーリーがエボニーへと語った言葉だった。ゲーム的な要素全てを指して「星の加護」だと言うのなら、確かに失われているものに違いない。ならば、「星の加護」が失われている現状で元の世界に戻ることが出来るのだろうか。
……全てを賭けてみる勇気を、彼は持ち合わせていなかった。けれども、足を止めるような愚者ではない。
「戦わないなら、どうにか。戦うなら死ぬしかないかな……」
「まぁ、死ぬ気でいこうか」とエボニーは目を瞑り、夢路へと旅立った。
今日の夜は風が強く、日中降り注いだ雨によって寒い夜であった。
だが、普段は寒々しい空気を孕んだクラテルの中の空気は、今日は不思議と温かった。エボニーが風邪を引かないようにと流れる温風は、意志を持って流れていくのだった。
それは炎と旅路の神からの、気持ちばかりの贈り物だ。神から得た称号は、この世界ではただの名誉ではないと彼が知るのはいつになるのだろうか。遠き地でドーリーがほほ笑んだのを、彼は知らない。
この世界に星の民のための|運営(神)はいないが、種族としての神が、司る者としての神が、道を照らしてくれるだろう。
マイルームに置かれたドーリーの神像が光ったように見えたのは、はたして気のせいかどうか。




