二十、曇りなき一等の輝き。
突撃槍が横に長い牛頭の口の端を抉ったのを彼が確認したのは、牛頭との衝突が終わってから少し後の事であった。右肩を強く抑えてキリを走らせるエボニーは牛頭の傷を確認してから、アイテムポーチから回復薬を取り出した。
牛頭の右の角が彼の腕に当たっていたのだ。アドレナリンが出ているからか痛みはさほどではないが、ダメージを受けたことに変わりはない。彼は白水色の液体の入った小瓶を一息に呑み込み、再び槍を構えた。
(回復薬の効果はゲーム通り。ダメージ感覚は全く違うからそれは注意だな。ある程度は我慢しないと回復薬が持たないか)
SSSで一度に持ち込める回復薬の数は十二個であり、数の少なさをスキルや防具の効果で補っていくのが上手い戦い方である。それに必要なのはダメージ管理であり、自身のHPバーが見えず、痛覚があるというのが足を引っ張ってしまう。
防具をどこまで信じられるか、自身の負傷具合をどれだけ把握できるかがが鍵になりそうだった。
「キリ、次は馬頭だ」
エボニーは声をかけて少し離れた場所に居る馬頭に向かう。
横目で見た牛頭は顔面に傷をつけられたことで怒り狂い、咆哮が空気を揺らしていた。流れる血流は牛頭の悪い人相を更に凶悪にして、それはもう酷いものだったが、馬頭に向かっている彼はあまり興味がない様子だった。
回り込もうとしていた馬頭は自身に向かってくるエボニーに向かって甲高く鳴き、進路を変えて走る。それは先の一幕での牛頭とエボニーの激突のようにも見えた。
だが、身を低くして槍を構えるエボニーを見透かしたかのように、馬頭は手前で強く踏み込み、エボニーへと向かって飛び上がった。
ライダーキックを彷彿とさせるその行動に彼は目を細めるものの、焦った様子を見せずにスキル名を唱える。
「……ピアース!」
それは攻撃に貫通効果を持たせるスキルではあるが、他のスキルとの合わせ技こそが、このスキルの利点だった。
属性武器、もしくは属性を付与された武器で「ピアース」を使用した場合、属性値に応じたダメージの中距離攻撃を行うことが出来るのだ。
今回の場合、突撃槍にはモンスター特攻の入る「護法」が付与されていて、その属性は「法理」となる。弱点属性の無い牛頭馬頭には大してダメージは入らないが、飛び上がった隙を見逃さない、見事な発動タイミングだった。
エボニーが突き上げた槍から伸びる光は、狙い通りに馬頭を呑み込んだ。だが、やはりダメージは微々たるもので、馬頭の行動を止めることは出来なかった。
まるで流星かのように落ちてくる馬頭を避けるのは難しくない。彼は着地点に当りをつけ、素早くキリと共に身を引いた。
(ヤクザキックが来るかと思ったけどライダーキックか。見たことないからビビったけど、見てから回避出来そうだな)
馬頭の蹴りの衝撃から逃げるようにキリを走らせながら、エボニーは内心で独り言ちる。今まで狩ってきたモンスター全てに当てはまる事であるが、決まった行動だけを行わないというのは微妙にストレスであった。
新しい行動を見れば気を付けるのは当たり前だが、それだけでは一生勝つことは出来ない。どこかのタイミングでリスクを覚悟しなければならないのだ。
まだ怒り中の牛頭の位置を脳内に控え、エボニーは着地をして態勢を立て直した馬頭へとUターンしてスキルを使わずに一当てを行った。その直後に馬頭が振り返りながらの攻撃を行ったが、ギリギリのタイミングで攻撃は彼に届かなった。
その頃には牛頭もだいぶ近づいていて、エボニーが視線を向けた時には、既に彼に向かって拳を振り上げているところだった。
「っ!!」
スキルの発声は間に合わない。咄嗟に槍を両手に構えてガードの姿勢をとるが、綺麗に衝撃を受け流しきることが出来ずに大きく体を流されてしまう。馬上のエボニーの姿勢が崩れてしまったことで、キリの速度も自然と落ちてしまうが、銀灰馬まで進化しているキリの知能は高い。
エボニーを気遣いながら、体を持ち直すまでの間、牛頭と馬頭の隙間を縫うように駆ける様は、義経の八艘飛びを連想させるのだった。
姿勢を戻したエボニーは馬頭が蹴り上げた大岩を避け、効果時間の切れた「属性付与:護法/法理」をかけ直して二頭の位置関係を把握する。
馬頭は牛頭の背後に隠れるように位置取りを変えており、牛頭は再び突進の構えを見せていた。
今からでは「ランスチャージ」の溜めは間に合わない。ならば、と先ほどは使えなかったスキルを心内で準備して、突進とは少しズレた位置に彼らは飛び込んだ。
発動タイミングが重要なスキルにエボニーの心臓は早鐘を打つ。迫る大角が間近に迫り、キリを貫かんとする直前、それは成される。
「マジカルスピア!!」
牛頭の突進を迎え撃つように発動したのはカウンタースキルであり、「マジカルスピア」は魔力の槍を対象の攻撃を逸らすように生成し、チャンスを生み出すためのスキルである。
魔力で形どられた蒼白の槍が肩、角、脚など、牛頭の動きを邪魔するように地面に突き立ち、一瞬の膠着を作り出す。その隙にキリは横跳びを挟んで突進のルートから外れ、馬頭へと一直線に走る。
牛頭の突進が抑えきれなかったのだろう。バキン!と背後で「マジカルスピア」が弾け飛ぶ音がエボニーの耳に届いたが、彼は振り返ることもせずに突撃槍を構えて、鋭く息を吐いた。
「護法」の青と白とが渦巻く槍に力を込めて、エボニーは槍を突き出す。
対するのは馬頭の後ろ蹴りだが、それが彼に届くことはなかった。
「ピアースッ!」
気迫の籠った一突きは穂先を延長し、馬頭の伸びきっていない脚とぶつかった。ライダーキックは押し返せなかったが、勢いの乗る前の蹴りならば話は違う。
スキルの瞬発力に半ば脚を持ち上げられるようにして、馬頭は頭から地に落ちたのだ。
頭を打ち付けた馬頭は聞くに堪えない悲鳴を上げて無様に地面に転がり、不格好に持ち上げられた脚に、引っかかるように槍がぶつかった。腕を伸ばしきっていたので最大威力ではなかったが、彼にとって、それは逆に望ましい事だった。
(そろそろか)と、体内に溜まっていた空気を入れ替えるようなゆっくりとした呼吸は、彼の視界をクリアにして狙いを一層に研ぎ澄ませる。
低く落ち着いていながら、その言葉には異様な圧があった。
「ランスチャージ……!」
キリの嘶きと共に方向転換が行われ、エボニーはスキルの溜め段階に入る。
狙うのは馬頭の耳と蹄。そして、馬頭の先に居る牛頭の角だ。
エボニーはスキル発動の赤い粒子を引き連れて、引き絞られたカタパルトの解放の如く、人馬一体で空気を裂いて進む。
一撃目は穂先を少し落として、掬いあげるように突撃槍が唸る。
「っらあああああッ!」
馬頭の耳は瞬く間に頭部から引きはがされ、蹄は脆くも砕かれた。
突進の勢いそのままに態勢を崩した牛頭はやっと立ち上がったところであり、迫りくるエボニーに対して何もリアクションを取れぬまま、根元から角を宙へと飛ばしたのだった。
視界の端で飛んで行くそれを横目に、エボニーは「ランスチャージ」の勢いを殺すようにキリに速度を落とさせ、頬を吊り上げる。
「後はもう消化試合だな」
突撃槍を固定具に留めてキリから飛び降りた彼は変わりに刀を取り出して、鞘から刀身を日の元へとさらけ出した。
馬のそれではなく、人の歩幅で少しずつ歩み寄るエボニーが牛頭馬頭にはどう映ったのだろう。己を鼓舞するかのような咆哮が二頭同時に響き、彼は鼓膜を揺らすそれらに苦笑いを浮かべて、少しずつ勢いに乗って走り出した。
職業は「騎兵」系統の「衝角梵」から変わり、「歩兵」系統の「七夜闢」へ。
白刃は血染めの牛頭の顔を映し出し、一瞬で空へと景色を変える。
エボニーが抱えていた疑問。レベルを最大まで上げた自分の身体能力がこの世界でどれほどになっているのか。その答えは目の前の光景を見れば明らかだった。
牛頭の拳を切り裂いた姿勢のまま、彼は返す太刀で牛頭の胸を斬り下ろした。
単純な身体能力に合わせて、肉体に備わった戦闘技術。そして、思いのままにモンスターに赤線を引ける刀の切れ味。全てが揃った彼を止めるには、手負いの獣では役不足だろう。
「神世七絶ち」
息も絶え絶え、隙だらけの牛頭に向けておくるにはあまりにもオーバーな攻撃は、「七夜闢」最強のスキルであり、彼の心臓の鼓動をもう一つ高めるものだった。




