十九、黒獣に駆る。
牛頭馬頭の同時狩猟。それは二等星から一等星に上がるためのクエストであり、常に一緒に行動する牛頭と馬頭への理解力を試されるクエストでもある。
彼が今回使う予定の武器種は突撃槍と刀であり、それぞれ「騎兵」と「歩兵」から派生する最終職になる。
SSSであればベースキャンプで武器種の変更が出来たが、ここでは実際に使うことで職業の変更が起こるようであった。いちいちキャンプに戻らなくても職業変更が出来るのであれば、足場が多少悪いぐらいはどうってことはない。それに、彼には試したいこともあった。
先日お世話になったベースキャンプでキリと共に息を整え、エボニーは目的の場所へと脚を踏み入れた。ゲーム的な言い回しをするのなら、マップを跨いだのだ。
「星と魔法のリーンズ」が支配する山脈は広大であり、それらは大まかに四つに区切られる。
「針葉の巨人」「深きに眠る豚の王」「大鳥の翁」などが現れる「外縁の森」。
「外縁の森」から少し外れ、岩肌が目立ってくると「境目の山腹」。ここには「単眼の巨匠」が出てくる。
そして三つ目が今回の目的地である「沈黙の地獄」だ。
「沈黙の地獄」は小さいマップであり、大きな岩だとかの障害物が多く目立つ。植物の姿は殆ど見えず、沸騰する池など、その名に恥じぬ作りとなっている。希少な鉱石を取るために周回でお世話になるこの場所は、エボニーの記憶にあるものと殆ど変わらぬまま、彼の目の前に広がった。
「急に暑くなるな……」
額に浮かんできた汗を拭うような動作を見せたエボニーだったが、自身が鎧を身に纏っていることを思い出してその手を止めた。彼は結局鞄からタオルを取り出して拭ったが、戦闘中にこういった行動を行うのは難しいように思えた。
(長時間の戦闘は不利だな……頭装備を外せばマシにになるんだろうけど、即死は怖いし。そうなるとやっぱりパーティーだよなぁ、多少サボっててもバレないのがパーティーのいいところ)
パーティーのいいところはサボっててもバレないところではなく、仲間と協力して短時間で狩猟を済ませたり、納品クエストの効率を上げたりするところである。その他にも、見知らぬ人とパーティーを組んだ時や、知り合いたちと狩りの速度を競ったりした時など、楽しかった記憶は彼の中に確かにある。
だからこそ、パーティー自体に悪い印象はない。もしヨセフやウワンが最終職になれたなら、一緒に狩りをしてみるのもいいかもしれない。
それはきっと、楽しいものになるに違いない。「沈黙の地獄」に入ったエボニーは、そんな未来もあるのだろうか、なんて思いつつ──ピッケルを振りかぶった。
「そぉおい!!」
SSSの知識を頼りに、適当な場所に振り下ろされたツルハシは鈍い音を立てて岩肌へと突き刺さる。彼が知っている光景と現状はもちろん異なっているが、見覚えのある大岩や煮立った池の位置とを見比べてみての試みであった。
馬上戦闘が有利に働き、尚且つ採掘ポイントが設定されている場所は少ない。それならば牛頭馬頭を探しに行くより待っていた方がいい。ゲームと同じようにフィールドを徘徊しているというわけではないだろうが、彼はどうしても突撃槍を使って戦いたかったのだ。その理由には、神が絡んでくる。
神と会うための条件は、何も直接出向くことばかりではない。職業の二段階目から三段階目へと至るための条件を満たすことでも、神と会うことが出来る。もっともそれは神の幻影という括りであり、強制戦闘ではあるものの、神の力を持っていることに変わりはない。
もし会話が出来るのであれば、遠いところまで会いに行く必要がなくなり、手間も省けるというものだ。
今回、神の幻影と会うために突撃槍を選んだのには理由があり、最終職の条件が一番達成しやすいのである。
エボニーが場所を変えつつ、ツルハシを何度振るった頃だろう。採掘の結果は散々ではあったが、目的の牛頭馬頭は無事に彼の目の前に現れた。「おっ来たか」と、ツルハシとゴミ石を片付けたエボニーはキリに飛び乗り、息を整えて突撃槍を構える。
二段階目の「重騎兵」から三段階目にするための条件は、「大型モンスターに対して、スキル「ランスチャージ」で一度に三ヶ所の部位破壊を行い、狩猟後にアクション「ナンバーワン」を行う」ことである。そこにプラスして、レベルだったり、ギルドのランクであったりと細々とした条件はあるものの、最終職の話が出始める頃には、殆どの条件を満たしていることが多い。
この条件は機動力を引き換えに、一撃の攻撃力が高い「重騎兵」であれば多少時間がかかる程度の難易度ではあるが、狩猟後にアクションを行うというのがミソになってくる。
SSSではコマンドを開いてアクションを選択することで視点が切り替わり、選択したアクションを行っている自分を見ることが出来る仕様になっているものの、モンスターの解体であったりと、狩猟後にもやることはある。
つまり、ゴールドバレーへの帰還までの待機時間で、わざわざアクションをとっているプレイヤーはごく少数なのだ。これでは貴族から教えられるまで気が付くはずもない。
だが、それが最初から分かっていれば、苦労はほんの僅かで済む。
「属性付与:護法/法理」
モンスターに対する攻撃倍率を上げるスキルを口にして、エボニーとキリは息を一つに地獄を駆けた。
「騎兵」の最終職は「魔竜鼎」と「衝角梵」だ。
「魔竜鼎」の基本的な戦い方は「針葉の巨人」戦で見た通りであるが、今回行われるのは突撃槍を用いた「衝角梵」の戦いである。
牛頭と馬頭は名の通りに牛と馬の頭をした、毛深い人型のモンスターであり、身長は六メートルほど。体色は全体的に黒みがかり、膨れ上がった筋肉が強者としての格を示す。
エボニーが初めて牛頭馬頭のクエストを受けた時は、そのプレッシャーから殆ど何もせぬままにクエストを失敗してしまったほどである。
(馬頭の突進を避けたところでムービー終了、狩猟が始まった瞬間に牛頭が後ろから突進してくるのなんて誰が分かるんだ……って最初はみんなが思うけど、これはこれで楽しいクエストなんだよな)
個人的な恨み辛みはあれど、このクエストの彼の総評としては悪くない。それは二頭の同士討ちに始まり、フィールドのギミックを活用し始めてから理解できるものだ。一言で言うなら、やりがいのあるクエスト、だろうか。
(牛頭馬頭は人、妖精、ドワーフの混種。モンスターで初めて弱点属性の無い敵にどうやって勝つかと言われると……物理で殴る。やっぱこれだよな)
属性付与のスキルによって、エボニーが構える突撃槍には光が宿っている。モンスター特攻とも言えるその光は青と白が織りなす銀河のようであり、強いだけでなく、使っていて楽しいスキルである。
「ランスチャージ!」彼の声が場に広がれば、続けてキリが前脚を上げて嘶いた。
脚を地につけて一回転したキリとエボニーは姿勢を低くして、溜めの段階に入る。プレイヤーの任意で溜め時間を決めれるのだが、今回は最大まで溜めるつもりであった。
既に戦闘モードに入っている牛頭馬頭は二手に分かれ、牛頭がエボニーの正面から突進し、馬頭が回り込むようにして駆けている。普通のモンスターと違ってこういう行動を行ってくるのが楽しいところであり、難易度を一つ上げている要因でもある。
それを既に確認しているエボニーの口角はつり上がり、「ランスチャージ」発動中の赤い燐光を体中から発しながら、力強く言葉を吐いた。それは彼の闘志が具現化したかのように四肢に力を巡らせ、溜めの終了を告げたのだ。
「力比べと行こうか、キリ」
突撃槍の持ち手は専用の器具に固定され、穂先は牛頭を捉えて離すことはない。三者の視線が交わって火花を散らすような錯覚を覚え、火蓋は落とされた。
「ウオォォォォォォォオオオ!!!」
キリの蹄が大地を抉り、蹴り上げられた土と石とが宙を舞う。程よく込められた力にエボニーはどこか満足感を覚えながら、牛頭との突進のインパクトの瞬間に合わせて槍を突き出した。
自らの手に響くのは肉を貫き、力任せに引き裂いて行く感触と、牛頭の見た目に劣らぬ体重の反動だ。
血は湧き、食いしばった口から漏れ出る息は、燃えているとさえ感じられるほどに熱く、心は戦闘に没入していた。




