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二十四、在りし日の記憶。

 エボニーは露店で買った串焼きを片手に、ゴールドバレーの街並みの中を歩いていた。日も暮れ、肌寒さを強く感じるようになっていた彼は、今の季節をどうにかして確認しようと試してみたが、そういったことは彼の知識では無理そうだった。


 彼の足は決してフラフラと彷徨っているわけではなく、鍛冶屋を探していた。


 SSSではある程度決まった範囲の街並みの中しか歩けず、ゲームを遊ぶ上で必要なものが揃っていた。だが、今彼が歩いているゴールドバレーは、彼の知っているゲームの姿ではない。

 人や建物は増え、道も複雑になっている。


 そもそもとして、今日中に装備を直せる鍛冶屋があるのだろうか。急いで直す必要はないものの、少しばかり歩きたい気分というのもあった。


 エボニーの現在の装備は「深き世界の雷獣ツァオネ」をベースとして「霜の巨人ボルソルン」の素材で強化をしている。火属性を操る「炎と旅路のドーリー」とは相性が悪かった。魔法と属性攻撃はまた別物であるため、ピュアホワイトの装備も対策装備とはならない。


 とはいっても、一度は倒した相手だ。きちんと対策装備は持っている。アイテムの備蓄も問題はない。実際の所、後は気持ちが追いついてくればいつ戦っても問題はなかった。


(焦ってる……わけではないか。なんだろ、落ち着かないな)


 肉の塊を一つ口に含み、エボニーは自分の気持ちに名前を付けようとしていた。それが何物であれ、自分が理解できる形で示せたならば、もう少しはゆっくりとした時間を過ごせるような気がしたのだ。

「遠足前の小学生じゃあるまいし」と、自らが漏らした言葉に苦笑を漏らして、彼は残った肉を頬張った。


 ゴールドバレーに昇る煙は、鍛冶屋の何よりの目印である。エボニーがやって来たのは一番近いそれであり、近づくだけでも炉の熱を感じることが出来た。SSSでは見たことのない鍛冶屋であり、家屋に併設されている水車が小気味いい音を立てていた。


「すいませーん」


 エボニーは大きな声を上げる。街の外れの方になるのか周辺に家屋はなく、近所迷惑を考える必要もなかった。

 はたして、彼の声に応えて出てきたのは若い男であり、鍛冶屋で働く下男のようだった。元は多少白かったのだろうタンクトップと、首からかけられたタオルは、いかにもぽさ・・があった。


「……冒険者?なに」

「装備直してほしいんだけど、出来るかな」

「あぁー……」


 自らの腕を指すエボニーに男は困ったような表情を浮かべ、少しばかり悩んでから奥へと引っ込んだ。特に何も言われなかったものだから、彼はこのまま待っていればいいのか分からなかったが、男はすぐに戻ってきた。


「大将が呼んでる」そう言葉少なく男は告げ、エボニーを鍛冶屋の中へと招いた。

 家屋の中はゴールドバレーに存在する一般的な家より大きかったものの、居住スペースと作業スペースとで分かれているのか、現状では目を惹くようなものはなかった。


 案内されたのは居住スペースの一部屋であり、板張りの床に豪快に座るおっさんを見て、エボニーは和室を幻視した。大きく見事な髭を蓄えたおっさんの種族は分かりやすく、彼は内心で喜んでいた。


(鍛冶屋にドワーフ……ありきたりな組み合わせだけど、これこそ最強だ)


 対して、ドワーフの彼は眠たげな重たい目蓋まぶたを開き、エボニーの装備を眺めていた。

 掌を差し出してエボニーに座るように促した彼は、「懐かしいものを見たな」と言葉を漏らす。それを聞いたエボニーは座ろうとしていた動作を一旦止めて、おっさんと視線を交わした。そこからはゆっくりと腰を下ろしたが、エボニーの喜色は隠せない。

 おっさんもつられるように、ニヤリと口角を持ち上げて呟いた。


「三人組の三等星冒険者を焚き付けたの、あんただろ?」


 それはとても低い声だった。それが酒で潰れたものなのか、ドワーフ特有のものであるのか。エボニーにはそれが分からなかったが、どこか心地の良いものではあった。


「他のところが駄目だったから俺のところへ持ってきやがった。防具の強化をしてほしいだなんて聞いたのは久方ぶりだ」

「俺はちょっとアドバイスしただけだよ。さすがにあの防具で三等星は弱いだろ」

「まぁな。他の奴らも大概だが……、久方ぶりに腕が鳴るよ」

「あぁ、そうだ。防具を直してほしいんだよ、大丈夫かな」

「素材は?」

「必要なら持ってくるよ」


 エボニーの言葉に彼は豪快に笑った。何が面白いのかが分からないエボニーではあったが、不快な気持ちにはならなかった。ドワーフ特有の快活さがそうさせているのだろうか。空気に暖色がついたような感覚を覚えたのだ。


「そうだ、そうだ、冒険者ってのはそうじゃなくっちゃあなぁ。あんたの武具を見れる日が来るとは思わなかったが」

「俺を知ってるのか?」

「あんた自体は知らないが、星の民は見たことがある。まだ見習いの時だが、その時の師匠は輝いていた……。防具の質を見ればそれくらい分かるさ」

「流石だな。見てもらうのが小さいもので悪いんだけど、右腕の部分を見てもらいたいんだ」


 そういってエボニーは右腕の鎧を外して、ドワーフの前に差し出した。彼は目を輝かせるようにしてエボニーの防具を眺め、恐る恐るといった様子で表面を撫でた。ゴツゴツとした厚い掌が「深き世界の雷獣ツァオネ」の革を撫でるのは赤子をあやす親のようにも見え、良い鍛冶師に出会ったことをエボニーに痛感させたのだった。


「弟子から強そうな冒険者が来たと聞いた時はどう対応するか迷ったが、会ってよかったよ。こんなに良い装備を見たのはいつぶりだろうか」

「ルイーズとか……、あぁ、三人組の冒険者の防具は時間がかかるって言ってなかったか?」

「このぐらいなら裏から叩くだけで直りそうだ。革を張り替えたいなら素材と時間をもらうが」

「すぐに使うわけではないんだ。思い入れがないってわけじゃないし、直しておきたくて」

「仕事道具を大事にする奴はいい奴だ。愛着もあって当然だろう」


「分かった。素材だけまた頼む」彼は防具をゆっくりと床に降ろして顔を緩めた。

 エボニーは他の部位も外してしまい、その全てを預けたのだった。


「冒険者のエボニーだ。よろしく頼む」

「鍛冶師のアノアだ。仕事で手は抜かない」


 二人は固い握手を交わし、渋い笑みを浮かべたのだ。


 鍛冶屋を出た頃には日は完全に落ちていて、ゴールドバレーは完全に夜の街となっていた。鍛冶屋の横を流れる川に視線をやってから、エボニーは街の中心地へと向かって夜道を歩き出す。見上げた星空は田舎で見るものよりも綺麗だと思えた。どこかSSSのロビーを思わせるそれに哀愁を覚えつつ、一歩一歩を確かに踏みしめる。


 鎧を脱いだことで、夜の寒さが肌に直接突き刺さる。だが、その寒さもまた心地良く感じている自分がいることに彼は気が付いていた。

 鍛冶屋の炉の熱が心の中へと移ったかのような感覚とでも言えばいいのだろうか。なんにせよ、悪いものではない。


 アノアから「炎と旅路のドーリー」へと出向くための勇気をもらったような気がしていた。


 雲は重たく、今にも雨が降りそうな空模様ではあったが、明日に限って言えばいい天気である。牛頭馬頭から始まり、ダークエルフまで。今日もいろいろとあったが、充実した一日ではあった。


 一人でに開くクラテルの観音開きの扉を前に、エボニーは一日の終わりを殊更に実感していた。暗いクラテルの中は薄ら寒い空気を含んでいたが、それは彼の熱を奪うようなことはなく、包み込むような優しさをも内包していた。


「星の眠る場所というのもあながち間違いじゃないな」


 彼の独り言が建物の中に響いて消えた。もしマイルームで眠って次の朝が来なければ……だなんて考えてしまうものの、それはそれで悪くはない気がした。


 すべてが夢であったのなら、どれほど楽だったろう。いちいち苦労する必要もないし、見慣れている自分の部屋で起きてしまえば、ここでの生活なんてあっさりと忘れてしまっているのかもしれない。


 そんな簡単に帰れないのなら、まずは出来ることからやっていくしかない。

 そのために、明日が来るのを彼は望むのだ。

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