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二十二、不穏な影。

「一つだけ言っておくと、私は賛歌の人間じゃないんだよね」と彼女は言って、上げていた手を降ろした。


 エボニーは警戒を続けるものの、彼女はギルド職員の真似をする必要がなくなったからか、息を一つ吐いて体を揺らした。わざわざ肩から力を抜くような動作をしているのだから、元より緊張はしていなかったのだろう。


 どさっと腰を下ろした彼女は「座りなよ」とエボニーに促した。


「元から普通に話したかっただけだしね、話題の冒険者ってのがどんな感じなのか。あ、私はズーハンって言うの。よろしく、エボニーさん」


 ズーハンと名乗った彼女を、結局エボニーは理解をすることが出来なかった。いや、理解するのを諦めたと言う方が正しい。思考を放棄した彼は納刀して、ズーハンと同じように腰を下ろした。

 彼女の言葉を額面通りに受け取るというわけではないが、話すぐらいは問題がないかと思ったのだ。もし襲う気であるのなら、彼が鎧を脱いだ時に襲うはずだった。


「で、話したいことって?疲れてるから手短にしてくれよ、他にも用事があるんだ」

「そっけないなぁ~、もうちょっと楽しく話せないの?」

「お前のせいで台無しだよ」

「まぁまぁ、これでも食べて元気だしなって。特別にクズ野菜たっぷり入れてあげるからさ」


 後ろに身を捻りながら器用にスープを取り分けた彼女は、それをエボニーの前に差し出し、続けて自分の分をよそった。そんなズーハンを見ていたエボニーは、なんだか自分が馬鹿らしくなり、美味しそうにスープを食べている彼女へと向かって杖を投げつけた。


 エボニーがそんな行動に移るとは思ってもいなかったのだろう彼女は、慌ててお椀を放り投げて杖をキャッチした。


「何するのさ!!」


 ズーハンの怒号にエボニーはくすり・・・と笑い、目の前に置かれたスープを飲んだ。

 ズーハンの方には肉が多く分けられているのを彼は目ざとく見ていたが、特に何も言うことはなかった。


「これを作るのに私がどれだけ頑張ったか知らなの!?」

「知らないけど」

「ったく……、自分の得物を大事にしない奴は冒険者失格なんだけど」

「よく言うよ」


 エボニーの言葉は、自身の騎兵銃をどこかにやったように見せた彼女への当てつけであったが、ズーハンはそれに気が付くことはなく、プリプリと頬を膨らませていた。

 よほど杖が大事なものなのか、彼女の怒りが簡単に収まることはなく、まるでマシンガンのように言葉が吐かれ続ける。


「これは私のお父さんの形見を強化し続けてやっとここまで来たのに、そんな風に雑に扱われたら困るの!誰も知らない一等星冒険者が現れたって聞いたから話を聞きに来たのに、これじゃ無駄足じゃない!結局は貴方も他の冒険者と同じなのね!!冒険者は力じゃなくて技術と知恵で戦うものだって、格言を知らないの!?」


 ズーハンの言葉を右から左へと聞き流しつつ、彼女が放り投げて地面に転がっているお椀を見ていた彼は、彼女の最期の言葉でぼうっ・・とさせていた視界を戻して口を開いた。


「……その言葉は聞いたことがあるな。たしか……、そうだ、三等星だった時にクエストで聞いたぞ」


 彼が思い出していたのはメインクエスト進行中に起こるイベントであり、一つの町がモンスターの軍勢に襲われている中を他の冒険者と共に助けに行くというものだった。


 プレイヤーである主人公以外はNPCであり、職業を持たない人間たちであった。彼らとの共闘の途中でたしか、こんな台詞を聞いたことがあった。


 懐かしいSSSでの記憶を振り返っていると、新たな人物がベースキャンプにやって来た。天幕の外で荷物を下ろす音がその合図であり、エボニーはお椀を置いて、脱ぎ散らかしていた防具を身につけ始めた。


「それってどういうこと!?」と、ズーハンはエボニーの話を聞きたがっていたが、エボニーは彼女を相手にすることはなかった。

 逆に、彼から「お椀。こぼしたの片付けとけよ」と言われてしまい、慌てて作業を始める様は小動物にも見えた。


 はたして、ベースキャンプにやって来たのは水汲みから戻ってきたギルド職員であり、エボニーは無事に、預けていた騎兵銃を受け取った。


「あ、戻ってたんですね、すみません、外に出てしまって」

「いや、大丈夫。それより、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 そこでエボニーは言葉を区切り、職員に外へと出るように視線を動かした。あまり大きな声でするような内容ではなかった。


 エボニーの真剣な様子に職員も何かしらを察し、特に何も言うでもなく、率先して外へと出た。一人取り残される形となったズーハンはお椀とエボニーとで視線を彷徨わせていたが、彼女の足がエボニーを追うことはなかった。

 そんな彼女の唸り声を背に浴びながら外へと出た二人は、周囲に誰もいないことを確認して話し出す。


「どうしました、何か異変でも?」

「うーん、俺自身、どう扱っていいのか分からないんだけど、今のダークエルフってどういう扱いになってるんだ?」

「ダークエルフ……!今は大人しく過ごしていると聞いてはいますが……直接会ったことは…………」

「牛頭馬頭の帰りだから、ちょうど「境目の山腹」ぐらいか。誰かの視線を感じたから追ってみたんだけど、ダークエルフっぽい見た目をしてたんだよな」

「……うーん、とりあえず一筆書きましょうか。こうなると僕では判断が難しいですし、最悪はここのキャンプを放棄しなければなりません。荷物は出来る限り片付けておかなければ」


 慌てて天幕の中へと戻っていったギルド職員につられるようにして、エボニーもまた緊張を味わっていた。

 ギルド職員が慌てるように、ダークエルフはメインストーリーでやらかしているからこそ、彼もまた同じように感じることができたのかもしれない。


 ズーハンの言葉で思い出していた、メインストーリーでのイベント。それこそが、ダークエルフが起こしたものだったのだ。


(あの時は三等星だったけど、今は一等星だ……十分に戦えるはず。それに、職業を持ってるのだって俺だけじゃない。貴族との繋がりだってある)


 彼が体験した襲撃イベントは、ゲームであるからこそ人的被害が最小限で済んだ。モンスター一体を狩るのに結構な時間がかかろうとも、一定の目標に到達していれば決められたストーリーへと進んで行く。これが現実に起こるとなれば……、考えるだけで鳥肌が立つ。


 教会がドラゴン種を狩るのを禁止しているのもあり、もし起こってしまえば目も当てられないのを容易に想像することが出来たのだ。


「手紙が出来たら教えてくれ。ギルドまで届けるよ」


 エボニーは天幕の中へと声をかけ、刀を持ってベースキャンプの周りを警戒し始めた。もし何かが起こるなら、監視されているだろうな、と思ったからである。


 メインストーリーのその後を辿ったのがこの世界であるのなら、ダークエルフはエボニーを知っていてもおかしくはない。


 ベースキャンプの周辺はモンスターに気付かれにくく、襲われにくい場所に作られるのが常である。ここもその例外に洩れず、対モンスターを考えるのなら良い立地である。だがダークエルフのような、人間に近しい種族への対策は殆ど皆無であるのだ。警戒をしておいて損はない。

 しかして、警戒心と共に彼の中にあるのは単純な疑問であった。


(ダークエルフはドラゴン種に脅されて襲撃の手伝いをしていた。……ストーリーで一応は解決したはずなんだけどな)


 これは極論ではあるが、たまたま出歩いていたダークエルフをエボニーが追いかけまわしてしまっただけ、という可能性もあるわけだ。


 そのことを今頃必死で筆を動かしている職員にも言い含めておかなければならない。彼はそう思いつつ、簡単な見回りを終えたのだった。


 そして時間は少し経ち、彼とズーハンは馬に揺られながら、ゴールドバレーへと走っていた。

 彼のアイテムポーチには職員からの手紙が入っており、それを届けて報告するのが目的である。そのついでにズーハンもゴールドバレーに届けることになっているのだが、ダークエルフの事を伝えた時から、彼女はまるで自分を英雄だとでも思っているような口ぶりで話し出していた。


 意図的に衝撃の大きい後ろ側へと乗せられているとは知らず、彼女の声が彼の耳に響く。


「賛歌には劣るけど、私だって一等星冒険者で、自分のクランを持ってるんだよ?ずーっと人を助ける冒険者になりたかったんだ」

「……今の俺たちにできるのは備えることだけだ」

「皆、声をかければ力になってくれるよ。私たちでダークエルフから町を守るんだ!」

「助ける人にダークエルフは入らないのか?」

「ダークエルフは人じゃないでしょ?」


 馬上で大きく手を広げるズーハンを邪魔そうにしながらも、エボニーは真っ直ぐにキリと視線を合わせていた。


(エルフも、ダークエルフも人なんだけどな)なんて、エボニーは言葉を呑み込んで、この二十年で何があったのかと思い、いぶかしんだ。

 知識層と大衆とで、知っている情報に大きな差があるような気がしたのだ。

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