二十一、黒肌と白蛇。
牛頭馬頭は地に沈んだ。クエストは何事もなく達成され、エボニーはほっと一息をついた。結局、直接攻撃を受けたのは最初に牛頭の突進を受けた時だけであり、彼のアイテムポーチの中には十一本の回復薬が入っている。
右肩の鎧は凹んでしまっているが、未だ動きを阻害するほどではなかった。彼は「これ直せるのか……」なんて愚痴りつつも、牛頭馬頭の狩猟証明部位を手荒く切り取り、初めて臨んだ一等星級モンスターとの戦いについて思いをはせていた。
(慎重に戦ってれば回復せずに勝てそうかな。「魔竜鼎」はキツそうだけど、「弓兵」系の職業なら一方的に殴って勝ちそう。とりあえず、一等星級のモンスターに回復薬一つで済んだのは悪くはないか。この後の幻影戦があるかは別にして、自信にはなった)
SSSでは神の幻影との戦闘は何度でも行うことが出来るが、二回目以降の戦闘に旨味はない。幻影であるから素材は取れないし、職業を開放してしまえば腕試し程度でしかお世話になることはない。回復薬がこれだけ残っていれば、彼の体感からして負けることはなかった。だが、それはゲーム通りに事が進んだ時の話しであり、何かしらの修正があってもおかしくはない。
エボニーたち 星の民が離れて二十年が経つこの世界で、神がそのままの姿を保っているのかも怪しかった。
とりあえずは試してみないと何も始まらないということで、彼は刀から突撃槍に武器を持ち替え、記憶にある「ナンバーワン」のアクションと同じポーズをとった。
右手の人差し指を高らかに天に掲げ、左腕の拳を腰にくっつけるように収める。視線は左斜め下を向くように下ろして、そのままの姿勢を維持。
これぞSSSの「ナンバーワン」のポーズであり、どこにも不備はないはずだった。
「…………」彼の気まずい空気が流れる中、いくら待てども神の幻影は現れてくれない。エボニーはゆっくりと目蓋を降ろして息を吐き、少しずつ「ナンバーワン」のポーズを崩していった。
こちらでは一度最終職になっていると神の幻影は出ないのだ。そう彼は思う事にして、案外恥ずかしかったアクション姿を頭から消すように頭を振って、落ち着くために水筒内の水を飲んだ。
SSSでは途中で職業を変えたとしても条件さえ満たしていれば幻影と戦えたので、何かしら、他の条件が悪かったのだろう。
彼の顔が赤いのは、きっと狩りで火照っているだけに違いない。
いそいそと荷物を纏めてキリに跨ったエボニーは、ベースキャンプを目指してゆっくりとキリを走らせた。
今日はこれ以上何も目的はないため、急いでゴールドバレーに帰る必要もない。(のんびりと風景でも見ながら帰ろう)そう思いながら「沈黙の地獄」から「境目の山腹」へと入ったエボニーは、ふと、誰かに見られているような感覚を覚えた。
顔を上げて周囲を見渡すエボニーは武器を構えるものの、今回持ってきているのは突撃槍と刀であり、遠距離攻撃が出来る武器種ではない。騎兵銃は荷物になるためにベースキャンプに置いて来ていたのだった。
「誰か居るのか!」エボニーはそう叫ぶが、何者かからの反応は返ってこない。
気味悪く感じた彼はキリの背を撫で、視線の主を警戒しながら走らせた。
彼の体感では結構な速度を出しているつもりであったが、視線が途切れたような感覚はなかった。どこか薄ら寒く感じる第六感でだけでそれを知覚しているからであり、エボニーは馬の速度についてこれる相手に驚いていた。
(森の中とは言ってもキリは銀灰馬だぞ?普通の馬で着いてこれるような速さじゃないんだけど……猿のモンスターとかこんなところに居たかな。いや、モンスターなら攻撃してきてるか。ベースキャンプまで引き連れて行くわけにはいかないし……)
森の中で異様な移動速度を出せる相手にエボニーは半ば想像を固めていたが、それがもし当たっていたとしたら、それはSSSの頃のエボニーを知っている相手である可能性が高い。
キリがUターンできる開けた場所で転進し、彼は視線の主へと進路を変えた。
とは言っても、森の中で馬を駆るのには限度がある。速度が出ないのはもちろんのこと、障害物などがあって通れない場所もあるし、腐葉土が溜まって脆い部分もある。
刀を手に掴んだエボニーは、思い切ってキリから飛び降りて森の中を走ることにした。
開けた場所を走る馬より速くとはいかないが、人でしか通れない個所を選んで進んで行けば、結果としてこちらの方が速い気がしたのだ。
木々の隙間からではあるが、彼はついに相手の姿を視界に捉えることが出来た。身軽な装備は非常に簡素で、肌の露出が多いからこそ、一目で相手の特定が出来た。
浅黒い皮膚に、森の中での圧倒的な移動スピード。ここまでくれば、難しく考える必要もない。
姿を確認したエボニーは脚を止め、「ダークエルフか……」と呟いた。そんな彼の後を追うようにやって来たキリの頭を撫で、彼はベースキャンプへの帰路に戻った。
SSSにおけるダークエルフの立ち位置は、決していいものではない。迫害されていたり、他種族に脅されていたりと、雑な扱いをされていることの方が多い。それが元で大災害まで起きたこともあり、ダークエルフを見ると何かが起こるとまで言われているほどだった。
そのことを知っているエボニーも胸に一縷の不安と疑問を抱き、ベースキャンプに戻ったらギルド職員に聞いてみようと思うのだった。
この世界でのエルフ、ダークエルフの立場がどうなっているのか。彼自身気になった、というのもあるのだろう。
SSSであれば彼、彼女らは特別な存在であり、メインで進んで行く物語の鍵を握る存在でもあった。
寿命が長く、理知的な存在であるからこそ、エルフという立場から、この世界をどう見ているのかを聞いてみたかったのだ。
だが、自分からエルフたちを探すのは苦難な道のりである。どこかに定住しているのであれば、そこを訪ねたほうが都合が良かった。
ベースキャンプに帰ってきたエボニーは、姿の見えないギルド職員を探すように声をかけて天幕を捲った。中では行きに寄った時とは別の職員が鍋を火にかけており、丁度ざく切りにした野菜を入れるところだった。
「あ、どうもー」と愛想笑いを浮かべるギルド職員の装備は杖であり、「魔術兵」系統の職業であることが察せられた。
アイネスの「魔導兵」と対を成す「呪術兵」の専用装備だ。
テクニカルな動きを要求される玄人向けの職業であるが、エボニーから見た彼女とはどうも会わなさそうであった。
戦闘になると人が変わるプレイヤーを知っているからこそ、変な決めつけはしないように気を付けていたが「へっへっへ」と恥ずかしそうに笑う姿に、思わずそう思ってしまったのだ。
「いやー、お兄さんタイミング良いね。ちょうど私に変わったから、スープも具が選り取り見取りだよ。全部が全部手作りってわけではないけど」
「助かるよ」
オレンジの短髪を揺らして鍋をかき混ぜる彼女は、エボニーに背を向けて作業を続ける。
そんな彼女を視界の端に置き、彼は空いたスペースに鎧の一部を脱ぎ捨てて、外へと汗を拭いに出た。
牛頭馬頭との戦闘の疲労は今になって届き始め、休み始めたばかりの彼にため息をつかせた。だが、彼はまだ完全に気を抜くことはないでいた。どうしても気になることがあったのだ。
しばらくすると「呪術兵」の職員が天幕から顔だけを器用に出して、「出来たよー」とエボニーを呼んだ。
「その鎧凄いね……!そんな凄いのつけてる人見たことないよ」
「「深き世界の雷獣」ベースの装備だから見たことはあると思うけどな。誰だっけ、一等星の……」
「あーあー、ファハドさんね。あの人のはそんな感じじゃなかったけど」
「ベースは一緒だけど、そこから「霜の巨人」の素材で強化続けてるからじゃないか」
「ところで」と、そこでエボニーは言葉を区切り、刀を抜いて彼女に問いかけた。
「お前、誰だよ」
ギルド職員であれば、エボニーが最初に姿を見せた段階でギルドカードの提示を求めるはずだった。ダークエルフを見たことで警戒心が上がっていたこともあったし、メイン職業としている「魔竜鼎」の武器、騎兵銃を預ける時に彼は聞いていたのだ。次の交代時間はいつなのか、と。
「動くなよ。刀のスキル発動は最速だ」
「いや~、気が付くの早すぎない?」
「巨人系素材は状態異常に強い。「呪術兵」程度のスキルは効かないぞ」
エボニーの前で両手を上げてなおもヘラヘラと笑う彼女の首筋に刀を沿わして、彼は続ける。
「俺の騎兵銃をどこにやった」
「ギルド職員じゃなくてそっちが気になるんだ」
「職員は「武芸者」だった。争った跡もないし、負けたってことはないだろ」
「へへっ、まぁ水汲みに行ってるだけだからね。騎兵銃も一緒に持って行ってたんじゃなかったかな~」
彼女の言葉を聞いた彼は刀を動かすことなく互いの距離を詰め、彼女の腰から杖を抜き取った。これでスキルを扱うことは出来ない。
エボニーは一歩だけ身を引き、彼女を視界に収めながら杖の確認を行った。彼自身、装備の質で冒険者の強さを測るのは何度も行ってきた事だ。
「そんなもの見たって何も面白くないと思うけどな」と言う女を無視して、最初に感じた杖の触感を確かめていく。
(爬虫類っぽい革の感触で白色となると何個かあるけど、この太さは「夜刀の白蛇」しかありえない。そうなると杖の名前は「標の杖」か、その派生か。一等星で戦える装備じゃないか。白蛇自体も一等星のモンスターだぞ……)
杖から女へと視線を動かして、彼は問う。
「「使命と剣の賛歌」のクランメンバーか。今のギルドで一等星冒険者は少ないはずだ」
エボニーの一瞬の思考の間をどう見たのか、女は髪を揺らして「へ~」と笑うのだった。




