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二つ、コップの宿。

 あまりの衝撃に思考停止しているエボニーに声をかけたのは、王城へと走っていった兵士とペアを組んでいたもう一人の兵士だった。それでもどこか戸惑い気だったのは、彼の気が落ちるところまで落ちているように見えるからだ。


「あ、あのー、立てますか?」

「…………あぁ、まぁそりゃ」


 すっと立ち上がったエボニーは膝と手のひらをはたいて汚れを落とすと、あらためて自分の姿を見渡した。「星と魔法のリーンズ」と戦った装備と全く同じそれは龍神であるリーンズの一つ下の強さを持つピュアホワイトという竜種のもので、各属性、魔法ダメージに大きな耐性をもつものになる。その他にも価値の高い物を使って装備を作っているものの、主防具であるピュアホワイトに合わせて白を基調とした見た目だ。

(たしかに目立つよな……)と、彼は兵士に謝罪を言葉を述べるが、兵士は両手を振ってそれを否定するのだった。


「……すみません」

「いえいえいえ!とんでもない!!まさか星の民が今一度姿を見せていただけるとは!」

「あはは…………」


 星の民とはプレイヤーの総称であり、メインストーリーにも出てくる言葉でもあるので、エボニーも簡単に察することができた。そして思うのは、やはりここはSSSの中なのだという事だ。SSSのストーリーのどこにも星の民プレイヤーが去ったという話はない。サービス終了による強制ログアウトがそれにあたるのだとすれば、彼だけ取り残されてしまった形になる。返答に困って愛想笑いだけしか出ないのも仕方ないだろう。


「今相方が王城へと走りましたのでもう少しお待ちいただければ!!星の民が去って二十年!王も全ての用事をすっ飛ばして参上されるでしょう!」

「二十年も経ったのか」

「ええ!貴方様方からすれば短いでしょうが、この二十年は私どもにとって成長の年となりました。ノトの国も変わりましたよ。これも神のおかげです」

「神……炎と旅路のドーリーか」

「はは、さすがよくご存知で。神は私たちにも祝福を下さったのです。お陰で私も「勲騎士」になることが出来ました。昔では考えられないことです」


 兵士の話を聞いたエボニーにはもう驚く気力すらなかった。SSSにおいて職業に就いているのはプレイヤーと貴族だけであり、それは彼らに特別性を与えてくれるものだった。それが市民全てに与えられたとすれば、暴動や革命が起こったって不思議ではない。既に起こってしまったのか、そうではないのかは分からないが、エボニーからすればそれは恐怖でしかない。強さという利点がプレイヤーに存在しなくなった時、彼はただの異邦者でしかない。


「うまくいってるなら良かったよ」

「貴方様はどうして戻ってこられたのでしょうか。他の方は旅立ったと聞かされていたものですから」

「……俺は…………俺はわからないんだ。取り残されたのか、選ばれたのか」

「ならば、きっと大いなる使命を与えられたのでしょう。そういったものは後になって分かるものです」

「そうですか……、ありがとうございます」


 大いなる使命だなんて大それたものがあるのだろうか。エボニーは考えながらそっと息を吐いた。

 この世界でメインストーリーが進行しているのなら、それを進めるのもいいだろう。神に直接問いただすのもいいのかもしれない。「炎と旅路のドーリー」が駄目なら、他の四柱のところへ。取り敢えずの目標としてそれは妥当であった。

 だが、その前に、と兵士は口を開く。


「おかえりなさい、星の民。ノトの国は貴方様を歓迎いたします」


 彼の言葉はエボニーにとって嬉しいものではなかったが、どこか心の中が整理されたような気もしていた。もし元の世界に帰れるなら、エボニーは間違いなく帰るという選択をするだろう。それでもこの世界が自分を受け入れてくれると思えたのは彼にとって大きかった。


「よかった」と兵士が続けて言うので、エボニーはどうしたのかと、彼と一緒に視線を動かした。「私が話し終わるまでに迎えが間に合いましたね」

 王城へと続く道の向こうから駆けてくる複数の騎馬は物凄い勢いで、真っ直ぐにエボニーの元へとやってきていた。馬上からは通りを歩く市民たちに避けるように声を張り上げて注意していた。それはもちろんエボニーの元へも届いていて、思っていたよりも荒っぽい歓迎だな、と思わせる。


「あの馬は玉龍でしょうから、ブラフナー家の者でしょうね」

「ブラフナー……っていうとあれか、騎兵の名門貴族」

「彼らに騎馬戦で勝とうと思うな。よく使われる言葉です」


 ブラフナーという家名にエボニーは聞き覚えがあった。というのも、彼が就いている職業が「騎兵」から派生するものであり、クエストでも依頼主として何度か名前があがるからである。玉龍という馬の種類にも聞き覚えがあった。騎兵系の職業だけに用意された、愛馬の進化先。玉龍はその中の一つだ。


 貴族のお出迎えに、兵士は自身の仕事の終わりを感じたのだろう。エボニーの背後から控えめに声がかけられる。


「私はここまでです。名も知らぬ建物ですが、この場を守るのが役目ですから」

「あぁ、ここを……」


 彼が見上げた先に映る、真っ白な塔。ゲームではマイルームとして機能したそれは汚れを知らずに、弾けんばかりに太陽の光を受けていた。


「クラテル……、クラテルって言うんだ。星が眠る場所。星の落ちる場所」


 エボニーの口から出たのは、世界観に深みを持たせるために導入された「SSS丸わかり電子アートブック」で記された名前だった。彼自身、よく覚えていたなと自分を褒めるような些細な情報ではあったものの、それだけSSSの世界が好きだったんだなと改めて思わせる。


「クラテル……」と口の中で言葉を反芻させる兵士を見て、彼は気恥ずかしくなったのか、出迎えに来ている貴族へと視線を向けて一つ、スキル名を唱えた。それは五柱戦でも共に戦った相棒を呼ぶものであり、「騎兵」系の職業であれば誰もが持っているものだ。


「召喚:キリ/銀灰馬グラニ


 地面に広がる魔法陣は月光のパウダーを吹き出しているかのように見えた。陽の元であってなお、輝く月光は見る者の心に安堵をもたらす。エボニーもその例に漏れず、自分に新たなピースが組み込まれたかのような充実感と、心の安らぎを与えた。

 職業からして騎馬で戦うことに長けているものの、自分で呼んでおいてそれはどうなのか。ともかくとして、魔法陣の真芯で銀灰馬グラニは召喚された。


 体高は二メートルを超え、黒い肌の中で銀灰色のたてがみが風を受けて揺れる。触らずとも分かる盛り上がった筋肉は、キリと名前をつけられた銀灰馬をより強大に見せた。自身の主人を確認するように顔をつき合わせたキリとエボニーの距離は、少しの沈黙をもって埋められたのである。


 ブラフナーの者が眼前に到着する頃にはすっかり慣れた様子になったエボニーは、馬から降りた迎えに対して会釈した。貴族との接し方なんてまるで分からないなりの彼の行動は、逆に相手を恐縮させてしまったようで、身振りだけでも動揺しているのが伝わってくる。

 水色の法衣を着た若い男が代表のようで、興奮を抑えられないような様子で彼は口火を切った。


「疑いようもない程の覇気……えぇ、えぇ。伝わってきますとも。ノトの国への再訪、感謝いたします星の民よ。それも「騎兵」系の職業を修めていらっしゃる……!あぁなんという吉日!このヨセフ、貴方様にお会いできたことを感謝いたします」

「あー、うん。よろしく」


 ぶんぶんと激しい握手を済ませた二人は自然と王城へと歩を向けて歩き、ヨセフの護衛も合わせて動き出した。ヨセフは街中を馬に乗って走ってきたが本来は禁止事項であるようで、まったりとした移動になるようだった。


 エボニーは何故か興奮しているヨセフとはあまり会話をしたくはなかったものの、当の本人は全く気が付いたような様子はなく、勝手に一人で盛り上がって笑っている。これはこれで気まずいが、無言よりかはましだろうと答えられるものだけ答えて、他は曖昧に相槌を返す。

 すっかりキリに乗る気だったエボニーはあまり会話に集中できていなかったのだ。


「この二十年、我々貴族は星の民……貴方方を参考にやってきました。全てが全て上手く進んではいませんが」


「ははは」と乾いた笑い声を出すヨセフに、エボニーは尋ねた。職業システムが追加されたこの世界で、貴族がどう変わっていったのかを。


「貴族は大変だろうな。まぁ、詳しくは分からないし、俺たちを参考にってのも分からないけど」

「より精力的に動くようになったというだけですよ。我が家を含む五貴族がそれはもう頑張りましてね」

「そうなると、いくら数だけ居ようと勝てないなぁ」

「そう言っていただけると嬉しいです。時間はありますし、もう少しお話ししましょうか。きっと、貴方様のお役に立つはずです」


 エボニーの知る貴族とはクエストの依頼主であり、個性的な登場人物であった。当主はそれぞれの職業の最終職についていて、クラスチェンジの際にもお世話になる。全く知らない仲でもないだけに、エボニーも気を引きしめて耳を傾けた。

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